大がかりな中ロ首脳会談 ―習近平が踏み出した一歩の先は?
- 2023年 3月 27日
- 時代をみる
- ウクライナロシア中国田畑光永
先日(3月20~22日)、モスクワで行われた中ロ首脳会談。ロシアのウクライナ侵攻作戦の現状から見て、習近平とプーチンが話し合えば、なにか事態打開の方向性が見えてくるのでは、と注目されたが、結果は見事に裏切られた。
裏切られただけでなく、見せられたのは、21世紀も4分の1が過ぎようとしている現代の出来事とも思えない、何世紀も前の皇帝外交と見まがうようなばかばかしい光景だった。
モスクワのクレムリンで行われる外交行事は、プーチンの好みなのであろう、概して時代がかっているが、中でも今回はとびぬけていた。21日の正式会談の始まりは、バカでかい、そして天井がバカ高い、壮麗なホールの両側の入り口を結んで長い絨毯の通路が敷かれ、その両端から2人が同時に歩き始め、何十歩か進んで、中心地点で握手。背景には人の背丈の数倍もあろうかという両国の国旗、という設えであった。おそらく2人は何世紀も前のナントカ大帝、カントカ皇帝の気分に浸ることができたであろう。
この会談から打開の方向性が見えてくるのでは、と期待したと書いたが、その期待の元は中国外交部が2月24日に発表した「ウクライナ危機の政治解決に関する中国の立場」と題する文書について、プーチンも「一部評価する」という態度を公けにしていたことである。
***中国の「立場」***
話の順序として、この中国の「立場」をざっと見ておこう。
全体で12の項目があり、1・各国の主権の尊重、2・冷戦思考の放棄、3・戦闘の停止、4・和平交渉の開始、と始まる。そして冒頭、1・の前半部分はこう書かれているー
「国連憲章の主旨と原則を含む公認の国際法は厳格に順守され、全ての国の主権、独立および領土保全は確実に保障されるべきである。国の大小、強弱、貧富などを問わず、すべての国は平等であり、各当事者は国際関係を支配する基本的な規範を共同で保護し、国際的な公平と正義を守らなければならない。(以下略)」
この部分では武力紛争についての国連の基本的な立場が遵守されるべき規範として掲げられている。これを見る限り、中国としてはロシアのしていることは国連憲章違反、国際法違反と見る立場と受け取れる。しかし果たしてそうか、は先に進まないと分からない。
さらに3・においては、「紛争と戦争に勝者はない」とまで言って、双方に停戦と和平交渉を呼びかける。
ついで、5・人道的危機の解決、6・民間人と捕虜の保護、と当事国間の人道問題の解決が呼びかけられ、その後、7・原子力発電所の安全確保、8・戦略的リスク(核兵器の使用)の軽減、9・穀物輸出の保障、11・産業チェーンとサプライチェーンの安定確保、12・戦後復興の推進、と国際的な懸念事項の解消から戦後復興までの対策が掲げられている。見る限り、一般的な紛争処理、戦後処理の手順とその内容としては順当なところと言えるだろう。
ただお気づきのように、じつは第10項目の紹介を飛ばしている。これが問題項目なのである。項目のタイトルは「一方的な制裁の停止」。その内容は「一方的な制裁と最大限の圧力は、問題を解決できない。のみならず新たな問題を生み出す。国連安全保障理事会によって承認されていない一方的な制裁に反対する。(以下略)」とある。
ここにこの中国の「立場」のからくりがある。1・を見る限り、国連憲章の主旨と国際法を破ってウクライナの主権、領土保全を破ったのは誰かに目が行く。しかし、10・では「安全保障理事会によって承認されていない制裁には反対する」、つまり「ロシアは制裁にあたらない」=「ロシアは悪くない」ということになる。
そしてさらに言えば、安保理がロシアの行為を不当とできなければ、だれが見てもロシア側からの一方的な武力攻撃ではじまった「ウクライナ侵略」もどちらが悪いかの判定抜きの一般の紛争となってしまう。
