ウクライナ紛争:元スイス陸軍大佐/戦略アナリスト・ジャック・ボー氏に訊く
- 2022年 10月 17日
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はじめに
《マーク・トウェインの言葉》
”新聞を読まなければ、無知であり、新聞を読めば、誤った情報を与えられる。[仮訳〕
(If you don’t read the newspaper, you’re uninformed. If you do, you’re misinformed. - Mark Twain) ”
マスメディアでは決して取り上げられることのないジャック・ボー氏のインタビューを和訳してご紹介させていただく。
欧米の、とくにドイツのメインストリーム・メディアによる偏向的かつ好戦的な報道が飛び交う中で、見識のあるジャック・ボー氏が語る、洞察に満ちたウクライナ紛争の分析は、戦争の背後で起こっている事実を探る上で非常に役立つ貴重な情報だと思う。私は、皆さんが、このジャック・ボー氏のインタビューをオープンマインドで読んでくださることを心から願っている。
原文(ドイツ語)へのリンク:https://zeitgeschehen-im-fokus.ch/de/newspaper-ausgabe/nr-17-vom-29-september-2022.html#article_1415
なお、ジャック・ボー氏がインタビューの中で触れている、プーチン大統領の2022年9月21日の演説の全訳がNHKウェブサイトに掲載されてあるので、ご参照いただきたい:
https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/detail/2022/09/22/25523.html
ジャック・ボー氏について
ジャック・ボー(Jacques Baud): スイス人。ジュネーブの国際関係大学院で計量経済学の修士号と国際安全保障の修士号を取得し、スイス陸軍の大佐を務めた。スイス戦略情報局に勤務し、ルワンダ戦争時の東ザイールの難民キャンプの安全確保に関するアドバイザーを務める(UNHCR – ザイール/コンゴ、1995-1996年)。ニューヨークの国連平和維持活動局(DPKO)に勤務し(1997-99年)、ジュネーブの国際人道的地雷除去センター(CIGHD)および地雷対策情報管理システム(IMSMA)を設立した。国連平和活動におけるインテリジェンスの概念導入に貢献し、スーダンで初の統合型国連合同ミッション分析センター(JMAC)を率いた(2005~06年)。ニューヨークの国連平和維持活動局平和政策・教義部(2009~11年)、安全保障セクター改革・法の支配に関する国連専門家グループの責任者を務め、NATOに勤務した。
また著述家・地政学エキスパートでもあり、情報、非対称戦争、テロ、偽情報に関する複数の著書がある。
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スイスの新聞 ” Zeitgeschehen im Fokus (注目の時事問題)”から
ウクライナ紛争:”欧米は交渉を望んでいない”
《西側諸国は、独断主義とイデオロギーによって誘導された目標を達成するために、自国民を犠牲にする覚悟がある。》
ジャック・ボー氏とのインタビュー
〈2022年9月29日〉
インタビュアー:Zeitgeschehen im Fokus のトーマス・カイザー(Thomas Kaiser)氏
インタビューされる人:ジャック・ボー(Jacques Baud)氏
写真:ジャック・ボー氏
[Source: Zeitgeschehen im Fokus]
ウクライナの地図
[Source: https://www.travel-zentech.jp/world/map/Ukraine/index.htm]
《インタビュー内容》
トーマス・カイザー: ハリコフ広域における領土奪還は、ウクライナ人の目覚ましい成功として西側のメディアによって喝采されています。あなたは現在の状況をどのように評価していますか?
ジャック・ボー: 9月上旬のハリコフ地域の奪還は、ウクライナ軍にとって成功であるように見えます。我々のメディアは大喜びし、ウクライナのプロパガンダを受け入れて、現実とは一致しない絵を描いて、我々に伝えています。より綿密に作戦を観察することが、ウクライナを[*訳注:ウクライナ軍の成功宣言について]もっと慎重にさせる誘因となったことでしょう。
軍事的観点からすると、この作戦はウクライナ軍にとっては戦術的な勝利であり、ロシア連合にとっては作戦戦略的な勝利です。
トーマス・カイザー: どのようにして、このような評価にいたったのですか?
