ミャンマー、軍事政権の手詰まりと奇策の数々
- 2023年 8月 6日
- 評論・紹介・意見
- ミャンマー野上俊明
最近のミャンマー情勢の一番のトピックスは、軍事政権=ミャンマー軍評議会(SAC)が7月31日、ネピードーで国家防衛安全保障理事会を開催し、非常事態の6か月延長を宣言したことであろう。憲法規定上、非常事態終結宣言から半年以内に総選挙を実施しなければならない。しかし現状では国土の過半が紛争地域になっており、到底平穏に総選挙を実施できる条件にないので、やむなく延長したのである。しかし非常事態延長はこれで4回目、憲法規定では2回しか延長できないことになっているが、そこは無法が本質の軍事政権、自己都合でどうにでも解釈してみせるのである。
軍事政権は非常事態延長と合わせ、アセアンはじめとする国際社会からの圧力をかわすためと統治の破綻の取り繕いのため、ミャンマーならではのさまざまな奇策に打って出てきている。
その第一が、仏教の祝祭日(4旬節)を口実に、受刑者への大々的な恩赦を行なったこと。その最大のものはアウンサンスーチーとウインミン(大統領)への減刑措置である。スーチー氏については、有罪とされた19件のうち5件を外し、禁固33年から6年を減刑したという。さらに刑務所の独房から、政府の高官用家屋へ身柄を移し、自宅軟禁扱いにした。また政治犯が多く含まれる数十人の死刑囚は、無期刑囚に減刑した等々。
一般受刑者については7700名を釈放、しかし政治犯は非常に少ない模様。過去もそうだったのであるが、大量恩赦と釈放は、受刑者であふれ手狭になった刑務所にスペースをつくり、次の大量逮捕に備えるためにすぎないと活動家は言う。しかも「政治犯支援協会」などの刑務所情報に詳しい人権団体によると、恩赦の対象になるのは刑期満了が近い受刑者が多いという。さらに大量釈放には軍事政権に邪悪な狙いがある。一般犯罪者を大量に市中に放つことによって社会不安を煽り、軍や警察への治安上の依存感情を掻き立て、住民の敵愾心を和らげる効果を狙っているという。まして国連発表では、現在総国民の約半数が1日1ドル以下で糊口をしのぐ惨憺たる状況(貧困線以下)であり、経済破綻下、犯罪経歴者がすぐに職にありつくことはほぼ不可能である以上、恩赦と言い条、市民にとって災厄といわねばならないのだ。
スーチー氏の減刑について、珍しく氏の次男キム・アリス氏が、「インディペンデント」紙(8/2)に次のような抗議の談話を発表している。「私たちは、母が自由を得るために闘います。彼女はでっち上げの罪で違法に投獄されています。私たちは、軍が母と政治的な駆け引きをしていることを知っています。彼女の完全な自由以外のものは受け入れられません」「彼女は自由と民主主義の勇気あるシンボルであり、暗黒の体制の中で今なお輝きを放っています。世界は彼女を待ち望んでおり、自由と正義を要求しなければなりません」ここでは親を思う子の気高い心情を素直に受けとめたいと思う。
第二の奇策は、首都ネピードーに世界一(?)といわれる19メートルの大理石による仏座像を建立したこと。この事実は、ミャンマーに独特の政治的宗教的文脈を知らなければ、その意味はよく理解できないであろう。
大理石のマラヴィジャヤ仏陀座像 The Independent
周知のように、多民族国家ミャンマーの多数派であるビルマ族は、人口5300万人中、90%弱の人口比率を持ち、その圧倒的多数が上座部仏教(小乗仏教)の信者である。彼らの信奉する中心的教義に「功徳(くどく)」の考え方というものがある。人は信仰に励むことによって仏果(功徳)を授けられるが、その仏果の大きさには実はランク付けある。最高ランクの功徳が与えられるのは、仏塔(パゴダ)や仏像の建立である。少なくとも何千万か何億円かを建設に要するので、結果として金持ちや権力者が最大の功徳獲得者ということになる。私のヤンゴン在住中にあったことだが、有名な映画俳優某が、どこそこにパゴダを寄進したという噂は瞬く間に津々浦々に広がり、井戸端はその話でもちきりになる。寄付者は世間から最大の賛辞を贈られ、より良き輪廻転生の切符を手にして、心おきなくこの世から去ることができる。だから世界遺産のバガン遺跡にみられる何千という仏教遺跡は、多くの権力者や富裕者が先を争って良き転生の切符を手に入れるべく、寄進競争した夢の跡なのである。
