子どもの未来を奪う権利はない~日本復興計画その4
- 2011年 8月 3日
- 時代をみる
「ロシアンルーレット」を知っているでしょうか?
リボルバー式拳銃(ガン)に一発の弾を入れ、目隠しをして交互にカチッ、カチッと順番に引き金を引き、その一発の弾が当たった方が死ぬというゲームのことです。
テレビに「専門家」が出てきて、国際放射線防護委員会(ICRP)の文書だけに頼って、100ミリシーベルトを超えるとガン(癌)の発生率が0.5%高まりますが、「受動喫煙」と同じ程度ですので安心してくださいと言う。そして、それより低線量は確たる「エビデンス」がありませんから、「さしあたり健康に影響がありません」と繰り返します。
後でも述べるように、低線量内部被曝でガン(癌)になるのは何年後、十何年後かわかりません。そう、「さしあたり」ですから、嘘はついていないのかもしれません。
これらの「専門家」にとっては、これで問題がないのかもしれません。その時は、現役を退いていますから、責任を問われることもないでしょう。
「我が亡き後に洪水よ、来たれ」です。
でも、放射線を浴びる人にとって、これは大がかりな「ロシアンルーレット」と同じじゃありません?
弾が当たる確率は低いから、ゲームを楽しんでねって。
私たちは確率で示されると、どこかでごまかされてしまいます。
被曝量が100ミリシーベルトを超えると、ガンの発生確率が0.5%増えると言われます。仮に80ミリシーベルトで0.4%増えるとしましょう。たしかに1000人に4人と考えると、たいしたことがないように思えます。しかし、1万人なら40人、10万人なら400人、100万人なら4000人です。これだと、中国高速鉄道の大惨事が100回も起きることになります。
仮に、20ミリシーベルトの水準では0.1%の確率でガンが起きると考えてみましょう。これだって、100万人なら1000人になります。
被害の大きさを決めるのは、実は個別の基準なのではなく、どれだけ大量の放射性物質がどのくらい広範囲に飛散したのか、なのです。
では、放射能汚染の規模は一体どのくらいになるのでしょうか。
仮に原子力安全・保安院の公表データに基づいたとしても、福島第1原発事故で放出された放射性物質は77万テラベクレル(テラは1兆)で、チェルノブイリの約1割程度だとされています。
一見、事故が小さいとの印象を与えます。しかし、チェルノブイリの放出量は520万~1400万テラベクレルと推計されており、広島型原爆約200個分にあたると考えると、実は、福島第1原発事故は広島型原爆20個分もの放射性物質をまき散らしたことになります。
人間の命と健康に影響がないはずはありません。
たとえ低線量放射線だからといって、長期に内部被曝を続けると、ガンになります。チェルノブイリで地道な調査活動が行われ、さまざまな事実が明らかにされています。
児玉龍彦「〝チェルノブイリ膀胱炎〟 長期のセシウム137低線量被曝の危険性」『医学のあゆみ』7月23日号によれば、日本バイオアッセイ研究センター所長の福島昭治博士らによって、前癌状態である「増殖性の異型性変化を特徴とする〝チェルノブイリ膀胱炎〟」が発見されています(http://carcin.oxfordjournals.org/content/30/11/1821.long)。
チェルノブイリ膀胱ガンが最初に報告されるのに18年後、発癌メカニズムが明らかになるのが23年後ですから、長期にわたる低線量の内部被曝は実証が難しく厄介です。
そのために、深刻な事態であっても、見逃されがちになります。
厚生労働省研究班によって、「すでに福島、二本松、相馬、いわき各市の女性からは母乳に2~13ベクレル/㎏のセシウム137が検出」されており、この濃度は、福島博士らが調査した「チェルノブイリの住民の尿中のセシウム137にほぼ匹敵」します。「そうすると、これまでの『ただちに健康に危険はない』というレベルではなく、すでに膀胱癌などのリスクの増加する可能性のある段階になっている」と、児玉氏は警告を発しています。
さらに、「放射線障害は、細胞増殖の盛んな子ども、免疫障害のある病人に起きやすいことから、保育園、幼稚園、小学校、中高等学校と年齢の若い児童の接触、吸入可能性あるところから除染が急がれる」と言います。その際、20~30㌔の同心円の規制区域が線量の高さとずれており、早く「自治体の判断」にまかせるとともに、「賠償と強制避難を結びつけるのをやめ、住民の避難コストは東電と政府で支払うべきである」と児玉氏は主張しています。
改めて注意すべき点は、子どもへの放射能汚染の影響はガンだけではないことです。さまざまな感染症、免疫障害、貧血、白内障などが引き起こされます。しかも、低線量内部被曝では、多くの場合、症状が出るのに長い時間がかかります。崎山比早子「放射性セシウム汚染と子どもの被ばく」(「科学」7月号)が、チェルノブイリおよびその周辺地域で行われた調査結果をいくつか紹介しています。
1.ロシアのBryansk Oblast(ブリャンスク州)西部地方で1991年から1996年に住んでいた5歳から15歳までの男女の児童2129~2760人を対象とした調査では、「土地の汚染度と子どものセシウム体内蓄積量とは強い相関関係」を示しています。
2.またセシウムの体内蓄積量は、「ミルク、キノコ、肉の3種類を食べない場合のセシウム量を1とするとこの3種のすべてを食べる場合は3.2倍」になります。