ジャック・ボー: ウクライナ側においては、戦場で成功を収めなければならないという圧力がキエフにかかっていました。 ヴォロディミル・ゼレンスキーは、西側からの支援が止まるかもしれないことを恐れていました。さらに、米国はゼレンスキーに、へルソン地域での攻撃を開始するように促していたのです。これらの攻撃は無秩序に遂行され、多大な損失を出して成功しなかったのです。このことが、ゼレンスキーと彼の参謀本部との間に緊張状態をもたらすことになりました。
すでに数週間前、西側の専門家たちの何人かは、ハリコフにおけるロシア軍のプレゼンスについて疑問を呈していました。なぜなら、ロシア軍にはハリコフ内で戦闘する意図がないことが明らかだったからです。実際には、ロシア軍のハリコフ地域におけるプレゼンスの目的は、ウクライナ軍をそこに固着させることだけにありました。そうすることで、ウクライナ軍が、ロシア軍の作戦の真の目標であるドンバスへ進軍しないようにするためです。
8月に入手した情報が、ロシア側はすでに、ウクライナ軍の攻撃が始まるずっと以前から、この地域からの撤退を計画していた、ということを指摘しています。すなわち、ロシア軍は、報復の犠牲となる可能性のあった民間人とともに整然と撤退していたのです。その証拠に、バラクラヤにある巨大な弾薬庫が、ウクライナ軍が発見したときには、空っぽになっていて、ロシア軍がすでに数日前からすべての機密人員と資材を撤退させていたことを証明しています。その上、彼らはウクライナが攻撃しない区域からも撤退していたのです。この区域にはロシア国家警備隊の隊員とドンバス民兵の兵士が数人だけ残りました。
その時、ウクライナ軍は、8月以降ケルソン地域での数多くの攻撃に従事していて、繰り返して失敗を重ね、多大な損害を受けていました。米国の情報部が、ロシア軍のハリコフ地域からの撤退を確認したとき、情報部はウクライナに成功のチャンスがあると見て、その情報をウクライナ側に提供したのです。それで、ウクライナ側は突然、すでに誰もいなくなっていた空っぽの区域を攻撃することを決めたのです。
トーマス・カイザー: なぜロシア軍は撤退したのですか?
ジャック・ボー: 明らかにロシア側は、ルガーンスク州、ドネツク州、サポロジェ州、ケルソン州での住民投票の実施を念頭に置いていたようです。 さらに、ハリコフ周辺区域はロシア側の目的にとって直接役に立たないし、6月のズミイヌイ島での状況と同じ状況であることに気づきました:ハリコフ周辺区域を守るために注ぎ込むエネルギーの方が、その戦略的重要性よりも大きかったのです。
ハリコフから撤退したことで、ロシア連合はオスコル川沿いの防衛線を固め、ドンバス北部でのプレゼンスを拡大することができました。そうして、ロシア連合の真の目標であるスラヴャンスク-クラマトルスク防衛区域の要衝、バフムートに向けて大きく前進することができました。
ロシア軍は、ウクライナ軍を固着させ留まらせるために居たハリコフを去ったので、そこの電力インフラを爆撃しました。これは、ウクライナの援軍が列車でドンバスに到着するのを防ぐためでした。
したがって、すべてのロシア連合軍は、ウクライナの南部の4つの州における住民投票の後に、ロシアの新しい国境となる可能性のある範囲内にいることになります。
トーマス・カイザー: しかし、それでも、これはウクライナ側の勝利なのではないでしょうか?
ジャック・ボー: ウクライナ人にとってはピュロスの勝利〔*訳注:損害が大きく得るものが少ない勝利] でした。ウクライナ軍は抵抗に突き当たることもなく、ハリコフへと前進し、事実上、戦闘はなかったのです。その代わりに、この区域は、ロシア軍の大砲が推定4000人から5000人までのウクライナ人(およそ2個の部隊)を破壊した、巨大な火の海(キルゾーン)となりました。一方、ロシア連合軍は戦闘がなかったため、わずかな損害を被っただけでした。
これらの損失は、ケルソン攻撃戦の損失に加えられたものです。ロシアのセルゲイ・ショイグ国防大臣によると、ウクライナ側は9月の最初の3週間で、およそ7000人の兵士を失った、ということです。この数字は確かめられていませんが、その規模は何人かの欧米の専門家の推定と一致しています。
すなわち、ウクライナ側は、ここ数ヶ月の間に、西側の援助で編成され装備された10個の部隊のうち、その25%を失ったようです。これは、ウクライナの指導者が言っていた数百万人の軍隊とは程遠いものです。
トーマス・カイザー: それでも、我々のメディアはウクライナの勝利を語っていますが?
