「善意」に満ちた共産党批判
- 2023年 3月 29日
- 評論・紹介・意見
- 共産党阿部治平
――八ヶ岳山麓から(420)――
大塚茂樹著『「日本左翼史」に挑む――私の日本共産党論』(かもがわ出版)を読んだ。
まず本書にあるエピソードを紹介しましょう。かつての共産党指導者宮本顕治氏の業績を論じたなかでの話である。
1951年評論家で翻訳家の高杉一郎氏は、自分の体験に基づいて『極光のかげに;シベリヤ俘虜記』を執筆出版した。これを見た宮本氏は、「あの本は偉大な政治家スターリンを汚すものだ」「こんどだけはみのがしてやるが」と高杉氏を面罵したという。その場には百合子夫人もいたそうである。
宮本氏は百合子夫人急逝後、高杉夫人の妹で百合子氏の秘書であった大森寿恵子氏と再婚する。その長男が北欧社会福祉の研究者宮本太郎氏である。
上記エピソードのように本書では、論じる主題ごとに著者の体験と記憶、関連する文献と人物評価がどっと出てきてとまどう。著者の博識、人脈の豊富なことは並みの人ではないと感じる。さらにその内容は、マルクス主義の現状から学生運動、労働運動、平和運動、革命論争まで範囲に及ぶ。
本書は佐藤優・池上彰『日本左翼史』3部作に挑戦したものだが、私はそれを読んだことがない。というわけで、ここでは、共産党の指導者論について感じたことだけを書いておくことにした。
大塚氏の宮本氏への評価は高い。
武装闘争方針による共産党の分裂を克服し、「1961年綱領」によってその後の共産党の歩みを確立したからである。大塚氏は、宮本氏の主導した「61年綱領」の「(日本は)高度に発達した資本主義でありながらアメリカ帝国主義になかば占領された事実上の従属国となっている」との規定こそ核心部分であろうという。その通りである。
1960年代は、宮本路線の批判者である構造改革派も新左翼各派も「日本は自立した帝国主義国家だ」としていたが、現在に至るも日本の対米従属状態には変りがない。
ところが1991年末ソ連崩壊がおきると、宮本氏はこの事態に、「巨悪の崩壊をもろ手を挙げて歓迎する」との声明を発表した。上記エピソードによっておわかりのように、宮本氏もかつてはスターリンを崇拝しソ連をたたえていた。だからこの声明にはわたしもたまげたが、共産党シンパだった村の友人は「スターリン崇拝は間違っていましたくらい言え」と怒った。
まだある。わたしの記憶では、宮本氏はルーマニアの独裁者チャウセスクを支持していたが、かれが民衆反乱で殺された後も、宮本氏の自己批判はなかった。共産党の指導者に反省の弁がないという例は、委員長が不破哲三氏、志位和夫氏に代わってからも続いている。
大塚氏は、不破氏を批判しつつも党の理論的指導者として評価している。
不破氏は宮本路線を手直しした2004年綱領の作成を主導した人である。そこでは「民族民主統一戦線政府」は消え、「統一戦線の政府・民主連合政府」が強調され、国会で安定した多数を得て社会主義政府をつくるとなった。社会主義と共産主義の区別は無くなり、社会主義の定義も「生産手段の社会化」に言及しただけで、「計画経済」も「プロレタリア独裁」もなくなった。これをめぐって不破氏は大量の著作を発表した。
ソ連については、すでにスターリンの酷政がレーニンの路線から生まれたことが明らかになっていたにもかかわらず、不破氏はレーニンの死後、ソ連は社会主義から逸脱したゆえに崩壊に至ったとした。大塚氏は、(レーニンからの逸脱である)大国主義・覇権主義批判という視点だけではソ連崩壊の原因を求めるのは不十分だという。氏は、20世紀社会主義の破産は党の「民主集中制」によって専制と抑圧を社会に強いていた事実、それも崩壊の一因だと指摘している。
これとは別に、2004年綱領では中国・ベトナム・キューバについて「社会主義を目指す新しい探求を行っている国々」と規定した。ところが16年後の28回大会では、この規定は中国が大国主義・覇権主義になったからという理由で削除された。
中国共産党は20世紀末から「大国崛起」をスローガンに、軍事・経済大国を目指すという路線を変えることなく今日まできたのだから、先の規定ははなから間違いであった。規定を変えるにあたっては、不破氏は2004年綱領の作成時の中心だったのだから当然自己批判をすべきだった。ところが、志位和夫氏は党大会で、たいした根拠もなく「当時は、これが正しかった」と不破氏をかばう発言をした。
このときわたしは共産党の理論上の退廃があらわになったと感じた。
志位和夫氏について、大塚氏は「宮本氏の壮絶な体験や不破氏の超人的な著作活動という強烈な個性とは持ち味が異なっている」と同情的だ。だが、「党委員長として、22年という在任期間が長すぎるのは事実だ」といい、「志位氏が存分に力を発揮したのは何年間あるのか」と問うている。
さらに氏は、共産党の組織原則の「民主集中制」について、「党指導部が主人公の組織から、党員自身が主人公になれる組織へと脱皮していく民主主義を組織原則としていくことは急務であると判断する」と、党の組織原則から中央集権制を破棄するよう忠告している。
本の帯にある中北浩爾氏の推薦文に大いに惹かれて本書を読んだ。そこには「左翼に再生の道筋はあるのか。その絶望の淵で、元岩波書店の敏腕編集者が豊富な知識と自らの体験に基づいて思索する。読み進めると徐々に引き込まれていく。『小説 岩波書店取材日記』で話題を呼んだ著者による体験的左翼論」とあった。
これを見て飛びついたものの、各ページに展開された豊富な知識と議論の複雑さに頭が混乱した。「参った」というのが老人のため息である。
(2023・03・23)
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