3.ベラルーシ・Gomel(ゴメリ)州で10歳までに死亡した52例の子どもの臓器を調べた結果、甲状腺など内分泌腺をはじめ「多臓器にわたる慢性的被ばく」が見いだされ、「汚染地区の子どもたちには反復性呼吸器、消化器感染症、内分泌疾患、白内障が非汚染地区に住む子どもたちより」多く、「明らかに正常血圧の児童が体内汚染の高いグループで減少」しています
「さしあたり影響はありません」「微量ですから安心です」と言われても、人々が――とくに子どもを持つ母親――が心配するのは当然です。親なら誰だって、長い未来のある子どもに、ロシアンルーレットみたいな命がけのゲームをさせるのを望みませんから。
実際、福島第1原発事故がまき散らした膨大な放射性物質は、広範囲の食品汚染をもたらしています。
7月24日段階で、いま放射性セシウムに汚染したワラを食べたために、セシウム汚染の疑いのある牛は、2600頭以上、46都道府県に出荷ないし流通しました。さらに同月25日には、福島第1原発から100キロ以上離れた栃木と茨城の県内で収集した稲わらから、国の暫定基準値(1キロ当たり300ベクレル)を大幅に超える放射性セシウムを検出されました。汚染の疑いがある牛肉が出荷された範囲は全国に及び、その影響は、汚染されていない牛肉の価格の下落を引き起こしています。
さらにホームセンターで販売されている栃木県産の腐葉土からも高い濃度の放射性セシウムが検出され、17の県に広がっていることが明らかになっています。
にもかかわらず、これまでメディアは不毛な犯人捜しばかりをしてきました。
まず当初、農林水産省が出した通知を守らず、餌の管理を怠った南相馬の畜産農家が「犯人」であるかのように報じられました。よく考えると、本来、原発事故の被害者なのに、あたかも加害者であるかのように扱うという異常な報道でした。
問題が広がると、今度は、3月19日に農水省が一枚の通知を出しただけで畜産農家にきちんとした指導をしなかったとして、農水省に批判の矛先が変わりました。
しかしよく考えると、これも問題の本質をとらえていない議論です。
原子力安全委員会は、放射性物質がどの範囲に飛ぶかを予測するSpeediのシミュレーション結果を1カ月以上も隠していました。また地震当日にメルトダウンしていたにもかかわらず、東京電力も原子力安全・保安院も、深刻な事態に陥っていたことを明らかにしたのは2カ月後でした。
これらの報告に基づいて事故災害対策本部と枝野官房長官は、「さしあたり健康に影響はない」とか「風評被害を煽るな」と繰り返していました。農水省が通知を出した3月19日時点で、本当の情報は農水省などの政府部局にも知らされることもなかったのです。農水省が早期に事態を把握できなかったこと自体は問題ですが、根本的原因は、東京電力、経産省、原子力安全・保安院、原子力安全委員会の情報隠ぺい体質にあります。国民へ適切な情報開示がなされなかったことが、危機管理の失敗をもたらしたのです。
本質を見失ってはいけません。こうした隠蔽体質は、人命軽視にもつながっているからです。
何より情報を隠している間、大量の放射性物質が飛散している地域の人々を被曝するに任せていました。また学校や幼稚園の校庭の年間被曝許容量を事故後、それまでの1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げました。
国会での海江田経産相と清水前東電社長とのやり取りを見ているかぎり、「政府が強制避難させたところ以外、補償しない」姿勢をとっており、住民や子どもが被曝するのを放置してでも、賠償費用を節約したがっていると受け取られても仕方がありません。
大量の放射性物質が広く飛散したことを軽視してはいけません。
1.100キロ以上離れた所でワラや腐葉土にセシウム汚染が出たように、どこかで必ず高濃縮化して出てきます。
2.低線量の地域でも、下水の汚泥、側溝に集まると高い線量になります。あるいは学校や幼稚園でも雨樋の下や滑り台の下にミニホットスポットができます。
3.チェルノブイリでの小児甲状腺ガンの場合、汚染された牧草を食べた牛で濃縮し、そのミルクを飲んだ子どもが甲状腺ガンになりました。
このように、個別の地点で線量が低いからといって安心できません。これだけ膨大な放射性物質が飛ぶと、地形的特徴あるいは生物学的濃縮などを通じて、絶えず濃縮する可能性があるからです。何より、この福島原発事故は、過去の悲惨な公害事件をはるかに上回る大事件なのだという認識が必要なのです。
こうした状況にもかかわらず、内閣府・食品安全委員会の作業部会(山添康座長)は7月26日、健康に影響が出る放射線量について、国際放射線防護委員会(ICRP)の論文などに基づいて、外部被曝を含め生涯の累積被曝線量を100ミリシーベルトとする評価結果をまとめました。ちなみに、日本で年平均1.5ミリシーベルトとされる自然被曝や、医療被曝は別としています。また暫定規制値は、ヨウ素が年間2ミリシーベルト、セシウムが年間5ミリシーベルトなど物質ごとに上限を設定し、食品全体では年間計17ミリシーベルトを上限としています。
しかし、前述した事例を見れば、外部被曝と内部被曝の区別はなく、長期にわたる低線量被曝の問題も問わず、おまけに子どもについて具体的基準もないのは問題です。しかも、大量の放射性物質が飛んでいるにもかかわらず、きちんとした線量の測定や除染が行われないまま放置されている福島近隣の人々についても言及がありません。
食品の安全を守り、かつ農業者の生活を守っていくためには、どうしたらよいのでしょうか?
