青山森人の東チモールだより…尻に火がつく前に
- 2022年 12月 25日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
10億ドル削減されて2023年度国家予算案が発布
11月17日(木)に国会を通過した総額31億ドル6000万ドルの国家予算案はその後、大統領府に送られて、ジョゼ=ラモス=オルタ大統領による発布か否かの判断を待つことになりました。ラモス=オルタ大統領は12月6日からシンガポール訪問の旅に発ち、途中でマレーシア訪問も加え(途中から加えられたマレーシア訪問については正規の手続きを経ていないとして批判が寄せられている)、13日に帰国しましたが、その道中においてクリスマス前には国家予算案を発布するだろうと発言し、拒否権行使をしないことを示唆していました。
ただしラモス=オルタ大統領は国家予算案の一部にたいして合憲性/違憲性のある/なしを諮るために控訴裁判所に送ったところ、控訴裁判所は12月13日、違憲であると判断を下しました。違憲であると判断されたのは、解放闘争の元戦士(ベテラーノ)のための「ベテラーノ基金」へ計上される10億ドルでした。
今年の5月、ルオロからラモス=オルタへ大統領が新旧入れ替わるどさくさに紛れて、政府はすでに発布された2022年度(総額約21億ドル)に加える11億ドルの補正予算を国会通過させ、そしてルオロ前大統領によって発布されましたが、このとき「ベテラーノ基金」なるものに10億ドルが計上されたのです。このときも各方面から相当に批判を浴びましたが、この度の2023年度国家予算案に組み込まれた「ベテラーノ基金」への10億ドルも問題視されました。
東チモールの2021年の国家予算額は約19億ドル、2022年度は約21億ドルでした。20億ドル前後となる予算額は東チモールとしては過去と比べて高額といえますが、新型コロナウイルス対策のための予算が加算されたとして仕方ないと理解はできます。しかし今年の5月、国家予算額の半分に相当する金額がドサッと「ベテラーノ基金」に当てられる荒っぽい配分には疑問を抱かざるをえません。2023年度の国家予算額はまたも「ベテラーノ基金」への10億ドルのお陰で、補正予算額を含めた2022年度と同様、30億ドルの大台に乗ってしまいました。「ベテラーノ基金」という一部門への突出した予算配分が今回問われたことになり、控訴裁判所によって違憲と判断されたのでした。
ラモス=オルタ大統領は12月15日、予告通り2023年度国家予算案を発布しましたが、それは「ベテラーノ基金」への10億ドルを抜きしての予算案でした。
この控訴裁判所の判断は、「予算を認可するうえでの専門性が基本的に欠けている」という理由からだと説明するルイ=ゴメス財務大臣は、この論理には承服できないが控訴裁判所の判断を尊重すると述べました(『チモールポスト』、2022年12月21日)。財務大臣のこの姿勢は政府のそれを反映するもので、政府・与党は控訴裁判所の判断を尊重することになり、再び「ベテラーノ基金」への10億ドルを国会で再審議することはしないで、12月20日、国会採決を通して「ベテラーノ基金」への10億ドルを予算案から正式に削除しました。これにより2023年度国家予算の総額は約21億ドル6000万ドルとなりました。
総額を詳しくいえば、『チモールポスト』(2022年12月21日)によれば、21億5571万5305ドルとのことです。その内訳は、中央政府による行政費用が18億ドル、社会安全保障費が2億3571万5306ドル、飛び地・RAEOA(オイクシ・アンベノ特別地域)の行政費用が1億2000万ドル、です。
減少の一途をたどり出した「石油基金」
10億ドルが削除されたとはいえ、21億ドル6000万ドルは依然として東チモール国家予算としては高額といってよいでしょう。国家予算の主な財源である「石油基金」は大丈夫でしょうか。
2018年から2022年までの5年間で政府は「石油基金」から国家で承認された71億ドルのうち54億ドルの引き出しをおこなったと、『タトリ』(2022年12月22日)や『インデペンデンテ』(同)などが財務省発表として伝えました。本年度にかんしては国会で承認された25億5000万ドルのうち55%にあたる14億ドルが引き出されたとのことです。最近5年間で54億ドルの引き出しがされたなら、毎年平均して11億ドル弱の引き出しがおこなわれたことになります。
現在「石油基金」への唯一の収入源であるチモール海の「バユウンダン」油田は今年10月で枯渇し開発は終了されると発表されたので、現在の「石油基金」の残高が分かれば、来年から「石油基金」への収入をゼロとし年間11億ドルの引き出しが続くと仮定すれば、「石油基金」はあと何年もつかが分かりそうです。しかし実際は「バユウンダン」油田の開発が終わっても「石油基金」への収入がゼロになるわけではないのでこの単純計算が成立するとは思いませんが。
そこで民間団体「ともに歩む」の資料を参考にしたいと思います。「グラフ1」は「ともに歩む」が今年10月に得られた統計資料を基にして作成されたグラフです。赤の文字と赤の線・点線に注目してください。赤線が「石油基金」のこれまでの残高を示し、赤の点線が来年以降の残高予想を示しています。このグラフでは2024年からは年間10億ドルの減少と見積もっています。
さてこの赤の点線がいつ横軸と交わるのか?わたしは勝手に赤の点線の上に強引に「えいやっ!」と緑の直線を引きました。それが「グラフ2」です。荒っぽく引いた緑線が横軸と交わるところ、そこが「石油基金」の残高がゼロとなるときであり、2037年の終わりか2038年の初めとなりました。
「石油基金」の過去とこれから。
「ともに歩む」が2022年10月に得られた統計資料を基にして作成したグラフ。
2021年から「石油基金」の残高が右肩下がりに転じた。
本年度は国会で承認された25億5000万ドルのうち14億ドルだけが引き出された。
2018年から2022年までの5年間で「石油基金」から引き出された額は、財務省が12月22日に発表した通り54億ドルであることがこのグラフからも(足し算をすれば)わかる。
「グラフ1」の赤の点線の上に緑の直線を引いて横軸と交わる点をみると、2037年~2038年となった。
つまり「石油基金」を現状のように使い続ければ、2037年の終わりか2038年の初めに「石油基金」がゼロとなるわけで、「石油基金」がゼロとなるのが目前と迫る2033年ごろには尻に完全に火がつくということになります。
そうならないために東チモールは「グレーターサンライズ」ガス田からの収入を得なければなりません。開発は未着手であり、ガス田からパイプラインのひき先をどこにするのか依然として結論が出ていません。来年2023年の選挙で政権奪還を狙うCNRT(東チモール再建国民会議)の党首・シャナナ=グズマンは選挙に勝ったら首相に返り咲き、「グレーターサンライズ」開発を軌道に乗せることを最大の目的とすることでしょう。尻に火がつく前にはたして東チモールは「グレーターサンライズ」からの収入を得ることができるようになるでしょうか。
もちろん財源の使い方を抜本的に見直し・改善をし、海外企業に依存する開発重視型から人材育成にじっくり取り組む態勢に切り替えて、「石油基金」を大切に使いながら自然資源を自らの手で扱える能力を得るのだという確固たる信念を東チモール人が抱くとしたら、未来の話はまったく違うものになり、「グラフ2」は何の意味も持たなくなるでしょう。
青山森人の東チモールだより 第479号(2022年12月24日)より
e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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