イギリスーアスベスト対策後進国
- 2023年 5月 2日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
二〇〇二年の年の瀬も押し詰まったころ、画像処理専用のLED照明メーカの現地法人の立て直しにボストンにでかけていった。赴任するまえにアメリカ人をレイオフしたことあってのことだろうが、なにかをするために必須の気概がない。日々が流れるだけで毎月赤字が積み上がる。なんとかしようにも、どうしたらいいのか分からない。これで市場をきりひらいてやるという戦略に思い至るまでに半年かかった。
ただ何をするにも金がかかる。債務超過状態のところに毎月債務が積み上がるアメリカ支社にはその金がない。戦略とその戦略を実行するために本社を説得した。後になってみれば当たり前の戦略だったが、オーナー社長も茶坊主連中も業界知識がなさすぎて、説得に二ヵ月以上かかってしまった。手を打ちだして驚いた。あっという間に売り上げが急増していった。五年はかかるだろうと覚悟していたのが二年半で目途がついてしまった。負債は残っているが、後は若い人たちとアメリカ人にまかせればいい。早々に帰国しなければならないが、京都の本社に戻ってもやることがない。いつものことで請け負った仕事がかたづけば、いる理由がない。二〇〇五年正月明けに帰国した。帰国することを仕事仲間に伝えたら、腰掛でいいから助けに来いといわれて、X線分析装置メーカの日本支社で草鞋をぬいだ。
分析装置は物理の基本に忠実に従うだけのもので、自動車のように流行りすたりがない。一台二千万円からするもので、数年で更新するものでもないし、早々に壊れるようなもんじゃない。画像処理専用のLED照明もなかには数十万円、特殊なのものになれば二百万円なんてものもあるが、ほとんどは五万円十万円程度で、一台当たりの金額は知れている。数をさばかなければなりたたない市場で、毎日のように注文が入ってくる。そんな業界から、年に何台でもないX線分析装置業界へ。ゆったりと時間が流れていく業界で営業体制も営業マンのメンタリティも違う。業界違いに戸惑っていたところにアスベスト被害が大きな社会問題になった。アスベストの分析にはX線回折装置が欠かせない。突然風のような追い風が吹き出した。分析装置業界に身をおく営業マンが一生に一度出会えるかという怒涛の受注ラッシュに会社中が湧き返った。導入しなければならない、検査しなければならないところが一巡して平常状態に戻った。台風一過、平常状態にももどったら、どうにも退屈でしょうがない。三年目に入ったところで本職の制御装置業にもどった。
Al Jazeeraの記事をみて、あの一過性の熱病のような受注ラッシュを思い出した。どういうわけかというよりイギリスらしいといったほうがいいのか、イギリスにはまだ嵐が来ていない。
『A long and lethal legacy: In the shadow of asbestos in the UK』(機械翻訳すると、『長く致命的な遺産:英国におけるアスベストの影で』になる)
https://www.aljazeera.com/features/2023/2/12/a-long-and-lethal-legacy-in-the-shadow-of-asbestos-in-the-uk?utm_source=sendinblue&utm_campaign=Coronavirus%20%2014022023&utm_medium=email
アスベストは安価で使い易い断熱材として百年以上前から世界中で使われてきたが、中皮腫の原因なることは完璧に証明されている。環境先進国のヨーロッパのなかでも独自の地位を誇っているイギリスが、アスベスト対策では図抜けた後進国だったとは知らなかった。
壮麗な歴史的建造物はいいが、アスベストに囲まれているのかと思うと観光旅行でも出張でも近寄りたくない。
記事の要点を機械翻訳した。
「英国にはアスベストの鉱山はないが、約150年間、主にカナダから輸入され、建築に広く使用されていた」
「アスベストには茶色、白、青の3種類がある。1930年代から1980年代にかけて、セメント、屋根用フェルト、壁材、天井材、床タイルに混ぜられ、屋根、雨どい、窓のシール、ボイラーやパイプのラグや断熱に使用された。中皮腫の原因の大半を占める褐色アスベストは、1985年に使用禁止となり、1999年には他の種類のアスベストも使用禁止となった。しかし、古い建物にはまだこの危険な物質が残っており、それを除去する明確な計画はない」