ジャック・ボー: 政治的観点からすると、ウクライナにとっては戦略的勝利であり、ロシアにとっては戦術的損失です。ロシア側が負けているように見える中で、ウクライナ側がこれだけの領土を取り戻したのは2014年以来のことです。ウクライナ側は、決定的勝利を伝えるために、この機会を利用して、明らかに誇張した期待を引き起こし、交渉に掛かり合おうとする意欲をさらに減退させています。
この理由から、ウルズラ・フォン・デア・ライエン(欧州委員会委員長)は、「宥和の時ではない」と言明しました。¹ このピュロスの勝利はウクライナにとって有毒な贈り物です。それはウクライナの戦力能力を過大評価し、交渉する代わりに、さらなる攻撃へと追い立てるように誘導しているのです。
ここで明らかなのは、”勝利”と”敗北”というコンセプトにニュアンス[ 微妙な差異]をつける必要があるということです。プーチンが宣言した”非武装化”および”非ナチ化”という目標は、領土獲得とは関係のないものであり、ドンバスにおける脅威を破壊することであるので、なおいっそうニュアンスをつけることが必要になります。すなわち、ロシア人は(ウクライナ側の)軍事能力を破壊するために戦っている一方、ウクライナ人は領土のために戦っているのです。ある意味で、ウクライナ人は土地にしがみつくことでロシア人の仕事を容易にしているのです。土地はいつでも取り戻すことができますが、人の命は取り戻すことができません。
ロシアの弱体化を信じることによって、我々のメディアはウクライナ社会の漸進的な崩壊を促進しています。しかし、これは我々の政府責任者のウクライナに対する見方と一致しているのです。彼らは、2014年から2022年にかけてのドンバスにおける民間人虐殺に対して反応しませんでした。同様に、現在のウクライナの損失についてもほとんど言及していません。事実、ウクライナ人は我々のメディアや当局にとって、ある種の人間以下の存在(ウンターメンシェン)であり、彼らの命は、ただ我々の政治家の目標を満たすために奉仕するだけのものとなっているのです。
トーマス・カイザー: 住民投票について言及されていましたが、この、ウクライナ南部での住民投票の実施によって何かが変わるのでしょうか?
ジャック・ボー: 9月23日から27日の間に、4つの住民投票が行われます。しかし、そこで(住民投票で)いつも同じ質問が出るとは限らないのです。正式に独立しているドネツクおよびルガンスク自称共和国においては、住民がロシアへの合邦を望むか否か、ということに関わってきます。
まだウクライナの一部であるケルソン州とザポロージェ州においては、住民がウクライナに残りたいのか、独立したいのか、またはロシアと合併したいのか、ということが問題点となります。
しかし、まだ未詳な点もあります。例えば、ロシアに合併される区域の国境線がどのようになるのかということです。現在ロシア連合に占領されている地域の国境なのか、それともウクライナ地域の国境なのか?後者の場合だと、残りの地方(オブラート)を占拠するためにロシアの攻撃がまだ続くかもしれません…
トーマス・カイザー: 住民投票の結果について何らかのヒントをお持ちですか?
