くらしを見つめる会つーしん NO.230から 2024年3月発行
- 2024年 3月 7日
- 交流の広場
- 村山起久子
ジェンダーと私
私が、ちゃんとジェンダー(あの頃はウーマンリブとかフェミニズムと言われていた)を意識したのは高校生の時だと思う。全共闘最後の世代の私は、あるデモで「中ピ連」のピンクのヘルメットのお姉さんたちのグループを見たときかもしれない。意味もよくわからないのに、かっこいいと思ってチラシをもらった。私の両親は割とリベラルなほうだったので、「女の子だから」というような叱られ方をされた記憶はないし、たぶん病弱だった私は健康に気を付けるようには言われたけれど、たいした期待をされていなかった。自分でも長生きしないだろうと勝手に世の中を斜めに見ていた。勉強を強いられた記憶もなく、学校をさぼってデモに行った時もたいして怒られてない。だから、勉強もせずスポーツもせず、気楽に暮らしていたが、そんな自分がいやだったのだろう。授業をさぼっていろんな大学の全共闘のバリケードを見学に行っていた。
そのあといろんなことを経験したけれど、差別解消や人権を訴えたりする組織の中にも、全共闘の学生運動の中にも男女の役割分担があることが多かった。もちろん仕事や結婚生活の中でも不満がいっぱいで、友だちと愚痴りつつ「仕方ないのか」とあきらめながら暮らしていた。たぶん自分の中にもまだまだ家父長制の潜在意識の名残りが色濃く残っていてそのほうが楽なのだと思っているところがある。たとえば力仕事は嫌だとか、細かい書類仕事は苦手だとか、いろいろ緻密に考えるのは経験値が低いとか。だからこんな私がモノを言ってもいいのか、えらそうになっていないかと思ってしまう。
何度目かの人生の転機は60歳の時に乳がんが見つかった時だ。「女性集会」の講演で出会った女性相談電話の支援者募集のお知らせを知って、なぜか「これだ」と思いたち大阪まで1年以上かけて講習に通った。(たいして意義も見いだせなかったそれまでの仕事はすぐ辞め)大阪で女性相談の相談員として3年。そのあと京都で7年ほどする中で、今までの人生では想像を超える女性の悩みに出会って、自分の無力感と限界に直面することになった。いろんな事例を聴くなかで見えてきたのはどれも差別。人権無視。女性差別。そして、ジェンダーバイアスのかかった世間だった。解決策はわからない。微力ではあるし、おこがましいけれど、もう少しの間、苦境にある人たち、性暴力で苦しむ人たちの力になればと思っている。あとずさりしながらでも少しずつ前に進もうと思っている。 (泰)
…… 中 略 ……
♬こんな本いかが?
「女ことばってなんなのかしら?」性別の美学の日本語 平野卿子著 河出新書
女ことばには制約が多く、悪態がつけない。命令できない。漢字の女は部首であり媚・嫉妬・怒・奴隷など芳しくないものばかり。女男でなく男女、少女に対し少男でなく少年と表現するなど日本語には性差別が散りばめられている。「言葉」より問題なのは、断定せず相手に配慮して遠回しな言い回しをするなど、女らしさという刷り込みの規範から自由になれないこと。漢字は今更変えられないし、女ことばを使うこともアリ。でも、言葉の中の差別を意識して女男など順番や言い方を変えていけるところは変えていきたい。さらに大切なのは、女は可愛く自己主張せず、男は強くリーダーシップを取るといった思い込みから解放され、女らしい言い回しを止め自らの意思をはっきり伝えること、と著者。女脳、男脳など生まれつき脳が違うとの説もあったが、脳科学が進歩した今、人の脳は女性的特徴と男性的特徴から成る唯一無二のモザイクであり、中間的なことが多いこと。日本と西洋との比較、日本では明治の「民法」によって家制度ができるまで女性はもっと自由だった歴史などジェンダーだけでなく人間関係について考察されていて面白い。まだまだジェンダーバイアスに囚われている自身に気づかされる。
≪編集後記≫
今年元日に起きた能登半島地震への政府の対応はかつてなく初動が遅れ、酷いものです。過去の災害と比較すれば、自衛隊の数も政府関係者の現地入りも遅く少なく、指令系統が機能していないので、道路の補修も遅れ人もモノも入れない。なのにマスコミは政府の言い訳を流すだけで、「今回は特別な地理条件で仕方がない」」と思わされ、かなりの被災地が水もトイレも無い酷い状況に置かれたままです。これが先進国でしょうか? さらに、発災数日後、「与野党6党は党首会議で所属国会議員による能登半島地震の被災地視察を当面自粛することを申し合わせた」との報道にも呆れました。パフォーマンスのような被災地入りは論外ですが、現地を見ずして能動的に動けるでしょうか。申し合わせ直前に現地入りした山本太郎議員は「何で被災地に行くのか」と猛烈にバッシングされましたが、彼は災害の度、被災地支援を自己完結型でしているボランティア団体と相談し共に被災地に入り、被災者の声を聴き、必要な施策への提言を政府や国会に届けています。被災者を思い命がけで活動している人を座しているだけの人が足を引っ張るなど被災者だけでなく社会全体としてもマイナスにしかなりません。批判すべきは災害に対する総合的対応ができていない政府や石川県知事、戦後まもなくと変わらない人権無視の避難所や支援の無い支援者など現状に至る政治の在り方、批判しないマスコミと無関心な市民です。
垂れ流されるマスコミの情報も、自身で調べ、何が問題か考え、声を上げたいと思います。
(きくこ)
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