野口悠紀雄氏の日本経済論にかんして Youtube-11/9のデモクラシー・タイムズ・チャンネルから
- 2022年 11月 14日
- 評論・紹介・意見
- 野上俊明
<はじめに>
私が属する研究サークルの仲間に上記の番組をご紹介したところ、いくつか同調や反発のメールを頂戴しました。本心を言えば、自分は経済学はずぶの素人なのでなんともコメントしかねますといって、逃げを打ちたいところです。しかし、紹介した以上その意図までも隠そうとするのはフェアじゃない気がして、浅学を省みず拙い内容ながら、若干のコメントをさせていただきました。みなさまにも多少の参考にはなるかと思い、掲載をお願いしました。
いま日本人としておそらくほとんどの人が気にかけておられるのは、「失われた30年」と形容される、国力の衰退が止まず、世界における地位が急速に低下している事態についてではないでしょうか。保守やリベラルといった立場の違いによって、事態の診断や処方箋にちがいがでてくるのは当然として、多くの人々は何とかしなければ思っているはずです。経済運営は日本のブルジョアジーの責任だから、俺たちの与り知らないところだと達観している古典的「左翼」もいるかもしれませんが、私の議論ではそういう方は念頭に置いておりません。
私の仕事である大学受験生の授業では、日本の国力の低下に歯止めがかからず、グロスのGDPでは世界第3位ながら、一人当たりのそれではいまやOECDの最後尾―世界第27位―にくっついている状態だとよく話します。きみたちは今のままの勉強の仕方では、日本の将来は暗いとほのめかしたりもします。先進国の科学技術の知識体系をパッケージとして受容し、それを汎用技術としてあらゆる分野に適用して成功してきた過去の行き方は、もう通用しないのだと自分に言い聞かせるように、生徒に言ったりもします。
私のミャンマーでの経験ですが、三菱系の千代田化工というエンジニアリング企業(石油精製などのプラントの設計施工を行なう会社)がヤンゴンに進出し、軍事政権・建設省と組んで「Chiyoda & Public Works」という合弁事業を行なっておりました。ところがこの企業、たびたび経営危機に見舞われ、そのたびに三菱商事などから支援を受けて生き延びております。2000年初めのころだったか、千代田化工が経営危機に陥った時、たまたま同業の日揮という会社の幹部を国営の木材加工工場に案内する機会があったので、ぶしつけにどうして千代田化工は危機に陥ったのかを尋ねてみました。話は単純でした。新技術を自力開発せずに、パテントを買って応用拡大して成長を遂げてきたにすぎないビジネス・モデルだからというのが、その答えでした。自力開発の能力がなければ、技術体系の早い陳腐化に追いついていけず、取り残されていくのは当たり前です。
そういう意味では、日本の受験体制は、いまだ日本の教育がキャッチアップ型の知識習得の方法にとらわれていて、イノベーションを喚起するようなクリエ―ティブなものになっていないことを証明しているように思われます。中高一貫校の教育モデルも、しょせん受験戦争を有利に勝ち抜くためのシステムであり、戦前の旧制高校で部分的に実現されていたようなリベラル・アーツを土台とした英才教育にも到底及ばない。二十一世紀に見合ったよき統治を支えるよき市民形成のためには、あまた存在する社会的人間的な諸問題に対する感受性を養う内容の多様な教育カリキュラムがぜひとも必要でしょう。東大出の警察官僚上がりの法務大臣の解任劇を見ていると、つくづくそう思います。新技術の開発についても、合理化効率化の側面だけでなく、人間的・自然環境宥和的な側面に目配りできる知性が必要なのです。経済的な不適応は、やがて道徳的人格的な不適応を招く、そのことを証明しているのが大臣たちの体たらくだったのではないでしょうか。
それにしても、日本の国力の低下には恐るべきものがあります。ヨーロッパの旅行番組をYoutubeでみていると、各国の飲食代や宿代の高額なのにびっくりします。どの国に行っても、パスタやハムエッグ、ワインなどの簡単な昼食でも、4、5000円は当たり前なのです。日本の賃金水準では、一日一食にも足りません。さらに野口氏が提示した日米の若者の賃金格差をみると、驚愕する数字です。
スタンフォード・ビジネススクール卒業生・・・平均年収6.2万$(2,380万円)
日本の25~29歳の平均年収・・・260.7万円
実に日米の賃金差は、1:10なのです。私は正直アメリカ型の競争社会や市場至上主義は嫌いです。それに対して、技術開発にも遅れず、社会福祉制度が充実している北欧型の社会民主主義に好感を抱いています。都市の様子を見ても、市街地を中小規模に抑制してモータリゼーションを極力排除し、中世以来の伝統と調和し、しかもデジタル化の趨勢にもちゃんと追いついているのをうらやましく思っています。ボリシェビキ革命というか、スターリン主義ソ連の圧力にさらされつつ、ソ連モデルの革命ではなく、独自の改良の追求に専念したひとつの成果ではないでしょうか。経済効率と社会福祉、民主主義を鼎立させている体制は、国家の規模の違いはあれ、日本も見習っていいと思います。