ジャック・ボー: 現在の時点では、住民投票の結果を推定することはむずかしいです。住民の80%から90%がロシアとの合併に賛成しているという調査結果もありますが、その信憑性を評価することはできません。ただ、これは(調査結果は)、幾つかの要因に基づくと、現実的に即したものであるように思えます。まず第一に、ウクライナにおける言語少数派は、2014年以来、彼らを二級市民にさせる制約に服従させられています。
このようにウクライナの政策は、ロシア語を話す市民が、自分たちは、もはやウクライナ人ではないと感じるように導いていったのです。しかも、このことは、2021年7月の「先住民の権利に関する法律」によってさらに補強されました。この「先住民の権利に関する法律」は、市民の民族起源によって異なった権利が与えられた1935年のニュルンベルク法と同様なものです。
そのため、プーチンは2021年7月12日、ウクライナに対し、ロシア語を話す人たちをウクライナ国民の一部として見なし、新しい法律が提案する差別をやめるようにと促す記事を書いたのです。
もちろん、欧米諸国が、クリミアやドンバスの分離の引き金となった2014年2月の「ロシア語公用語法」の廃止に続く、この法律に対して抗議することはありませんでした。
さらに、ウクライナ軍はドンバスの分離独立に対する戦いにおいて、反政府者の心を勝ち取ろうとする努力をまったくしませんでした。それどころか彼らはドンバスで、爆撃し、道路に地雷を敷設し、飲料水をとめ、年金や給与の支払いを停止し、すべての銀行業務を停止するなど、引き続きドンバスの人々を追放するために、ありとあらゆることをやったのです。これは、対反乱作戦の効果的な戦略とは正反対なものです。
最終的に、住民を脅して、彼らが住民投票に行くのを防ぐために、ドネツクやザポロージエ、ケルソン地域の他の都市の住民に対して大砲–ミサイル攻撃をすることが、住民をさらにキエフから遠ざけてしまっているのです。現在、ロシア語を話す住民は、住民投票が受け入れられなかった場合、ウクライナが報復するのではないかと恐れています。
すなわち我々は、欧米諸国がこれらの住民投票を認めないと発表している状況の中にいるわけです。しかし、その一方で、欧米諸国は、ウクライナが少数民族に対して包括的な政策を追求するような動機を与えることを全くしませんでした。結局、これらの住民投票は、包括的なウクライナ国家が存在することは決してなかったのだということを示すことになるのかもしれません。
トーマス・カイザー: 我々は取り返しのつかない状況にあるのでしょうか?
ジャック・ボー: そうです。これらの住民投票は状況を凍結させ、ロシアの征服地を不可逆的なものにすることになります。興味深いのは、もし2022年3月に西側諸国が、ゼレンスキーに、彼がロシアに提出した(和平交渉)提案を続行させていたのだとしたら、ウクライナは、 多かれ少なかれ、2022年2月以前のウクライナの位置/状況を保持していただろうということです。
私は、2月25日にゼレンスキーが最初の交渉提案をロシアに提出し、それにロシアが同意したことを思い出します。しかし、EUはこれを拒否し、第一パッケージとして4億5千万ユーロの武器を提供しました。3月にゼレンスキーはロシアが歓迎する提案を提出しました。提案は交渉への準備ができていました。しかし、EUが再びやって来て、5億ユーロの武器を供与する第2パッケージで、これを妨ぎました。
Ukraïnskaya Pravdaの報道によりますと、4月2日にボリス・ジョンソン英首相はゼレンスキーに電話して、ゼレンスキーに提案を撤回するようにと要求し、そうしなければ欧米は援助を停止することになる、と言ったとのことです。² 4月9日、ボリス・ジョンソンはキエフ訪問中にゼレンスキー大統領に再び同じことを述べました。³ すなわち、ウクライナはロシアと交渉する準備ができていたのですが、ジョンソンがウクライナ訪問中に明らかにしたように、欧米は交渉を望んでいなかったのです。⁴
交渉が成立することはないだろうとの見通しが、ロシアを住民投票に踏みきらせた誘因となっているのは確実です。注意すべきことは、プーチンがこれまで、ウクライナ南部の区域をロシアに統合するという考えを拒絶してきたことです。
他に注意すべきことは、もしウクライナとその領土保全が西側諸国にとって、それほど大切なのであれば、フランスとドイツは2022年2月以前に確実にミンスク協定に基づく義務を果たしていたであろうということです。さらに、2022年3月、西側諸国は、ゼレンスキーのロシアと協定を結ぶ提案を続行させたていたことでしょう。
トーマス・カイザー: プーチンの部分的動員の意図は何なのでしょうか?