ロシアは安保理の常任理事国であるから、ロシアが反対すれば(拒否権を行使すれば)安保理は何も決定できない。こんな分かり切ったことを持ち出して、中國はロシアの立場に助け舟を出しているのである。
勿論、国連には総会があり、そこではロシア非難決議などが何度も決議されている。しかし、それは賛成何票、反対何票という相対的な数字である。ロシアもさすがに国連加盟国の多数の支持が得られるとは期待せず、国連に限らず、いずれの国際会議でも反ロシアに反対する票がいくらかでも入ればいい、言い換えれば「賛否両論あり」の形になればいい、という態度だから、安保理の結論は「ロシアは制裁に値せず」である、という中国の屁理屈はおおいにありがたいのである。
私が今度のプーチン・習会談に「期待」したのは、この恩義と交換に、うまくすれば習近平はプーチンからロシア軍の一部撤退など、なんらかの譲歩を引き出すことが出来るのではないかと思ったのである。
***鉄面皮なコミュニケ***
それでは会談はどうなったか。
今回のモスクワでの首脳会談は20、21の2日間で合わせて6時間余に及んだということである。その故か、発表された共同コミュニケは非常に長い。私はロシア語が読めないから、中国語で読んだのだが、私のPCのカウンターではコミュニケ全文は9276字と出た。一般に中国語の文章を日本語に訳すと、すくなくとも2倍以上になるから、まあ少なく見積もっても日本語では2万字以上である。
これは報道発表文として異例と言っていいくらいの、ちょっとした論文なみの長さだが、それはひとまず措いて第9項目のウクライナに関する部分を見よう。
「双方は、国連憲章の主旨と原則は遵守されねばならず、国際法は尊重されねばならないと考える。ロシア側は、中國がウクライナ問題で客観的、公正な立場にあることを積極的に評価する。双方はいかなる国家、あるいは国家群も、軍事的、政治的およびその他における優勢を求めて他国の合理的、安全な利益を害することに反対する。ロシア側は可能な限り早期に平和交渉を再開するべく努力することを表明し、中國側はこれを称賛した。
ロシア側は中國側が政治的外交的方途を通じてウクライナ危機を解決するために積極的な役割を果たそうとしていることを歓迎し、『ウクライナ危機の政治解決に関する中国の立場』の文件に述べられた建設的な主張を歓迎する。
双方は、ウクライナ危機を解決するには各国の理にかなった安全への関心が尊重され、陣営間の対立の形成、火に油を注ぐことを防がなければならないと指摘した。
双方は責任ある対話こそ問題の着実な解決に最適な道であることを強調する。そのために国際社会はそれに関連する努力を支持すべきである。
双方は各方面に局面を緊張させ、戦争を長引かせるすべての行動を停止し、危機がさらに深まり、制御不能に陥るのを避けるよう呼びかける。
双方は国連安全保障理事会の議を経ない、いかなる一方的な制裁にも反対する」
引用が長くなってしまったが、以上がコミュニケのウクライナ戦争そのものについての内容のすべてである。それにしても、よくもまあこれほど事実を無視した奇妙な論理を恥ずかしげもなく人前に出せるものだと思わない人はいないだろう。
中国の「立場」の冒頭、両国の「コミュニケ」でも冒頭に置かれている「国連憲章、国際法の尊重」とロシア軍の一方的なウクライナ攻撃はどうつながるのか、そこを素通りして知らん顔は世界に向けての両国の態度表明にしては無責任に過ぎる。
さらに「ロシア側は可能な限り早期に平和交渉を再開するべく努力することを表明し、中國側はこれを称賛した。」というくだりなど、一体どこの戦争の話かと頭が変になりそうである。ロシアが兵をウクライナから引けば、それで「停戦」は実現し、その後、平和交渉を開くならいつでも開けるのに、「平和交渉を再開するべく努力」などと、ロシアはまるで無意味なことを言い、中國側が「これを称賛した」とは、よく恥ずかしくないものだ、とその鉄面皮に感心してしまうほどである。