それにしても、どうして日本と欧米ではどうしてこうまでの差がついたのでしょうか。野口氏は、日本経済の諸悪の根源は長期の人為的な低金利政策=円安誘導にあると断言します。円安基調はアベノミクス以前から始まり、安倍内閣の円安―株高政策で増幅したのです。日本の企業というか日本社会が没落傾向を強めたのは、この円安基調の経済政策のせいだったとします。1990年代に本格的に世界市場に登場した安い中国製品に、製品の高付加価値化ではなく、安さで対抗しようとした、そこに誤りがあったとします。大正時代、ダインピングで世界市場に殴り込みをかけたDNAが生き残っていたのかもしれません。ともかく円安と株価の高止まりによって、重厚長大型大企業は、空前の利益を上げてきた。とりわけアベノミクスの開始となる2012年度以降、大企業の内部留保はますます増加し、2021年度にはGDP1年分に匹敵する500兆円を超えたといいます。(他方、欧米各国が利上げに動いたため、円安の加速で中小零細企業は、原材料費の値上がりで四苦八苦の状態である)
現状のままでも大企業は空前の利益を上げているので、そもそも技術革新や新規の市場開拓に対するモチベーションを持たず、また大企業の代弁者たる自民党からは国家的規模の産業構造の転換を図ろうとする意欲は出てきようもないのです。世界市場での生き残りに必要な情報通信産業の発展を基礎に、GAFAに見られるような先進企業は、自前の工場を持たず(ファブレス化)、水平的ネットワーク型分業で勝負している。ところが日本は自動車産業に典型的なように、垂直型分業、つまり製品の開発から生産、販売にいたるまで上流から下流のプロセスをすべて一社で統合したビジネス・モデルが足かせになり、イノベーションにたどり着かないでいる。世界の自動車産業は、EV化と自動運転化に焦点を合わせて、新しいビジネス・モデルの構築と雇用形態の変換を図ろうと必死なのに、日本はその流れから取り残されつつあるという。何か、聞いているだけで空恐ろしくなります。
野口氏によれば、岸田内閣の39兆円にものぼる経済対策は、市場が日本の円安基調にノーのサインを出しているのにそれを見えなくしてしまい、諸物価高騰の根本的な要因にメスを入れるのを妨げるという意味で、愚策以外のなにものでもないといいます。野口氏の伝で行けば、共産党や令和の会などが出している消費税減税要求は、市場主義の観点からはポピュリズム的な弥縫策に入るのかもしれません。円安を円高基調に転換すれば、物価の高騰は解消されるのだから、面倒な手続きを要する消費税減税も必要なくなるというのでしょう。もっとも重要なことは、円を強い国際通貨にし、日本の国力を強化するために不可欠の産業構造の転換(高度化)に向かうモチベーションを高めるために、利上げしてここ2,30年来の円安基調を脱することに尽きるというのが野口氏の主張です。たしかに共産党や令和の主張には、社会政策としての妥当性は感じても、日本の産業政策的な全体的な観点が欠けているやに感じます。
最後に、野口氏の主張点について若干の疑問を提示したいと思います。
野口氏の立場は、市場の機能になによりも価値を置く新自由主義に属するのでしょう。そのせいか、1997年、アジア通貨危機に端を発した経済危機に陥った韓国が取らざるを得なかった構造調整―構造転換を高く評価しているようです。IMFから短期融資をうけるため、韓国はIMFが条件とした構造調整策を受け入れざるを得ませんでした。不採算の公共セクターを大々的に民営化したため、大量の失業者が生まれるなど、大変な犠牲を払って先進国の仲間入りを果たしたとされました。しかし韓国でその後起きたセウォル号沈没事故や先般のハロウィン圧死事故などは、強制的な構造変換のひずみの一端であるように見えます。サムスンに代表される大企業への経済力の偏りは、世界トップクラスの受験地獄や強烈な学歴社会を生み、日本と同様多くの自殺者を生む、若者を幸せにしない社会に韓国をしたのではないでしょうか。
また野口氏は、労働組合組織の交渉力が弱まったため、労働分配率が下がって低賃金構造が固定化しているわけではなく、付加価値を生み出す産業構造へ転換できていないことが、実質賃金の低下を招いているのだとします。確かに高賃金の経済構造になっていないことの意味は大きいにしても、しかし空前の内部留保を考えるとき、低賃金の趨勢と労働組合の交渉力の低下は無関係とはいえないと思います。労働組合と労働運動の強化は、日本沈没に歯止めをかける意味でも待ったなしでしょう。いずれにせよ、経済的な下部構造における労働側の力の強化なくして、政党間の組み合わせだけに頼る政界再編成では、国家―社会の創り変えと国力増強はおぼつかないでしょう。
YouTubeのリンク先
○ The News ● 円安、物価高、低賃金… 先進国から転落する日本 〜個人や企業、若者はどうすべきか【野口悠紀雄・望月衣塑子・尾形聡彦】
https://www.youtube.com/watch?v=SIIzDVYnjFY&t=1553s
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion12542:221114〕
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