1.農水省は、すでに流通している汚染の疑いのある牛肉をすべて買い上げ、基準値を超えたものは焼却処分にする方針を打ち出しました。そして当該牛肉を保管・管理する食肉流通団体を通して東京電力に賠償請求していきます。さらに、福島県に続いて宮城県そして岩手県の牛を出荷停止にします。
これらは、これ以上汚染牛肉を流通させないという意味で必要不可欠な措置ですが、あくまでも事後的措置にすぎません。
2.牛肉市場の信頼を回復するには、BSE問題の時のように全頭検査が必要になります。すでに14の地方自治体が全頭検査を実施すると表明しています。そうなると、検査済みの牛肉が流通することになります。その結果、検査していない牛肉が市場から排除されていきますから、結局、全国的な全頭検査は不可避になります。
しかし、問題点がいくつか指摘されています。まず検査機器が非常に高価であり、専門家をはりつけなければならないというコストの問題です。これは簡易検査でひっかかったものだけを本格検査する方式をとることで「解決」しようとしています。このような方式をとると、検査機器の検査能力に見合う水準に生産者からの出荷を抑制しなければならなくなります。これは、あくまでも大がかりなゲルマニウム半導体検知器を中心とする検査システムが公定されているためです。こうした古い仕組みを改めて、日本最先端の流れ作業で画像解析を可能にするイメージング機器を農産物用に改造すれば、相当量の食品を処理することが可能になるはずです。
さらに、BSEの時もそうでしたが、全頭検査は厚生労働省の権限です。農水省と厚労省の縦割り行政という壁を取り払い、早急に体制づくりを進める必要があります。
でも、これだけでは根本的解決にはなりません。この福島原発事故は、戦後における悲惨な公害事件をはるかに上回る大事件だからです。先に述べたように、これだけ膨大な放射性物質が飛ぶと、地形的特徴あるいは生物学的濃縮などを通じて、絶えずどこかで高濃縮化する可能性があります。土壌汚染問題を解決しないかぎり、食品汚染も子どもの内部被曝もなくなりませんし、福島およびその近隣県の農業と地域は滅びていくしかありません。
3.したがって、より根本的に問題の解決を図るためには、土壌汚染そのものを取り除くしかありません。自治体や住民の手で学校・幼稚園などで除染が行われていますが、これはあくまでも子どもを守るための緊急の除染であり、限界があります。
結局、土壌中の放射性物質(セシウム)を濃縮してから回収していくか、それを土中に埋めていく客土する方法をとるしかありません。
公害問題の先例を見てみましょう。
イタイイタイ病の場合、対策区域は30平方キロ(3000ha)。そのうち1500haが除染対応区域で8000億円かけて今なお進行中です。ちなみに、イタイイタイ病でのカドミウム土壌汚染の田んぼの経験では、1ヘクタールあたり客土は6千万円、植物除染は5年で7千5百万円(年あたり1500万円)、現場での除染処理は4千万円くらいかかります。しかも、田んぼと違って攪拌できない畑ははるかに大変です。
もちろん、放射性物質の除去は、カドミウムより厄介で膨大なコストがかかるでしょう。しかも、汚染土壌はすごい量です。
それでも、これは人命と食品の安全を守るためには避けられないコストなのです。
土壌汚染の除去を含む事故処理費用がいくらかかり、誰がそれを負うべきなのか、きちんと議論しなければなりません。
まもなく広島・長崎に原爆が投下された日がやってきます。
峠三吉の「原爆詩集」の有名な一節を思い起こします。
「ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ」
私たちに、子どもたちの未来を奪う権利はありません。
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〔eye1533:110803〕
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