大声で軍拡反対を叫ぶだけでよいのか
- 2022年 12月 30日
- 評論・紹介・意見
- 国防安保軍拡防衛阿部治平
――八ヶ岳山麓から(409)――
岸田首相は12月23日、政府与党政策懇談会で「歴史的な難局を乗り越え、未来を切り開くための予算だ」と訴えた。
これに対して時事通信は「物価の高騰や安全保障環境の変化に対する国民の危機感を『錦の御旗』にしようとする姿勢が目立つ」とし、「防衛費は22年度比26%増の約6.8兆円に急増。24年度以降の財源となる『防衛力強化資金』への繰り入れを含めると、歳出総額の9%に当たる約10.2兆円に膨れ上がった」と伝えた(時事2022・12・25)。
だが、残念ながら国民の半分はこの岸田軍拡に反対ではない。
これについて、沖縄県憲法普及協議会と沖縄人権協会の2団体の声明は、次のように憂慮を表明した。
「国民の中では、防衛力増強について賛成する意見が急増しているが、これは漠然とした不安から生まれているに過ぎない。今や軍事予算が世界9位ともなっている日本に、総合的な安全保障戦略の中で果たしてどのような軍事的能力が必要なのかという議論がまったくなされないまま、まさしく『気分』によってこのような傾向が生じていることは極めて危険というほかない(本ブログ2022・12・21)」
日米安保条約と自衛隊を抑止力と考える人の中にも、これと同じ疑問をもつ人はかなりいる。だが、世論調査の結果は以下のようなものである。
「『反撃能力』の保有については、毎日・賛成59%、反対27%。朝日・賛成56%、反対38%で賛成が反対を大きく上回った。防衛費を大幅に増やす政府の方針については、毎日・賛成48%、反対41。朝日・賛成46%、反対48%と賛否が拮抗した(本ブログ 2022・12・24)。
沖縄2団体声明は、世論の半分が「防衛力増強」を支持する理由を「漠然とした不安」としている。だがわたしは国民の間には、「漠然とした不安」ではなく、「かなり明確な理由」があると思う。ひとつは中国の軍事力増強とその周辺地域への影響への懸念、もうひとつはウクライナ戦争がもたらした「敵基地攻撃能力保有論」批判への疑問、あるいは反批判である。
まず、今回の安保関連3文書で「最大の戦略的な挑戦」とされた中国だが、2000年時点で公表された防衛費は、中国は日本の2分の1だった。ところが、この20年間の経済の急成長を背景に、2021年には中国の防衛費は日本の5倍超に達した。そして習近平国家主席登場以来、南シナ海における軍事力による領土拡大、東シナ海でのアメリカを圧倒する戦力、台湾の武力解放というたび重なる発言、尖閣海域への日常的な中国艦船の遊弋行動がある。
同時に日本の対中国貿易依存度は20%を超え、投資も巨額に達し、日中・米中関係が緊張したからといって貿易を縮小し、企業を引き揚げるというわけにはいかない現状にある。日本は米中対立の最前線に置かれながらも、アメリカとは、中国との関係において地理的環境も異なれば経済的利害関係も異なるのである。
岸田政権は、この複雑な日中関係に対する外交ビジョンを明らかにしないまま、このたび中国と北朝鮮、ロシアを仮想敵国とし、特に中国の軍事的圧力に対する抑止力として、日米安保条約を前提とした巨額の軍事予算を計上したのである。
にもかかわらず、世論の半分が軍拡に賛成するのは、中国の強大な軍事圧力があるからである。
もうひとつの敵基地攻撃能力保有問題だが、わが護憲革新勢力のなかには、敵基地攻撃能力を持つこと自体が専守防衛の原則に反し、さらには直ちに「先制攻撃」に当たるという人がいる。そうだろうか。
かつて日本の政権を担った人々は、従来敵基地攻撃は現行憲法下でも専守防衛の範囲内で許容されるとしながらも、政治的判断として敵攻撃に対する迎撃以外の手段を選択しない立場をとってきた。それを岸田首相は、あえて敵基地攻撃能力を持とうという決断をしたのである。これがアメリカからの要求に屈したかものか否かはわからない。
この4月14日、ウクライナ軍がロシア黒海艦隊の旗艦モスクワを撃沈した。まさに護憲革新勢力が回避すべきだという「敵指揮統制機能」の破壊である。また12月5日にロシア中部サラトフ州のエンゲルス空軍基地をドローンによって攻撃し、リャザン州のディアギレポ空軍基地でも燃料輸送車を破壊し、6日にはロシア中部クルスク州の飛行場で燃料タンクを攻撃、炎上させた。ウクライナが攻撃したロシアの基地は、戦略核兵器の基地である。
だが、日本では右から左まで、だれ一人ウクライナを非難する者はいなかった。ウクライナがロシア領内のミサイル基地を攻撃しても侵略には当たらず、専守防衛の範囲と捉えているからだろう。
以上のようなわけで、護憲革新勢力がやみくもに岸田軍拡に反対しても言葉が上滑りするだけで世論を引き付けることはできないと考える。
我々が岸田軍拡に対抗するには、我々の日中共存の外交ビジョンを国民に提示する以外にない。東シナ海を平和の海にし、台湾有事を避けるために日本外交は何をすべきか、具体的な対案をできるだけ早く国民に提示する必要があると私は考える。
同様に、単純に敵基地攻撃能力保有反対をいうだけでは説得力がない。いまはまだ岸田首相は、ウクライナの事態を例に取り上げて国民を説得しようとはしていない。だが来年の国会では、今回のウクライナのロシア領内への攻撃をもって「敵基地攻撃能力」の保有を正当化してくるだろう。
いま、ある者は「軍国主義復活」、ある者は「国家総動員体制」、ある者は「ミサイル戦争も」と岸田軍拡を激しく非難している。私は外交や軍事、情報の専門家ではない。だが、激しい言葉で岸田軍拡を非難するだけでは、世論の大半を引き付けることができない情勢にあることはわかる。
護憲革新勢力は、対中国外交の在り方、敵基地攻撃能力保有の是非について速やかに理論構築が必要だと思う。それができないとなれば、国民の大半の支持を得ることができず、5年後には、祖国日本を世界第三の軍事大国にする道を歩ませることになるだろう。 (2022・12・25)
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