***中ロ友好、それでいいの?***
今度の中ロ首脳会談はかなり注目を集めた。直前にロシアが中国に武器援助を頼んだというニュースが流れ、もしそれが実現するようなことになると、ロシアのウクライナ併合企図というローカル紛争が中ロ両大国対西側陣営というグローバル対決へと拡大するからである。
しかし、どうやらそうはならなかったことはご同慶のいたりである。しかし、中國がロシアにドローンを何十機か提供するといった話はくすぶっているし、もしそうなれば苦しいロシアを中国が幾分なりとも助けることになるが、大規模な対決へと進むことだけは何としても国際世論の力で阻止しなければならない。
それにしても、この段階で習近平がモスクワへ赴いて、はっきりロシアの肩を持ったことは、中國国内へどういう影響を及ぼすか、ここが注目点と私は見ている。
しかし、その前提として、習近平が憲法を改正してまで、長期政権、それも周りを側近で固めた宮廷政治の形でスタートしたことは、決して中国の政治を安定させることにはならないと私は思っている。「孤樹不成林」(樹は1本では林にならない)という言葉は、習近平の前の胡錦涛時代(2002~2012)のナンバー2、温家宝が首相になった時にご母堂が周囲との協調を諭して書き送った手紙にあった言葉だそうである。取り巻きだけで作った政権はいざとなると弱いのである。
さて、昨年2月、北京での冬季五輪開会式に訪中したプーチンを迎えた習近平は、長期政権の確立という同じ目標を持つもの同士として、肝胆相照らす会談の中で、プーチンからウクライナ併合の野望を明かされ、それを自らの台湾解放の夢と重ね合わせて、協力を約束したと私は推測している。
そして、2月24日、ロシア軍のウクライナ侵攻が始まり、国連その他でロシア非難の声が上がるたびに、中國はそれに加わらずに、ロシアの肩をもってきた。しかし、ウクライナの善戦と西側の応援によって、1年経ってもプーチンの野望は実現するどころか、逆にその進退は窮まりつつあり、3月17日にはICC(国際刑事裁判所)から「ウクライナの子供誘拐容疑」でプーチンに逮捕状が出されている。
そこで、プーチンとしては武器援助という形で中国をはっきり味方陣営に引きこむか、あるいはせめて派手な会談でも演出して、四面楚歌のジリ貧状況にカツを入れようとしたというのが、今回の会談であったと私は見る。習近平にしてもなにかとうるさいバイデンよりもプーチンの方が話しやすいだろう。
それが冒頭に紹介した時代がかった会談演出であり、論文と見まがうほどの長大な共同声明となったのであろう。それによってプーチンにどれほどのプラスがあるか、否、そもそもプラスがあるか否かさえ不明であるが、習近平にとってははっきり大きなマイナスになると私は見る。
確かに今、中米関係はよくない。トランプ、バイデンとここ2代の米大統領は「反中」姿勢を表に掲げている。それにはいろいろ原因があるが、最大のものは習近平が権威主義的支配を強めていることである。香港やウイグル地区や、国内の統制ぶりが嫌われていることは確かで、「内政に干渉するな」と言ったところで、相手が嫌うことをしているのだから、好かれないことに文句を言ってもはじまらない。自業自得である。
しかし、中国の民衆の立場に立って考えると、政府と米との関係が良い時と、悪い時を歴史的に見れば、よい時のほうが悪い時よりはるかに幸せであったことは間違いない。「アメリカ帝国主義は世界人類共通の敵」と唱えていた時代の中国国民は人民服を着て自転車に乗っていた。「改革・開放」時代となり、米国が身近になって、暮らしは格段によくなり、自動車にも手が届き、子弟は続々と太平洋を渡って、米の大学で勉強している。
そしてロシア(ソ連)はと言えば、中国が米と対立した時代の同志であり、友人であった。今、側近に囲まれた習近平はプーチンとの王様ごっこに得意満面である。成り行き注目である。(230325)
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