陽春、どこへ―ウクライナ、ガザに思う
- 2024年 4月 2日
- 時代をみる
- ウクライナガザ田畑光永
陽春である。なんと心地よい響きの言葉だろうか、と思う。正確に言えば、と思っていた。しかし、一昨年の2月、ロシアのウクライナ侵攻以来、世の中にこんな不条理が発生するのだ、という事実に驚かされて、春の暖かさにもどこか、誰かの一存で吹き飛ばされてしまうのではないか、という不安が付きまとうようになってしまった。
我々の世代(私は今、88歳)には、戦争とは、昔から国あるいは民族ののっぴきならない対立の結果として起こるものだという既成観念があった。そして20世紀後半においては、それは社会体制間の対立に起因するものということになり、階級社会が存続するかぎりなくならない、したがって階級のない社会を実現することこそが、戦争を防ぐ道だ、と教えられたものであった。
しかし、2年前に始まったロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻は、国・民族の対立でもなければ、両国の体制間の争いでもない。プーチンは侵攻の理由として、ウクライナの東部4州におけるロシア人の境遇がどうのとか言っていたが、それならそれでとことん外交で努力するべきであって、いきなり遠く離れたウクライナの首都・キーウにミサイルを撃ち込み、戦闘部隊を送り込む必要はなかったはずだ。
実際に起ったことは、プーチンという個人の功名心による蛮行である。まさにピョートル大帝の再来として崇められることが目的としか見えない。
半年前に始まったイスラエルによるガザ攻撃にも似たような感がある。今回の事の起こりは昨年10月初め、ガザにおけるパレスチナの戦闘組織・ハマスからのイスラエル側へのミサイル攻撃であったが、それに報復するイスラエルからのガザに対する執拗かつ大規模な攻撃は、すでに死者が3万人をこえたという常軌を逸するものである。
対立は対立として、それを激化させるのでなく、安定した停戦を実現する方向へ努力するという態度はイスラエル側には全く見られない。この機会にハマスを徹底的に潰滅して、再起不能にまで叩きのめす、というイスラエルのネタニヤフ首相の意思が感じられる。同首相は今、ガザの地に平和と安全を回復することを強く拒み、可能なかぎり多量のパレスチナ人を殺戮することで、世界がそれをなんと非難しようと、21世紀におけるユダヤ人の「救世主」という勲章を自らに纏おうとしているようにしか見えない。
どうしてこれほどまでに敵愾心を燃やすのだろうか。この2つの戦争はいずれもプーチン大統領、あるいはネタニヤフ首相(イスラエル)の個人の戦争だからだ、と私は考える。戦争となれば最小限に見積もっても、敵味方の双方にかなりの人的物的損害をもたらす。それを決行するか否か、もし一般国民の代表で構成する議会に諮る、決定をゆだねないまでも、その意図を通知して、了解を求めて開戦するとなれば、なんとか味方の損害を小さくして所期の目的を達したいと考えるはずだ。たとえ勝利したとしても、損害が大きければ、決定者はその責任を感じないわけにはいかないのであるから。
これが独裁国家の場合は話が逆になる。勿論、戦争に負けるわけにはいかないが、勝ちさえすれば自らの権力で損害に対する国民の不満をどこまでつぐない、どこまで抑えつけるか、自らの裁量で決めることができる。勝利を国民の勝利とおだてて、その歓呼の中に犠牲者の声を埋めてしまうというのが、独裁者の常套手段である。
この現状を終わらせる方法はあるのか。もっとも効果的なのは自国民が独裁者の戦争を支持していないことを内外に明らかにすることだが、今のところそうなる気配は感じられない。とすれば、「戦争」を見つめる他国民の心情を当事国の国民に伝え、彼らが自国の戦争に反対するように促すしかない。
そんな分かりきったことを今さら・・・と言われるかもしれないが、このまま独裁者が不法な戦争を続けるのを許していれば、その真似をする人間が必ず出てくる。国連の、とくに安保理事会が機能不全に陥っている現状では、そうなればあれよあれよという間に地球上に戦火が広がるのではないか。そんな恐怖を現実に感じるのは、かつての大戦を多少なりとも身体で覚えているわれわれ飛び切りの老人だけなのであろうか。
以上の原稿を送ったあと、テルアビブで3月30日、強硬姿勢をくずさないネタニヤフ首相の退陣を求める数千人のデモがあったことを知った。警察と衝突するなどして、16人が逮捕されたという。こういうニュースを待っていた。この人たちに、内外の支援が集まりますように。
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