原発の汚染水の海洋放出を強行するな 世界平和七人委がアピール
- 2023年 4月 7日
- 時代をみる
- 世界平和七人委原発岩垂 弘汚染水
世界平和アピール七人委員会は4月6日、「汚染水の海洋放出を強行してはならない」と題するアピールを発表した。東京電力福島第一原子力発電所の敷地内に貯蔵されている放射能を含んだ汚染水を、政府が今年の春か夏に海底トンネルを通じて海洋に放出する計画を閣議決定したことから、これに「待った」をかけたアピールである。
アビールは、まず「原発の敷地から発生した汚染水は、約130万トンが1000基以上のタンクに回収されている」とし、これを海洋に放出する計画は「科学的・社会的なさまざまな問題を抱え、国際政治にも悪影響を及ぼすと懸念されている」としている。
そして、その弊害の具体的な例として「(海洋への放出に当たっては)セシウムやストロンチウムなど62種類の放射性物質をアルプスで基準以下になるまで取り除くとしているが、これらがなくなるわけでなく、化学的に通常の水素と区別できないトリチウム(三重水素)は、放射性元素でありながら除去できない。そのためトリチウムを含んだ水を海水で薄めて海洋に投棄するという。……水とともに体内に入ったトリチウムからのベータ線はDNAを破損させる以上のエネルギーを持っているので、内部被ばくの被害を引き起こす可能性がある。原発周辺地域で子どもの白血病の発生率が高いとの疫学調査結果もある」と指摘する。
さらにアピールは、「汚染水の海洋放出は……福島県をはじめ広範囲の漁業者たちに今後長年に及ぶ打撃を与える可能性が高いだけでなく、国際的な信義の問題をも引き起こす。既に、韓国や中国など近隣諸国からの反対の意思表示がなされている。……太平洋諸島の人びとも、全当事者が安全だと確認するまでは放出しないことを求めている」と述べ、「さまざまな問題点を孕む汚染水の海洋への放出計画を強行してはならない」としている。
世界平和アピール七人委は、1955年、ノーベル賞を受賞した物理学者・湯川秀樹らにより、人道主義と平和主義に立つ不偏不党の知識人の集まりとして結成され、国際間の紛争は武力で解決してはならない、を原則に日本国憲法擁護、核兵器廃絶、世界平和実現などを目指して内外に向けアピールを発してきた。今回のアピールは157回目。
現在の委員は大石芳野(写真家)、小沼通二(物理学者)、池内了(宇宙物理学者)、池辺晋一郎(作曲家)、髙村薫(作家)、島薗進(上智大学教授・宗教学)、酒井啓子(千葉大学教授)の7氏。
アピールの全文は次の通り。
汚染水の海洋放出を強行してはならない
世界平和アピール七人委員会
東京電力福島第一原子力発電所(以下原発)の炉心崩壊事故によって核燃料が剥き出しとなり、今でも、そして今後も長期間にわたり絶えず供給しなければならない冷却水に加えて、大量に地下水および雨水が原子炉建屋に流入し続けている。その結果多量の放射能を含んだ汚染水が絶えず原発の敷地から発生し、現在までに約130万トン分が1000基以上のタンクに回収されている。
東京電力は敷地内に保存するのは限界と訴え、それを受けて政府は、今年の春か夏にも沖合1㎞の海洋に海底トンネルを通じて放出を開始する計画を1月13日に正式に閣議決定した。政府と東京電力は2015年に「関係者の理解なしには、(汚染水の)いかなる処分もしない」と文書で約束註1していて、いまだ理解は得られていないことは、無視されている。このような状況の下で現在海洋放出の工事が急ピッチで進められている。この計画は、科学的・社会的なさまざまな問題を抱え、国際政治にも悪影響を及ぼすと懸念されている。
科学的見地から言えば、セシウムやストロンチウムなど62種類の放射性物質をアルプス註2で基準以下になるまで取り除くとしているが、これらがなくなるわけでなく、化学的に通常の水素と区別できないトリチウム(三重水素)は、放射性元素でありながら除去できない。そのためトリチウムを含んだ水を海水で薄めて海洋に投棄するという。トリチウムは通常の原発の運転時にも環境に放出されていて、トリチウムから放出される放射能(ベータ線)はエネルギーが低いから環境に放出されても安全であり、水や食料にも含まれていて日常的に接していても問題が起こっていない、と言われる。しかし、事故炉の剝き出しの核燃料に触れた処理水と通常運転時の排水を、同様に考えることはできない。そして水とともに体内に入ったトリチウムからのベータ線はDNAを破損させる以上のエネルギーを持っているので、内部被ばくの被害を引き起こす可能性がある。原発周辺地域で子どもの白血病の発生率が高いとの疫学調査結果もある註3。要するに、トリチウムのみならず低線量の放射線被ばく問題には科学的決着がついていない。これは、明確な回答を与えきれない現在の科学の限界を示している。
