【ビッグ・ニュース!】ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』続編の新資料発見!!!
- 2023年 9月 18日
- カルチャー
- 川端秀夫
『カラマーゾフの兄弟』続編への序曲
1
ネチャーエフはロシアの革命の歴史に出現した確信犯的革命派の始祖であろう。確信犯的革命派のどこがダメかと言えば、それはロシアに現れたヒューマニストの典型だからである。ヒューマニズムとは一切の価値の根源を人間に置く思想である。ドストエフスキーはこのヒューマニスト=確信犯的革命派を断固たる決意を持って批判した。しかしドストエフスキーの決意は何度も揺らいだ。その揺らぎが彼の作品を形作った。巨大な渦を巻いて揺らぐその逡巡の幅の大きさに、我々もまた吞みこまれて21世紀まで来てしまったのである。
2
ドストエフスキーの出した質問はたったひとつ。神はあるのか、それともないのか。もし神はないなら、一切の価値の根源を人間に置く思想が正しい。したがって確信犯的革命派=ヒューマニストが正しい。もし神があるなら、確信犯的革命派=ヒューマニストが間違っていることになる。
ドストエフスキーの対話においては、テーゼ(=神はある)とアンチテーゼ(=神はない)が対立したままジンテーゼ(=総合)には決して到達しない。対話は永遠に終わらないのだ。このような構造をミハエル・バフチンは発見した。
この日本に、連合赤軍=確信犯的革命派=ヒューマニストは、死んだ人もいるが、いま牢獄の中にも生きて居る。ネチャーエフ問題はまだ終わっていないのだ。
3
トカチョーフに関して、ベルジャーエフが『ロシア共産主義の歴史と意味』において、「かれは過去のロシアの革命家のうちで、政治権力を口にし、それの獲得と組織化とを説いたきわめて少数の一人、いな、ほとんど唯一の人だった」という評価を下している。彼こそはレーニンの先駆者にして連合赤軍の先駆者でもあるだろう。
トカチョーフは、「何をなすべきか」について、レーニン以上に心に届く言葉を語るすべを持っていた。彼は新しい言葉を発した。レーニンの『何をなすべきか』は、トカチョーフの言葉の焼き直しに過ぎない。そう感じずにはいられない何かがある。
『カラマーゾフの兄弟』の未完の第二部はアリョーシャが僧院を出て13年後の物語になるはずであった。この第二部ではアリョーシャは革命家として姿を現す設定になっている。革命家アリョーシャのモデルになるのはトカチョーフであろうというのが我が妄想(=仮説)である。
4
私の構想はこうである。アリョーシャが革命党の首領になり、コーリャはその忠実な信徒になる。このコーリャはトカチョーフの精神を全面的に体現する。アリョーシャは、最初のボルシェビキであると同時に、ロシア革命の精神を全否定する最初の人でもある。そういう二重性=矛盾を孕んだ構図を描いてみた。そのような構想の下に書き上げた習作が、我が『カラマーゾフの兄弟』続編なのであった。
【驚愕の新資料】ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』続編
亀山郁夫氏の「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」(光文社新書)が出版されて以来、続編の内容について、喧々諤々たる議論が学会やネットで続いている。しかしそれらの議論は確実な根拠や資料に基づいたものとは言えず、文字通り「空想」に終始している。
そこで、『カラマーゾフの兄弟』続編について考察するにあたっての前提となるべき資料を二つご紹介したい。
一つ目は「ユーラシア出版ニュース」の1881年2月7日号ならびに2月8日号の記事(資料1)であり、二つ目は新発見のドストエフスー自身の残した『カラマーゾフの兄弟』続編の創作ノート(資料2)である。二つの資料は共に本邦初訳である。
■資料1■
・「ユーラシア出版ニュース」1881年2月7日号より
「神はある」(アリョーシャ・カラマーゾフ)。「神はない」(イワン・カラマーゾフ)。相反する思想を抱けるふたりは血をわけた兄弟であった。無神論国家が実現するのか(ありえない!)。神の国が誕生するのか(困難である)。ロシアの未来はいつに『カラマーゾフの兄弟』続編の完成にかかっている。
ユーラシア出版ニュース社では『カラマーゾフの兄弟』の著者フョードル・ドストエフスキー氏に対し続編の内容に関してのインタビューを行うこととした。結果は明日の「ユーラシア出版ニュース」1881年2月8日号に掲載される。ドストエフスキーの良き読者の皆様へ。明日が良き日になりますように。
・「ユーラシア出版ニュース」1881年2月8日号より
ユーラシア出版ニュースの編集者Dは、本日ドストエフスキー氏宅を訪問し、インタビューを行った。最初の質問はこうであるー「カラマーゾフの兄弟続編の執筆を計画なさっているというのは本当ですか?」。ドスト氏の答えー「計画ではなく、続編はもう書き終わってますよ」。驚愕する私(D)であった。
