「米・中対決」から「米の孤立化へ」 ―習近平、狙いはマクロン取り込み
- 2023年 4月 11日
- 時代をみる
- 中国外交田畑光永
去る5日の本欄に私は「『手厚いもてなし』と『トラの手下になるな』―対日外交に見る新・習近平政権の2つの顔」という一文を掲載した。主旨はその3日前の今月2日、日本の閣僚としては3年ぶりに訪中した林外相が中国側から手厚い接遇を受けた一方で、中国側は日本が国際政治において米の手下にならないようにとかなりあからさまに働きかけたことを紹介した。
ご承知のように米のバイデン政権は中国をThe only competitor(唯一のライバル)と位置づけて、安全保障面に限らず、貿易面でも、とくに半導体のような先端技術をめぐる貿易について、きびしい態度をとり、中国との取引を制限する措置を実施して、両国間の緊張は高まっている。
一方、中国はウクライナに侵攻したロシアに対する国際的非難には一貫して組することはせず、国家主席3選をはたした習近平が3月20日~22日にまずロシアを訪問するなど、ロシアとの関係をより緊密化しているために、中ロ・対・米という大きな対立の枠組みが浮かび上がってきているのが現状である。
そうした中で行われたのが、この5日から7日までの仏マクロン大統領と欧州委員会フオンデアライエン委員長という欧州2首脳の中国訪問であった。滞在中、2人はそれぞれ習近平と会談したほか、3人合同で会談するという場面もあったのだが、中でもマクロン大統領に対しては国賓としての訪問であったとはいえ、北京に止まらず南の広州まで習近平も足を伸ばして「観光」の合間に話し合いを続け、ノーネクタイのツーショット映像と写真が数多く報道された。
そして7日にはなんと51項目、中国文で約5700字(日本語に訳せば1万字を超える)という長い共同声明が発表された。
当然、声明ではウクライナ問題がどう書かれているかが注目されるが、その前に目につくところを紹介しておくと、6「仏側は“中国は1つである”という政策を堅持する」、20「両国は中国の航空会社が160機の旅客機を購入する契約が両国間で合意されたことを歓迎する。両国は中国の航空運輸市場と航空機数量の回復状況によって、適時、中国航空会社の貨物輸送および長距離輸送などの需要を検討する。…」、36「…仏側は第3回“一帯一路”国際協力サミット・フォーラムに参加する」といったところである。6と36はマクロンが中国の顔を立て、20は両国の経済的結びつきを世界に誇示しているともとれる。
主なところはそんなものとしても、それではほかにどんな項目があるのかと疑問に思われるかもしれない。政治、経済を除くあとの40項目ほどは、人文交流とか世界の食糧危機への対応、といった項目のもとに広範囲な問題への両国の取り組みが並んでいる。僻目かもしれないが、中国としては口うるさくあれもこれも注文をつける米に対して、同じ西側陣営でも欧州とは中国はしっかりと通常のお付き合いをしているよ、と言いたいのではないかと感じられる。
それでは肝心のウクライナについてはどう書かれているか。次の3項がそれである。
10「双方は国際法および国連憲章の主旨と原則を基礎とする、ウクライナにおける平和を回復するすべての努力を支持する」
11「双方は原子力発電所およびその他の平和的核施設に対する武力攻撃に反対し、国際原子力機構が平和的核施設の安全安保を促進する建設的役割を支持する。それにはザポロジェ原子力発電所の安全安保を保証するための努力も含まれる」
12「両国は衝突の当事者が国際人道法を厳格に遵守することの重要性を強調する。両国は国際合意によって、衝突の影響を受けた婦女子児童は保護されること、衝突地区の人道援助は増加されること、人道援助は安全かつ速やかに、妨害を受けずに搬入されること、を強調する」
一読しただけでは、しごく当然の言葉が並んでいるだけに見える。問題はここに書かれている「停戦」をどう実現するかである。7日の習・マクロン会談に興味深いくだりがあるので、新華社の記事をご紹介する。
習の発言―「ウクライナ危機の原因は複雑だが、長引けば双方に不利だ。なるべく早く停戦することが関係国にも全世界にとっても利益になる。そして政治解決が唯一の正しい出口である。ウクライナ問題で中国は決して自分の利益のために問題を処理することはしない。終始、公平公正な立場に立つ。関係各方面は責任をもって向き合い、政治解決の条件を決めなければならない。私はフランスが危機を政治的に解決する具体的な方策を出して欲しい。中国はそれを支持して、建設的な役割を果たしたい」
「したい」というところの中国語は「願」である。一般的な「希望」よりはもうすこし思いがこもっている。私はここにウクライナ問題で身動きがとれない中国の立場が現れていると感じる。どういうことか。
中国はウクライナにロシアが攻め込んでから丁度1年が経過した今年2月24日、「ウクライナ危機の政治解決に関する中国の立場」と題する文書を公表した。
この文書はまさに中国の立場を説明したもので、国際法、国連憲章に基づいて各国の主権の尊重とか、冷戦思考の放棄、停戦、和平交渉、民間人や捕虜の保護、原発の安全…といった各項目についてのまさに「中国の立場」を書き連ねたものである。
しかし、この文書は肝心の事の発端、ロシア軍による突然のウクライナ領侵攻という事実に触れず、かつ国連安保理でのロシア非難決議が採択されなかった(当事国のロシアと中国自身が反対した)ことを根拠に「一方的(ロシアに対する)制裁の停止」を主張しているため、まったく説得力がない。
さればと言って、その後、3月20日には習近平がモスクワに赴いて、プーチンと大げさな会談を演じてみせた以上、今さら「立場」を変えるわけにもいかない。国連安保理の常任理事国でありながら、自縄自縛、身動きがとれなくなってしまったのだ。
そこでマクロンに適当な停戦案を考えてもらい、それに賛同して、今の身動きのとれない立場から逃れたいというのが習近平の「願」の内容である。それが成功するかどうかはともかく、少なくともフランスの大統領との親密ぶりを世界に見せることはできたのだから、オール西側にプーチンと2人で立ち向かうという米バイデン大統領が思い描いた構図はなんとか避けられるであろう。
あるいは習近平はそれ以上に中国とヨーロッパが手を結んで、米を孤立させるといった構図さえ思いえがいているかも知れない。しかし、その間にもウクライナでは多くの命が奪われて行く。(230408)
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