エリート対民衆の対立図式がイスラエルにも波及。史上最大45万人デモの原因は
- 2011年 9月 4日
- 時代をみる
- イスラエルデモエリート対民衆浅川 修史
アラブの民衆革命がイスラエルに波及? そんな光景だった。9月3日、人口750万人のイスラエルで、45万人が参加するデモが行われた。イスラエル史上最大のデモである。デモ隊は「社会的公平と経済改革」を求めた。現地の有力紙「ハアレツ」紙が報じた。アサヒ・コムも「ハアレツ」紙の記事をベースに報道している。「イスラエルのデモは7月、アラブの民衆デモに影響されたテルアビブの若者たちが、住宅費の高騰に抗議する運動を始めたのがきっかけ。各都市にデモ隊のテント村が設置され、ユダヤ教の安息日が明ける毎週土曜日夜に集会が開かれている」(アサヒ・コム)。
エリート対民衆。この対立構図がアラブ世界だけではなく、イスラエルに波及したことに驚く。
イスラエルで45万人が行進、社会的公平を求めて。「ハアレツ」紙報道
http://www.haaretz.com/news/national/some-450-000-israelis-march-at-massive-march-of-the-million-rallies-across-country-1.382366
アサヒ・コム 「イスラエル全土でデモ、45万人参加 生活費高騰に抗議」
http://www.asahi.com/international/update/0904/TKY201109040188.html
デモの原因として、家賃、食料など生活費の上昇が指摘されているが、1980年代のイスラエルの破局的インフレ=通貨価値の下落に比べると最近のインフレ率は低い。
イスラエルのインフレ率の推移
http://ecodb.net/country/IL/imf_inflation.htm
1984年のインフレ率は474%という破局的なものだった。通貨シェケルは暴落した。この当時、イスラエル国民はドル建て(外貨建て)預金を持つことを禁止されていたので、多くの国民が財産(預金)を実質的に失う結果になった。
この当時に比べて、2011年のインフレ率は3%以下の予想である。イスラエルの経済統計は日本ほど信頼できないが、トレンドは十分つかむことができる。
1980年代のイスラエル国民は経済的な破局に耐えた。今の日本の東北の被災者のような英雄的態度を示した。
現在のイスラエル国民は国民の約6%が参加する大規模なデモを行う。理由はいろいろあるだろう。筆者はイスラエル社会の一体感の衰弱が主要な原因ではないか、と推測する。
イスラエルは多様なマトリックスの国民で構成される。ユダヤ教のセクト、宗教的か世俗的か、出身地の違い、などなど。アラブ系イスラエル人(宗教はイスラム教か、キリスト教)も多い。
以前、死海のそばにあるイスラエルの化学工場を訪問したことがある。工場長はドイツ出身のユダヤ人。「イスラエル人は時間にルーズだが、ドイツ出身のわたしは違う」と胸を張った。たしかにアメリカ出身のユダヤ人はアメリカ人のたたずまいがあり、ロシア出身のユダヤ人はロシア人の雰囲気がある。その工場の従業員は数百人程度だが、工場長は、「世界100か国の出身者が働いている」と驚くべき数字を語った。
多様な国民を抱えるイスラエルだが、一体感があった。シオニズムの理想、周辺国との緊張、孤立感、学校の教育、そして女性まで徴兵される軍隊が、求心力になった。
金持ちのイスラエル人もいたが、ほとんどの国民が質素な生活をしていた。
ところが、1980年代の経済的破局以降、1990年ころから、イスラエルは経済の自由化を進めた。かつて社会主義的、協同組合主義的経済を採用していたイスラエルにとって、180度の転換である。当時のレーガン、サッチャー主義の影響も強かった。
その結果、イスラエル経済は成長し、繁栄した。2010年にはOECDに加盟、立派な先進国経済の仲間入りを果たす。一人当たりGDPも約2万7000ドルとなり、サウジアラビアより高い。米国のナスダック市場には多くのイスラエル企業が上場している。
イスラエル経済についての有価証券報告書
http://tokyoeoi.sakura.ne.jp/yukashoken2011.PDF
だが、反面では貧富の差が拡大し、不動産価格が高騰による弊害も目立つ。
豊かになったイスラエルで、国民の一体感が喪失して、恵まれない民衆の不満が爆発することになった。
イスラエルのネタニヤフ首相は新自由主義的な考えを持っているが、大規模なデモに直面し、かつてのイスラエルのような社会主義的、協同組合主義的な経済政策を、部分的にせよ採用するのではないかという見方が広まっている。
「100万人デモのあとに何が」 ハアレツ紙
http://www.haaretz.com/print-edition/news/what-s-next-for-israel-after-the-march-of-the-million-1.382406
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1585:110904〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。