ドスト氏は笑いながら続けたー「前篇を書く前に続編は書き終えています。作品を完成させることと書くこととは違う」。「書くことと違う?」「頭の中で精密にすべての場面、すべての議論は完成している。下書きもある。だが、作品は違う次元に存在する。書かれたものを語り直すのが作品を創る作業です」
「語り直す時、既に文字で書かれたあるいは頭の中にある物語は、一瞬毎に破壊される。新しい物語として再生する。カラマーゾフの前篇もそのようにして誕生したのです」。ドスト氏の言わんとすることが、私にもおぼろげながらも分るような気がした。「すでに書かれた物語を語りなおす作業はいつから?」
「2年ほど休養して精気を充填してから続編の語り直しを開始するつもりでいます。その間、いろんな調べものをしたり思考を深めたりという、純然たる労働も必要だ。しかし作品を語り直すという必死の作業に比べれば、それらは息抜きのレクレーションのようなものですよ」。ドスト氏の気迫に圧倒された。
作品の内容について聞いてみたー「内容については何も言えない。出たら読んで下さい。読めば内容は分るでしょう」。そう答えて、ドスト氏はにこやかに笑った。「読んでも私には何も分らないかもしれません。あなたの作品はあまりにも奥深い」。「そんなことはありません。続編はベストを尽くします」。
書斎の机の上に、プーシュキンの『ボリス・ゴドゥノフ』が置かれているのを、私は発見した。栞が何枚もはさまれている。ドスト氏は私の様子を見てー「ボリス・ゴドゥノフ。皇帝暗殺の物語です。ロシアの悲劇はそこにあった。いまもある。忘れてはならない」。ドスト氏の謎のような言葉が耳朶を打った。
ドスト氏のインタビューは以上ですべてだ。創作に捧ぐべき文豪の貴重な時間を奪ったことは罪深いことであるのかもしれない。けれども今回のインタビューを通じてドスト氏の次回作こそは、ロシアの叡智と神秘が込められた前代未聞の傑作であろうことが証明されたことを信じて疑わない。ドスト氏に感謝!
■資料2■
~~~「カラマーゾフの兄弟」続編・創作ノートより~~~
ロシア革命党の結成を準備したアリョーシャとコーリャたち12名は、その結党の旗揚げの仕事として皇帝暗殺を図った。
革命党の首領に就任したアリョーシャは、自らが皇帝暗殺を実行することを望むのだが、アリョーシャを崇拝するコーリャは自らが発議した会議において、皇帝暗殺の実行にあたるのはコーリャとし、アリョーシャは実行の時期を決め決行の指令を出す、そして皇帝暗殺後のロシア革命党の指揮監督を担うこととすることを決議した。
その決議の内容はアリョーシャにも伝えられ、アリョーシャも、全員一致で決まったその決議を受け入れる。
コーリャはアリョーシャを全面的に信頼しており、一声かかればすぐさまにでも自らの一命を犠牲にしても異存はなかった。アリョーシャの指示に従い、直ちに暗殺を決行する覚悟を固めていた。
そのような中でコーリャにアリョーシャからの呼び出しがかかる。
「何を言われても、アリョーシャの指示にぼくは従う。この命は惜しくない」。
このような独語を吐きつつアリョーシャとの会見に臨むコーリャであった。
しかし、アリョーシャは、コーリャの顔をじっと眺め、コーリャにとっては信じられないような驚くべきことを語る。
「人間の霊魂が世界のあらゆる国々よりも貴いと教えるものこそはキリスト教である。キリスト教はすべての個人とその個別的運命とに無限の注意を払う。つねに個人であり、絶対にくりかえされることなき人間は、キリスト教にとって社会よりも第一義に深い実在である。人間はしばしばその生命を犠牲にしうるし、しなければならぬが、その人格をではない。かれのうちなる人格をかれは実現すべきであり、犠牲は人格顕現の条件であり、永遠の生の獲得である。人格は精神=宗教的カテゴリーであって、人間の前に置かれた任務を意味する。人格は個とはまったく別のものであり、個は生物学的、社会学的カテゴリーであって、種および社会に従属する部分である。人格は何ものの部分でもありえず、社会もしくは世界の一部でもありえない。それは一つの全体であり、それの深淵においてそれは精神の世界に属しているのであって、自然の世界にではない。共産主義哲学の限界と誤謬のすべては人格の問題を理解しえないことにもとづき、そしてそれは共産主義を人間に敵対する人間疎外の力と化し去る。それは、社会、社会主義社会、社会階級、プロレタリアートを偶像に仕立て、真の人間は否定されるのである」。
コーリャは、アリョーシャの言っていることが、一言も理解できなかった。驚愕し、頭が混乱するままに、「で、暗殺は?」と聞くのが、やっとだった。
※後注※この二つの資料はすべてメタ・フィクションであり実在の団体等とは一切関係ありません。アリョーシャの発言はベルジャーエフ著作集7『ロシア共産主義の歴史と意味』からの引用です。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔culture1223:230918〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。