中国青少年の「落ちる」という気持はどこから来るか
- 2023年 1月 11日
- 評論・紹介・意見
- 中国若年層阿部治平
――八ヶ岳山麓から(411)――
正月2日夜、中国河南省の地方都市鹿邑県で若者が禁止されている爆竹を鳴らし、これを制止しようとした警察と衝突する事件があった。若者らは警察車の上に飛び乗って腕を振り回して英雄気取りで大声で叫び、さらにパトカーを叩き壊した。現場には大勢の人が集まって逮捕された少年の釈放を求めてパトカーをひっくり返すなど騒乱状態になり、これがSNSによって外部に漏れだして私たちも知るところとなった。
韓国「中央日報ネット」は、「白紙デモに続いて今度は爆竹デモ…」という見出しでこの事件を報じた。同紙によると同じような爆竹事件は、12月31日河南省許昌、正月2日には省都鄭州、さらに湖北・山西などの諸省に広がっている。河南省周口市太康県では、爆竹を使用した容疑で逮捕された住民を警察が群衆の要求で釈放すると、これを祝って爆竹を鳴らす映像が海外ツイッターで話題になっている。山東省のある都市では黒の高級乗用車が爆竹を鳴らしながら走行し、これをパトカーが追いかける映像もツイッターを通じて拡散している(中央日報2023・01・03)。
これだけだと都市封鎖が解除されて解放感に浸った若者のバカ騒ぎと見過ごす事件だった。ところが、1月5日人民日報国際版の「環球時報」が、鹿邑県事件に関して「小都市の若者を『失落群体(落ちこぼれ集団)』にしてはならない」という表題の論評を掲載した。著者は武漢大学中国郷村治理研究センター(注)副教授王福徳氏である。
(注)「治理」はこの場合「治政・統治」、ときに治山治水の意味にもなる。
王福徳氏の論評要旨は次のようなものである。
〇 1月2日晩、河南省鹿邑県で花火を上げて騒いだ未成年の少年8人を警察が逮捕した。少年らの行為は犯罪ではあるが、この事件は別な見方をしなければ、理解できない性格のものだ。
〇 いま、若者が地方小都市に滞留するわけは、新型コロナのために大都市で生活するのが難しく、多くが早々に帰郷したからである。けれども地方都市では彼らの夢や希望はかなえられず、現実との巨大な落差のもとで、やり場のない感情を蓄積し、(年末年始の)祭りにかこつけて騒いだのだ。これが本当のところではないか。
〇 地方都市には、地理的には大都市の発展に従う都市群と都市圏の中の小都市があり、もうひとつは相対的に独立して発展した、広く中西部に分布する一般的な地方都市がある。この種の地方都市は数が多く、産業基盤が相対的に薄弱で、発展空間には限りがある。
〇 だが地方都市は、農村の若者が町に住もうとすれば真っ先に選択する場であり、あの「大都市を逃げ出した者(注)」にも場所を提供できる。
(注)原文「逃離北上広」は、北京・上海・広州などの大都市から逃げだすという意味。以前は、若者が職を求めて大都市へ向かったが、現在は新型コロナ対策によって若者が大都市からUターンあるいはJターンする傾向にある。
〇 鹿邑県県城は一般の地方都市であり、また我々が注目する小都市である。地方都市が若者を引き付ける最大の魅力は、その安定感において大都市とはことなる小都市特有の低コストの都市生活様式によるものであり、また父母世代による援助から来るものでもある。
〇 (鹿邑県の若者の)あの声は、地方都市がこれら若者に(就業機会などの)希望を提供できないからである。この意味では地方都市は特に安定した健康的な都市化と経済発展政策に注意を払うべきだ。(地方政府と不動産企業による)不動産業の過激な(農地取上げ、工業用地化・宅地化などの)活動と消費刺激政策は若者家庭の経済的ゆとりをなくし、地方都市の安定機能を削減する。これは避けなければならないものである。
王福徳論評の表題にいう「失落群体(落ちこぼれ集団)」とは何だろうか。
厳重な居住地封鎖という新型コロナ対策のなかで、閉塞感とも失望感ともいえる「失落(落ちる)」という感情がひろがった。「がっかり感」である。彼らは父母世代の社会階層から上昇したいという希望をひとしく持っている。だが現実は失業と再就職難などのために、上昇どころか出身階層から転落するかもしれないという不安につつまれた状況にある。
大都市から逃げ出した若者も含めて、昨年7月現在の16~24歳の若者の失業率は19.9%、5人に1人は失業者である。これは公式統計だから、地域や職種によってはもっと失業者は多いだろう。いま中国経済には、これをすみやかに回復する力はない。
中国の治安当局には、政府にたいして不満をもつことそれ自体を「すなわち法律違反」とする傾向がある。それと知れば直ちに取締りに出る。これはだれもが知っているから、人々が公然と不満を口に出すことはまずない。
爆竹を鳴らして「燃放煙花爆竹条例違反」で捕まったり、パトカーを襲って「警察襲撃罪」で逮捕されたりすれば、(逮捕すなわち有罪だから)公務員になるとか解放軍に入隊するとかいった資格は奪われる。だから昨年11月末、中国全土にひろがった長期居住地封鎖に反対する「「白紙デモ」のような街頭行動は、まれなことといわなければならない。
事情を知る人は、爆竹を鳴らす若者と警察との激しい衝突は、若者の憂さ晴らし、鬱屈した感情の爆発というよりは、むしろ警察の過剰介入が引き金になったとみている。だから爆竹騒ぎに集まった民衆も、逮捕された若者の釈放を求めて騒ぎに加わったのである。
治安当局は、「白紙デモ」のような抵抗デモ、あるいは爆竹騒動が旧暦正月の「春節」に起らないよう締付けを強めている。中国共産党政法委員会書記(治安対策トップ)の陳文清氏は12月29日、中央政法委全体会議において「あらゆる方法で人民群衆の権益を保護するように」としつつも、同時に「国家安保と社会安定をしっかりと守らなくてはならない」「防疫を理由に潜入破壊し、流言をまき散らして問題を起こし、社会秩序を惑わす行為は断固として法に則って処理せよ」と強硬対応方針を明らかにした(中央日報同上)。
「春節(1月22日、休業は21~27日)」の取締りは強化される。地方当局はこれに忠実にならうだろう。
王福徳氏は、ごく遠回しにではあるが、「地方都市に滞留する若者に希望を与えるような政策を取れ、そうしないと問題はより深刻になる。治安対策では解決にならない」と、とりようによっては中共の社会政策に異議を唱えているのである。
環球時報がわざわざ王福徳氏の論評を掲載したのは、同紙幹部すなわち中国共産党上層部にも同様の考えをもつものがいるからであろう。だが氏の警告を中央政府が正面から受け止めることはないだろう。もし、受け止めることがあったにしても、今年「春節」には間に合わない。
(2023・01・09)
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