このような場合に私たちが採るべき方策は、科学以外の判断原則に準拠して当面の行動を決めることである。ここで私たちが主張したいのは「安全性優先原則(予防原則)」である。これは生じる問題について危険性が否定できなければ、安全のための措置を最優先に講ずる、という原則である。この原則に照らせば、トリチウムについて危険性があるとの指摘があるのだから、安易に環境に放出してはならないことになる。
さらに汚染水の海洋放出は、本格操業への希望をつないできた福島県をはじめ広範囲の漁業者たちに今後長年に及ぶ打撃を与える可能性が高いだけでなく、国際的な信義の問題をも引き起こす。既に、韓国や中国など近隣諸国からの反対の意思表示がなされている。海の汚染は局地に留まることなく、拡散して漁場に悪影響を及ぼす可能性があり、海流に沿った海域を生活の場とし長く核汚染に抗ってきた太平洋諸島の人びとも、全当事者が安全だと確認するまでは放出しないことを求めている。
以上のように科学的・社会的・国際的にさまざまな問題点を孕む汚染水の海洋への放出計画を強行してはならない。トリチウムの半減期は12.32年だから、保管を続ければ、タンクの放射能は時間と共に確実に低下する。必要ならさらに場所を確保すればよい。その間に、汚染水の発生量を出来るだけ減少させ、その一方で固化させるなどの研究開発を一層強化することも考慮に入れるべきである。放射能とのやむを得ない取り組みは、拙速を避け時間をかける以外ない。
註1 政府と東京電力による、関係者の理解なしでは汚染水のいかなる処理は行わないとの文書による約束
(1) 2015年8月24日 経済産業大臣臨時代理国務大臣高市早苗から福島県漁業協同組合連合会野﨑哲代表理事会長あて文書「東京電力(株)福島第一原子力発電所のサブドレン水等排出に関する要望書について」の説明 高市早苗のコラム(2021年4月14日)
https://www.sanae.gr.jp/column_detail1307.html
(2) 2015年8月28日 東京電力株式会社代表執行役社長広瀬直己から全国漁業協同組合連合会(全漁連)代表理事会長岸宏あて文書「東京電力福島第一原子力発電所のサブドレン及び地下水ドレンの運用等に関する申入れに対する回答について」
東京電力福島第一原子力発電所のサブドレン及び地下水ドレンの運用等に関する申し入れに対する回答について (tepco.co.jp)
(3) 2022年4月5日 JF全漁連はALPS処理水の取り扱いについて、岸田首相、萩生田経産大臣の求めに応じて面談(萩生田大臣がJR全漁連を訪ねて文書回答を手渡し、岸会長は、回答は精査が必要と述べ、その後萩生田大臣と共に首相官邸へ)
https://www.zengyoren.or.jp/news/press_20220405_02/
(4) 2023年3月13日 福島県内堀雅雄知事 記者会見
知事記者会見 令和5年3月13日(月) – 福島県ホームページ (fukushima.lg.jp)
註2 アルプスは、多核種除去設備の英語名であるAdvanced Liquid Processing System を縮めた名称ALPS。放射能を含む汚染水がこの設備を通ると、放射性物質の種類に応じて、化学的変化を起こして沈殿したり、吸着剤によってろ過されたりして、放射能が減少する。ただしトリチウムや炭素14などは、この装置では除去できない。
註3 疫学調査(えきがくちょうさ):集団を対象にして、健康障害の頻度、障害の状態、影響する因子などを統計的に調査する学問。
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