ジャック・ボー: まず第一に、注意すべきことは、ロシアは、欧米が攻撃作戦には必要と考える規模の兵力よりもかなり小規模な兵力でウクライナに介入したということです。これは二通りに説明できます。まず第一に、ロシア人は 「作戦術」の習得を基にして、作戦モジュールで、チェスプレーヤーのように戦場で行動します。そうして、彼らは小規模の兵力で強力に働くことができるのです。すなわち、彼らはどのようにして作戦を効率的に遂行するのか知っているのです。
第二の理由は、我々のメディアが故意に無視していることなのですが、ウクライナでの戦闘の大部分はドンバスの民兵によって行われているということです。もしメディアが『ロシア人』に言及するとすれば、ー彼らが正直であったのならー『ロシア人連合』あるいは『ロシア語圏の連合」と言わなければならないでしょう。すなわち、ウクライナにいるロシア軍人の数は比較的に少ないのです。さらに、ロシアでは、作戦区域に部隊を残すのは限られた期間だけというのが通例なのです。これは、ロシアが西側諸国よりも頻繁に部隊をローテーション(交替)させているということを意味します。
これらの全般的に考慮すべき事項に加えて、ウクライナ南部における住民投票の結果、ロシアの国境線が1000km近く延長される可能性もあります。これには、(ロシアは)より強固な防衛システムを確立し、部隊のための施設を建てるなど、追加機能が必要となります。この意味で、この部分的動員は上述したことの論理的帰結なのです。
トーマス・カイザー: この状況の中で核エスカレーションの危険性は存在するのでしょうか?
ジャック・ボー: プーチンは9月21日の演説で核エスカレーションの危険性に言及しました。⁵ もちろん、陰謀論的なメディア(脈路の立たない情報からナレティヴを作成するメディア)は、すぐさま「核の脅威」を口にしました。これは、フランス語圏のスイスの放送局”RTS(Radio Télévision Suisse)”の場合です。⁶ 実際には、これは間違っているのです。プーチンの演説のテキストを読めば、彼が核兵器を使用すると脅してはいないことに気づきます。ちなみに彼は、2014年に紛争が始まって以来、決してそのようなことをしていません。 その代わりに、彼は西側諸国に、核兵器を使用しないようにと警告しているのです。
私は、8月24日にリズ・トラス英国首相が「ロシアを核兵器で攻撃することは容認でき、彼女自身、それが地球全滅をもたらすことになっても、核兵器の発射ボタンを押す覚悟がある」と宣言したことを思い起こします!⁷ ところで、現英国首相が、このような発言をしたのは初めてではなく、すでに2月、クレムリンの警告を惹起しています。⁸
それとは別に、私は、ジョー・バイデン米大統領が今年の4月に、米国の”先制不使用”政策を放棄して、核兵器の先制使用権を留保することを決定したことを記憶しています。
プーチンは明らかに、独断主義とイデオロギーに誘導された目標を達成するために、自国 民を犠牲にする覚悟がある非合理的で無責任な欧米の行動姿勢に不信感をいだいています。
ところで、このことは、現在、エネルギーの分野でも制裁の分野でも起こっているのです。プーチンはきっと、「自分たちの無能さが導いた破滅的な経済および社会状況のために、ますます居心地の悪い状況に置かれている我々の政治指導者たちの反応」を恐れていることでしょう。このような圧力が我々の政府責任者たちにかかれば、彼らは、ただ自分たちの面目を失わないようにするだけのために紛争をエスカレートさせるかもしれません..
プーチンは(9月21日の)演説の中で、核兵器の使用ではなく、他の種類の兵器を使用すると脅しています。当然、彼は核兵器ではなくても効果のある超音速兵器の使用を考えているのです。ちなみに、RTS(Radio Télévision Suisse)の主張とは異なり、ロシアの作戦ドクトリンには、長年にわたり、もはや戦術核兵器の使用は含まれていません。
すなわち、欧米とその不適当な行動姿勢が実際の不安要因となっているのです….
トーマス・カイザー: 我々の政治家たちは、この状況を理解しているのでしょうか?
