市場経済の現状を放置しておいてよいのか
- 2011年 9月 5日
- スタディルーム
- 市場経済社会的貢献度藤﨑 清評価
近代経済学の父と言われるアダム・スミスはその著書「国富論」の中で、「各個人が自分自身の利益を追求すれば、見えざる手に導かれて、社会の利益を増進しようと真に意図する場合よりももっと有効に社会の利益を増進することもしばしばあるのである。(「玉野井芳郎・田添京二・大河内暁男訳『国富論』中央公論社」より)」と述べている。これを素直に読めば、「社会的利益を増進するには社会的な機構を活用して行うのが本来の姿であるが、個人の欲求に任せておいた方がより効果的な場合も往々にしてある。」ということになろう。しかし、上記の「見えざる手」は「神の見えざる手」として伝えられることが多く、この言葉から受ける印象の影響もあってか、市場経済は、公的機関による一定程度の補完的措置を要するものの通常は個人の自由に任せておけば、価格を媒介として資源の適正な配分が巧妙に行われて社会を発展させる優れたシステムであるとして、本来備わっている能力を超えた評価を受けているようである。その過大評価部分はさておき、本来の能力に属する部分にも本質的かつ重大な欠陥があると私は考えている。それは、スミスのいう市場経済による社会の利益の増進が必ずしも真の意味での経済的利益の増進を伴うものではないことに由来する。
「経済」には「物資の生産・流通・交換・分配とその消費・蓄積の全過程、およびその中で営まれる社会的諸関係の総体(大辞林より)」という意味があり、「経済学とは、この世において有限な資源から、いかに価値を生産し分配していくかを研究する学問である(Wikipedia「経済学」の項目より)」とされている。従って、経済学が指向する経済活動は社会全体の経済的価値を増加させるような活動であるべきである。しかし、「経済」には、「金銭の出入りに関すること(大辞林より)」という意味もあるから、経済活動は事業利益の増加を図る活動であるとも解し得る。
市場経済では市場に参加する各事業がそれぞれに利益の増大を図ることになる。それ故、事業の利益の増大が社会全体の経済的価値の増大に直結するのであれば、市場経済は現状のままでも社会は経済的に発展する。しかし、事業の中には、例えば為替相場の変動を利用して利益を得る事業のように、利益は得ても社会全体の経済的価値を増やすことはないものがある。そして、事業が社会の経済的価値を増やすことなしに収益を上げられるのは、結局は他から富を奪っているということになろう。このような事業は、GDPの総額を増加させるものではあるが、実質的には資源(人的資源を含む。)を浪費して経済を縮小させることになる。現在の市場経済の問題点は、こういう虚業の収入の総額が市場経済に参加する全事業のそれに占める割合が、近時著しく増加していることである(本サイト「スタディルーム」2007年11月28日掲載の「経済学原理論と商品市場・投機マネー〈成畑哲也氏〉」に「21世紀に入っての大きな特徴は、投機マネーが、貨幣市場・資本市場を超えて商品市場に流入し、そこで投機的な価格の騰貴をもたらしていることであろう。」との記述がある。)。こうした市場経済の現状を放置しておけば、資源は浪費され貧困問題や地球環境問題への対応は手遅れとなって人類滅亡へと追い込まれるおそれがある。
市場経済の現状は可及的速やかに改められなければならない。
では、どのようにして改めればよいのであろうか。
事業が収益を上げることが経済の発展につながるとする経済上の通念を改め、事業の社会的な貢献度を評価して、その貢献度が低い事業には課税をして市場への参加を抑制するなどの措置を講ずるべきである、と私は考えている。
これを実現するには、事業の社会的貢献度をどのように評価して誰が判定するのかという問題に対する実現可能な、かつ、納税者が納得できるような案を示す必要がある。
事業の社会的貢献度を評価するにはまず費用便益分析の現行算定法を改正しなければならない。費用便益分析は公的事業の経済評価手法であるから市場経済とは無関係ではないか、と疑問視される向きがあるかも知れない。現状ではそのとおりである。しかしそれは、費用便益分析の現行算定法が、営利事業の評価手法である収支分析(私的費用便益分析)を基にしてこれを公的事業に適用できる算定法に組み替えた際の不手際から、財務評価にのみ適用されるべき論理に基づく算定方式を一部残存させているため、真の意味での経済評価(社会に対する経済的貢献度の評価)を行うものとなっていない、ということから生じた誤りである。(費用便益分析の現行算定法が有する問題点と改善の方向については、本サイト「スタディルーム」8月17日掲載の「お金が支配する世の中」において述べている。)この算定法を真の経済評価ができるよう改めることによって初めて費用便益分析はすべての事業についてその社会的貢献度を評価できるものとなる。
評価のための作業はそれぞれの事業当事者が行うのが適当である。ただし、社会的貢献度が低いとみずから認めて課税されるための作業をする事業者はあり得ないから、当初は社会的貢献度が明らかに高いと認められる事業を除く全事業を課税対象とすべきであろう。とは言え、事業者がその作業をするのは現状では困難である。まず、政府等が従来費用便益分析を行う際に推定してきた社会的便益の算定基準を基に全事業を対象とした基準を作成するとともに、コンサルタント等を養成して事業者の委託に応えられるような体制が整備される必要がある。さらに、社会的貢献度が高い事業に対しては必要に応じ助成等の措置を講ずる必要もあろう。
欧州には経済的利益のみならず、環境、社会、倫理的側面をも重視して活動する金融機関(ソーシャル・バンク)が存在し、一定の規模や利益を確保している場合が多い。わが国でも、一部の信用金庫や労働金庫等がNPO向け融資に取り組んでいるほか、環境への影響を商品性に組み込んだ預金や融資商品も提供されており、経済的利益以外の価値を取り入れていこうとする金融機関も現れている。こういう銀行が機能するには、預金金利などの財務的リターンだけでなく、預けたお金がどのように使われているかについて、社会や環境、倫理的な側面からも関心を持つ人々が存在することが必要である。(この段落は、信金中央金庫総合研究所金融調査情報、19-11(2008.3.12)から引用した。)
上掲のことから分かるように、ある程度の出費は伴うとしても社会的貢献度が高い事業を支援するという人は増えてきているようである。事業の社会的貢献度を評価するための上記作業やそれに基づく措置はその傾向を加速させる。これを更に進めて、社会的貢献度の高い事業を支援することによって社会をよりよい方向に導くよう皆で協力するという一大社会運動が起こることを期待したい。
評価結果を基に最終的な判定を行うのは税務当局をはじめとする政府ということになると思われるが、納税者や中立的立場にある第三者の意見が十分尊重されるような仕組みを整えた上で行われる必要がある。
なお、全営利事業を対象にした評価が可能となるまでには多くの課題があり、長年月を要するものと予想される。まずは、投機により巨利を得ている事業に対して実施するのが現実的な対処法であろう。
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study414:110905〕
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