「イギリスの労働安全衛生に関する国家規制機関である安全衛生庁(HSE)によると、イギリスは人口当たりの中皮腫死亡率が世界で最も高い」
「アスベスト粉塵の健康被害について、初めて論文が掲載されたのは約100年前の『British Medical Journal』である。その後、1960年代には中皮腫がアスベストへの暴露と関連していることが認識された。その後も、アスベスト症、肺がん、卵巣がん、喉頭がんなど、さまざまながんがアスベストとの関連性が指摘されている」
「HSEによると、アスベストにさらされる人のほとんどは、アスベストを含む材料が、建築工事、自然損傷、経年風化などによって損傷したり乱れたりしたときに、空気中に放出された繊維を吸い込む」
「大規模な除去作業には、繊維や粉塵が飛散するなどのリスクが伴う。アスベストの撤去は、特別なライセンスを持つ業者が行うことが規定されているが、例えば、住宅地の道路を移動するスキップに積まれて特別な埋立地へ運ばれると、その揺れで致命的な繊維が空気中に飛散する危険がある」
「HSEの推計によると、英国には21万から40万棟の建物にアスベストが使用されているという。また、約150万棟の建物には約600万トンのアスベストが使用されており、これはヨーロッパで最も人口あたりのアスベストの量が多いという報告もある。1920年から2000年にかけて、ヨーロッパは世界中で取引されるアスベストの50%以上を占め、英国は一人当たりのアスベスト輸入量が他のどの国よりも多い」
「教育省への情報公開請求では、約81%の学校(約34,000校)が建物にアスベストが存在すると報告していることがわかった。NHSへの情報公開請求では、病院建物の90%以上、1,229棟がアスベストを含有していることが判明した。今回の調査では、これらの建物のうち、29%の病院建物のアスベスト含有材料が損傷していると判断されたことが判明した」
「ヨーロッパでは、ベルギーのフランダース地方とポーランドだけが、アスベストを除去するための戦略を立てている。ポーランドはEU加盟国の中で唯一、2032年までに根絶するための国家行動計画を策定している」
「他のヨーロッパ諸国と比較して、空気中のアスベスト繊維を測定する英国のアプローチは、感度も精度も低く、英国の職業暴露限界値は著しく高く、例えばオランダの50倍にもなる」
「2021年、労働年金特別委員会は、アスベスト管理に対するHSEのアプローチに関する証拠を求めた。特別委員会は、国会両院で政府の政策をチェックし報告するために活動し、すべての政党の国会議員が参加している」
「アスベストは、住宅や商店の60%、学校や病院の80%に使用されている。一般市民は、私たちが訪問する建物のどこにアスベストがあるか知らない」
「まず学校、次に社会住宅、病院、宿泊施設、オフィスビルなど、高リスクのグループに影響を与える可能性のあるものを優先的に除去しなければならない」
「政府は特別委員会に対し、積極的な除去を正当化する『説得力のある証拠』はなく、登録の必要性はないと回答した」
「現在の英国の規制では、アスベストは損傷した場合のみ除去する必要があると規定されている」
なぜ、イギリス政府はアスベスト対策におよび腰なのか、と考えていくと不動産の資産価値の暴落を恐れてのこととしか思えない。俗な言葉でいいかえれば、資産家(金持ち)が損をする。
日本でも似たように考えて対策が遅れたのが、X線分析装置屋で遭遇した突風の原因だったと想像している。
不動産価格の暴落を気にしてアスベスト対策を先延ばしにしているのは、イギリスの功利主義が高じてのことだろう。功利主義、一概に悪いなんて言う気はない。俗な理解でしかないが、ひと口に言ってしまえば、投資に対する見返りを考えてのことになる。社会はいつも問題だらけ、それをなんとか転がしていくには必須の視点で、問題は誰にとっての功利なのかということに尽きる。
2023/2/2
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion12994:230502〕
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