やはり「民族同化」は進んでいる
- 2023年 11月 1日
- 評論・紹介・意見
- チベット阿部治平
――八ヶ岳山麓から(447)――
近頃珍しく、人民日報国際版の「環球時報」にチベットが登場した。
「チベットに来い、そして『強制同化』の話がどのくらいでたらめかを見よ」という威勢のよい「見出し」の評論である(2023・10・10)。筆者は王建斌、北京外語大学区域全球治理高等研究院副院長である(「全球治理」はグローバル・ガバナンスというべきか)。
冒頭、王氏は「9月下旬、米ニューヨーク・タイムズ紙は、『チベット人強制同化問題』に関する米国務省の報告書を受け、中国が100万人のチベット人児童を『強制同化』のために寄宿学校に送ったというデマ記事を掲載した。そして一部の欧米メディアや反中国勢力がこの誇大広告に追随した」と大いに非難している。
王氏は評論の終りでも、米国や西側の一部の政治家やメディアがチベットについて宣伝をやるのは、「彼らが過去に主張していた新疆における『大量虐殺』や『強制労働』が、現在の新疆の安定と団結の発展を前にして新鮮さを失い、もはや説得力を失ったからである」という。
欧米メディアは、「チベットの子どもたちが全寮制の学校に強制的に移され、そこで『普通話(いわゆる中国語・漢語)』の教育を受けなければならず、チベット語や歴史、文化を学べなくなり、漢民族の文化に強制的に同化させられている」「この 『強制政策』は、チベット人の若い世代の独特な言語的、宗教的伝統を消去することを目的としている」と主張していると怒るのである。
わたしが青海省で教員をしていたのは21世紀のはじめから11年間だが、チベット人地域の牧畜地域では、小学校の統廃合がすすみ、遠距離通学を余儀なくされた1年坊主から町の学校の寄宿舎に入ることとされていた。村によっては、年寄りたちがこれを悲しんで、「私らから孫を奪わないで」と地方教育当局に集団で頼んでいた。また、すでに寄宿舎生活のある小学校では、おねしょや皮膚病などで子供がかわいそうだという話もあった。だから、寄宿舎制度は今に始まったことではない。
一方、中学高校の歴史教科書は、「夏、商(殷)、周、春秋、戦国、……」と、「中国史」そのものだった。そこにチベットが登場するのは、唐代つまり7世紀にチベット高原を統一して吐蕃王国を建国したソンツェンガンポ王と文成公主の結婚だけ。だから、わたしの学生たちはインド仏教の伝来もダライ・ラマ制度の成立もちゃんとした知識を持たなかった。
私がいた当時は、青海省ではチベット人地域でも「農暦(旧暦)」を使っていたこともあり、チベット暦が太陽大陰暦であることも知らなかった(聞くところによると、現在ところによっては農歴の「春節」をやめ、チベット暦のロサル(新年)を祝うようになっている)。
さらに問題は教師が教室で使う教育言語である。2010年10月、青海省当局は幼稚園から高校まで学校の授業は、すべての教師に「普通話」を使わせるという通達を出した。これに対して教師や学生生徒はもちろん、チベット人の官僚退職者まで猛然と反対し、青海省の各地でチベット人はデモを敢行した。
結局は青海省当局がチベット人に譲歩し、「実施可能な学校から実施する」というところに落ち着いたのだが、いま小学校低学年を除けば、多くの学校で「普通話」による教育が行われている。
王氏は、「2023-中国チベット発展フォーラム」に出席した100人近くの在中国使節や国際的な著名人に同行し、チベット自治区の林芝(リンジ)の林芝第二小学校とラサのラサ実験中学(中高一貫のエリート校)を訪問した。
「これらの学校では、子どもたちはチベット語の体系的な学習を受けている。 林芝市の第二小学校はそのような民族学校のひとつで、特別なチベット語教育研究室があり、チベット人教師が子供たちにチベット語を教え、チベット文の書道の練習を指導している。……この学校には、民族楽器や民族舞踊の課程もある」という。
問題は、カリキュラムの中にチベット語やチベット史の授業が週何時間を占めているかであるが、氏は、チベット語教育の授業時間についても、教師が授業に使う言葉がチベット語か否かについても何も語らない。
これは、ラサや林芝の学校では「普通話」が使われて20年は経っているから、彼が「普通話」を使うのが当然と考えているからであろう。また、わたしが知る限り、大規模大学の民族系学部、民族系大学を除けば、中国には少数民族史・民族文化を学べる学校はほとんどない。
王氏は「子どもたちは(寄宿制)学校で家族や社会から切り離されてはいない」と強調する。
「ラサの実験中学では、2400人強の生徒の90%以上がチベット人である。 寄宿生は、平日は学校で生活するが、週末と祝日、チベット正月や『雪屯節』のようなチベットの伝統的な祝日や夏休み冬休みには、家に帰ることができる」と。
だが、小学校段階の寄宿制度は、教育上はやはり「強制」というべきで、子供を情緒不安定にすることは間違いない。中学段階ならば、生徒が家族・社会から切り離されているか否かの判断は人によるだろう。
王氏は、さらにラサの実験中学の卒業生の多くが北京、上海、広州などの大都市の大学に進学している事実をあげる。たしかにこの実験中学に限らず、北京大学や清華大学などの一流大学に進学するチベット人学生が増えているし、一般大学にもチベット人学生が進学するようになった。だからといって、彼らが漢文化に「同化」していないとは言えない。
事実は、母語よりも「普通話」がよくでき、漢語・漢文化についての知識は身に着けているが、チベット文化や歴史に無知のチベット人大学生が増えている。これは間違いない。
中国共産党の民族政策は中華民族の一体化である。民族文化・宗教の中国化、すなわち「漢化」である。「漢化」は確実に進んでいる。だが、わたしは少数民族青年のすべてを「強制同化」の結果だと断定することはできない。またそこに「強制」がないとも思わない。
1990年代のはじめ、わたしは、チベット人地域の中のモンゴル民族島とでもいうべきところにいた。そこの小学校教師は、自分ではモンゴル語を教えながら、娘を漢語中心の幼稚園へやっていた。なぜかと聞くと、「もし娘たちの世代が漢語がわからなかったら、この地域の役人や指導者はよその民族(すなわち漢人)になってしまう。それでは我々は生きていけない」と答えた。
わたしの学生も、かつて同じ趣旨の考えを語ったことがある。中国では漢民族は91%を占めている。だから、われわれは圧倒的な彼らとの競争の中で生きるために、漢人並みの漢語と漢文化を身につけなければならない、だから「漢化」は「権力による強制」というよりは、「社会的・経済的強制」とでもいうべきものであると。
日本国家が、アイヌ民族からアイヌ語を抹消していったように、中国もまた中華民族の一体化をめざして、あるいは強制しあるいは自然に任せて、確実に少数民族から文化と母語を奪っているのは間違いないと思う。 (2023・10・27)
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