たいていの外国の異教徒であれば、金持ちや権力者に有利なこの功徳教義に疑義を呈するであろう。しかし多くの市井の人々は、信仰の自縄自縛でこの不合理さになかなか気づかない。キリスト教の使徒パウロは、「ひとはその行いによってではなく、信仰の内面的真実さによって義とされる」と述べた。そのキリスト教の目から見れば、巨大な仏像を建立する行為は、偶像崇拝にみえるだろうし、外形あるもので人々の歓心を買おうとする行為は賤しい世俗的なものと映るであろう。
ややわき道にそれるが、旧ビルマと縁の深い英国人作家ジョージ・オーウェル――植民地ビルマの警察官としての5年間の経験からうまれた短編小説「象を撃つ」が有名。長編小説「ビルマの日々」は、世界の覇者としての英国植民者の傲慢さと、ビルマ人の卑屈さとへの嫌悪感の板挟みにあい、イギリス人の主人公フローリーは孤立し孤独のうちに死すというなんとも救いのない小説である――実際イギリス植民者の出先機関の幹部に自殺者が多かったという。いわゆる「現地妻」を暴露して、主人公を自殺に追いやるビルマ人悪徳治安判事ウ・ポーチンの姿を通して、オーウェルはビルマ仏教の功徳教義へ痛烈な当てこすりを行なっている。この公安判事は、強姦、詐欺、賄賂など悪徳の限りを尽くすが、良心の呵責のひとかけらもなく、仏罰を怖れず平然としている。どうしてそんな風でいられるかというと、生涯の最後にパゴダを寄進すれば、その功徳ですべての罪は帳消しになるので、転生の障害にはならないと考えているからだ。ところがある日、ウ・ポーチンはパゴダを建てる前に、突如脳溢血で死んでしまった。そこまでは書かれていないが、哀れな彼は、かくして悪業悪果、来世は毛虫か何かに生まれ変わるのであろう。
現代のウ・ポーチンである軍事政権は、40億円ともいわれる資金をかき集め、一枚岩の大理石で大仏像を造った。これによる大きな功徳で悪業を帳消しにするとともに、民衆からの感謝と尊敬の念を引き出すことで、武装抵抗運動の矛先が鈍るのではないかと、都合よく考えたのであろう。(日本の浄土真宗における還相回向(かんそうえこう)と同様、ビルマ仏教でも自分の得た仏果を他人と分かち合うということも功徳には含まれている)
しかし現下の厳しい内戦の状況から、多くの善男善女の仏教徒は、功徳教義そのものへの疑義ではないにしても、この教義が軍部に不正利用されていることに気づいているに違いない。そうであろう、一方で日々空爆や砲撃、焼き討ち、拷問、レイプでさんざん人殺しをしておいて、他方その血に汚れた手で仏像をつくって罪を浄化しようという虫のいい話なのであるから。軍事政権が巨大仏像を建立したのは、武力で威圧するのみならず、精神的な権威を誇示して民衆を威服せしめるためにすぎないことに、多くの国民は気づきつつある。巨大な仏塔だから、巨大な仏像だから効験あらたかなのではない、それが人々の平安と幸福への願いと仏陀への真実な帰依を体現するものであるという実質をともなってこそ尊いのだということに、多くの人が目覚めつつあるのではないか。語弊があるかもしれないが、それは中世的な信仰の在り方から、個を前提とする近代的な信仰スタイルへの変化のきっかけになるかもしれない。