ジャック・ボー: 私は、我々の政治家たちが、この状況について明確で客観的な見解を持っているのか、確信していません。スイスのイニャツィオ・カシス大統領の最近のTweetは、彼の情報レベルが低いことを示しています。まず第一に: 彼が、スイスが有効な助けを提供するためのスイスの役割および中立性について言及するとき、これはいかなる現実からもかけ離れたものとなっています。ロシア側の考えでは、スイスはその中立性を放棄しており9、もしスイスがこの紛争において建設的な役割を果たしたいのであれば、その中立性を証明しなければならない、ということです。 我々は、そのような中立的な立場から、ずっと隔たったところにいます。
第二に:カシス大統領がラブロフ露外務大臣に核兵器の使用についての懸念を表明したとき10 、彼は明らかにプーチンのメッセージを何も理解していなかったのです。現在の欧米の政治家の問題は、今、彼らの誰一人として、自分たちの愚かさによって、もたらされたチャレンジを正視する知的能力を持ち合わせていないことです。明らかに、カシスはトラス英首相とバイデン米大統領に対して彼の懸念を表明しておいた方がよかったでしょう。
ロシア人、とくにプーチンは、常に自分たちの声明の中で明確な表現をしてきましたし、自分たちの言ったことを計画的に且つ一定の方法をもって実行してきました。これが、それ以上でもそれ以下でもない事実です。もちろん、我々は彼が言うことに反対することはできます。しかし、彼の言うことに耳を貸さないのは大きな過ちであり、おそらく犯罪的でさえあると言えるでしょう。何故なら、もし、しっかりと傾聴していたのであれば、今のような状況になるのを防げたかもしれないからです。
プーチンは独裁者であるという口実で、人々は彼が言っていることに耳を傾けることを拒んで、その後で、彼がすることに驚いているのです。これは全くの愚行です。我々のメディアは ー 私はRTS(Radio Télévision Suisse)を引用しましたが ー 彼らの(ロシア側の)発言をそのまま報道しないばかりか、事実と一致しないナレティヴをつくり出すために歪曲しているのです。RTSは、9月21日のプーチンの演説に関して、プーチンが「キエフのナチス政権」11 と、言ったことにしたのです。しかし、プーチンは、この表現を決して使いません。彼は、その代わりに「ネオナチ政権」について語っていますが、この表現は、私の著書「オペレーションZ」で詳説しましたように、専門的・政治的にみれば、まったく異なったものであり、西側で(2022年2月以前に)ウクライナの行動を決定する勢力を描写するのに使われた呼称と一致しています。
【*注】ランド研究所が2019年に公表した文書の抜粋:いかにしてロシアを不安定化させることができるか、その方法が記述されてある。この文書は、米国がロシアに対する破壊工作を目指しており、ウクライナはその不幸な道具に過ぎなかったことを示している。
ランド研究所の文書の抜粋(英文)へのリンクは:こちら
さらに、現在、我々が観察している全般的状況を、2019年に公表されたランド研究所の報告書に記述されている、ロシアを不安定化させるための方法を示す説明書と比較すると非常に興味深いです。ご覧の通り、今、我々が目撃しているものは、周到に計画されたシナリオの帰結なのです。
したがって、ロシアが、自分たちに対して西側が何を企てていたのかを予測できた可能性は高いのです。それでロシアは、西側が誘発したいと望んでいた危機に対して政治的かつ外交的な準備を整えることができたのです。ロシアが西側よりも安定的で効果的かつ効率的なリーダーシップを示しているのは、この戦略的先読み能力によるものです。
私は、この理由から、この紛争がエスカレートするとすれば、これはロシア側の計算というよりも、西側の無能力に起因するものだと考えます。
さらにスイスに関してですが、私は、スイスが最初からロシアを狙った不安定化・破壊工作に巻き込まれていることに注意を払っています。スイスはいまだに対ロシア制裁のキープレーヤーなのです。ースイスは現在、米国に次ぐ世界第2位の制裁国であり、制裁の唯一の目標はロシアを打倒することにあるのです。
この完全に予測可能な状況を予期して、時を得た2022年2月以前に、ウクライナ側にミンスク協定の義務を遵守するように動機づけさせる行動をとらなかったことは、 1938年以来のスイス外交における最大の失敗のように思えます。
トーマス・カイザー:ボーさん、インタビューに答えてくださって、ありがとうございます。
ー翻訳終わりー
以上
参考資料/記事(原文から)
² https://www.gov.uk/government/news/pm-call-with-president-zelenskyy-of-ukraine-2-april-20223
⁴ Roman Romaniuk, « Possibility of talks between Zelenskyy and Putin came to a halt after Johnson’s visit », Ukrainskaya Pravda, 5 May 2022 (https://www.pravda.com.ua/eng/news/2022/05/5/7344206/)
⁵ http://en.kremlin.ru/events/president/news/69390
⁷ https://www.independent.co.uk/news/uk/politics/liz-truss-nuclear-button-ready-b2151614.html
10 https://twitter.com/ignaziocassis/status/1572635376350801922
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4964:221017〕
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