この機会であるからあえて言及しておこう。上座部仏教は原始仏教の面影を色濃く残している。高度に観念化された北伝仏教(大乗仏教)とちがって、民衆の精神生活の根っこの部分にしっかり結びついている。しかしそのことは同時に仏教以前的な呪術信仰に多くまといつかれていることをも意味している。たとえば、将軍たちは重大な決定をするときは、お抱えの占星術師に占ってもらうという。よく知られているのは、首都をヤンゴンからネピードーに移す時、その決行日時は占星術師によって決めたという。2006年10月10日、午前何時何分かを期して、何千台もの引っ越しトラックが、ヤンゴンから新首都に向かっていっせいに走り出した。同様に一般民衆も占いの類は大好きである。しかし呪術に取り込まれているかぎり、軍ときっぱりと精神的にも手を切ることはできないであろう。連邦制民主主義のための抵抗運動は、呪術からの解放という意味も持っていることを強調しておきたい。
最後にミャンマーにおける政治と一部仏教との悪しき癒着について。この十数年間、ロヒンギャへの大々的迫害・殺戮に加担し先導したのは、仏教僧侶たちの過激集団(「マ・バ・タ」)であった。その指導者である高僧ウィラトゥ師は、かつて「ミャンマーのウサマ・ビンラディン」とも称され、米誌タイムの表紙で「仏教テロの顔」と紹介されたこともある人物である。彼はその過激な言動で投獄されたこともあるが、最近では1月にミンアウンフライン最高司令官から表彰され、称号を授与されている(下左写真)。軍部と仏教界との結びつきには、ミャンマー固有の事情がある。全人口89%が仏教徒であり、それがビルマ族と重なるため、「バマー(ビルマ)」というエスニシティ概念は、民族性と宗教性が一体化したものとして観念される。そこに反植民地独立運動から引き継がれた民族性の守護者としての軍部と宗教性の担い手である仏教界が、容易に吸引し合う余地が生まれる。そして植民地支配と軍部独裁の後遺症たる、Xenophobia(外国人嫌い)やMuslimophobia(イスラム嫌い)に増幅されて、狂信的なウルトラナショナリズムが生まれたのである。
右上の写真は、タイ国境に近い村のパゴダ祭りで、過激派僧侶ウィラトゥに寄付金を渡すソウチットトゥとその家族の様子を写したものである。ソウチットトゥはかつてはレジスタンスの闘士であったが、転向して国軍傘下の国境警備隊の隊長となり、さらに中国企業が後押しする悪名高い違法カジノ都市シュエコッコを主宰して大金持ちになった男である。この男もカレン州の故郷の村にパゴダを建てさせた。軍、転向武装組織、仏教過激派、違法ビジネス後押しの中国系企業等々、醜悪な悪の華が咲く中国、タイ国境地帯である。
<ロシア軍、ミャンマー製武器で戦う?>
イラワジ(7/28)によれば、ウクライナの軍事情報サイト「ミリタルヌィ」(ウクライナ軍事センター)は7/2、ミャンマー軍が製造した120mm迫撃砲弾がウクライナで使用されていると報じたという。
ウクライナの箱入り120mm迫撃砲弾 イラワジ
国軍関係筋によると、迫撃砲弾はミャンマー軍の国防産業総局(別名カ・パ・サ)のものだという。ただしウクライナの写真は、バゴー州パダウン県にある工場で生産された標準的な迫撃砲弾とは若干一致しない。工場関係者によれば、この弾薬はロシア向けに特別に製造されたものか、あるいは設計を更新したものである可能性があるという。別の軍関係者は、120ミリ迫撃砲弾が軍からのものであることを確認したが、標準的な砲弾よりも性能が良いようで、ロシアの技術者が製造工程で協力していることを示唆している。ウクライナの軍事情報機関のトップであるキリロ・ブダノフ少将は3月、VOAに対し、ロシアはウクライナで供給するために「何でも、どこでも」買おうとしていると語った。
ウクライナ戦争を機に、ロシア―北朝鮮―ミャンマーという武器相互調達のトライアングルが出来上がっているようで、これはミャンマー国民とウクライナ国民からすれば、おぞましい反動と抑圧の同盟関係としかみえないであろう。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion13168:230806〕
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