こんなときに「東アジアの平和構築への提言」学習会とは?
- 2024年 5月 28日
- 評論・紹介・意見
- 共産党政治資金規制法赤旗日曜版阿部治平
――八ヶ岳山麓から(470)――
「政治資金規制法」をめぐる与野党間のやりとりが熾烈になって、自民党はいよいよ追い詰められた。共産党の「赤旗日曜版」(5月19日付)と一緒に配られた後援会ニュースによると23日(木)に緊急の学習会をzoomでやるという。わたしはてっきり「共産党もいよいよ政治資金規制法の宣伝活動をやるのだ」と思った。
だがよく見ると、テーマは「東アジアでの平和構築の提言(ママ)」で、講師は党中央国際局員井上歩氏だという。ビラには志位和夫議長の4月17日の講演「東アジアの平和構築への提言――ASEANと協力して」のコピーがあったので、国際局員井上氏が志位氏の講演内容を解説するものだとわかった。ASEANとは東南アジア諸国連合である。
日本の政治が変わるかもしれないこの時期に、「平和構築の提言」の学習会か? 志位氏の講演はそんなに重要なものか。講演全文は1万数千字に及ぶ長いものだが、念のため読み直してみた。
志位講演の内容
「東アジアの平和構築への提言」は三つあり、第1はASEANとの連帯、第2は、中国・北朝鮮を含めた東北アジア問題、第3は、ガザ・ウクライナ危機をめぐるものである。ここでは、志位氏が高く評価する「ASEANとの連帯」の部分についてだけ書く。
志位氏は、ASEANが半世紀前には「分断と敵対」が支配していた地域を「平和と協力」の地域へと劇的に変化させてきたとして、「ASEANと協力して東アジア規模での平和の地域協力の枠組みを発展させる」という。
氏は、ASEANの「成功の秘訣」は、 (1)“対話の習慣”、(2)「ASEANの中心性」の堅持、(3)平和構築と経済協力、社会・文化協力の一体のとりくみ、(4)平和の地域協力の流れをASEAN域外に拡大してきたこと――などとし、さらにASEANが核兵器廃絶にむけても先駆的な役割を果たしてきたことを強調している。
また、ASEANの最新到達点が「ASEANインド太平洋構想」(AOIP)だと指摘し、これをふまえて、日本共産党は2022年1月に東アジアに平和をつくる「外交ビジョン」を提唱し、その実現にむけ内外で力を尽くしてきたと語った。
注)AOIPは、2019年6月に発表された。内政不干渉、開放性、包摂性、国際法の尊重、競争よりも対話の重視、海洋協力・連結性強化・持続可能な開発目標(SDGs)・そのほかの経済協力の推進をうたい、ASEAN主導の枠組みでの協力推進を掲げた。
志位氏は国会質問で岸田文雄首相が「AOIPを強く支持する」と答弁したことをあげ、「AOIPを強く支持する」というならば、経済協力などの協力だけでなく、本腰を入れて実践すべきだと主張した。
中国を忘れた議論
だが、AOIPをこんなに持ち上げてよいものか。AOIPは、日本だけでなく、すでに中国、アメリカ、その他の多くの国家の支持を得ているものであり、共産党がこれをどんなに高く評価しても、新発見にも独創的見解にもなりえない。
志位講演のASEAN論にすっぽり落ちているのは中国の存在である。ASEAN最大の域外貿易相手国は、2009年を境に日本から中国に変わった。2022年に中国がASEANの域外貿易に占めるシェアは、圧倒的な高さに達している。
域外輸出に中国が占める割合は、ラオス27.3%、インドネシア22.6%、ミャンマー21.6%などで、他は10%台。輸入では、カンボジア34.4%、ベトナム33.0%、ミャンマー32.1%、インドネシア28.5%である(石川幸一論文 「東亜」2024・04)。
米中対立が激しくなるなか、ASEANの中立傾向を志位氏はプラスに評価しているが、それはASEAN諸国が中国ばかりか、アメリカとの関係も重視しなくてはならないからである。ASEAN全体の輸出相手国は中国が最大だが、アメリカがそれに次ぐ。たとえばカンボジアやベトナムは輸入では中国が最大、輸出ではアメリカが最大である。
また中立政策は、中国が力づくで現状変更をしようとする南シナ海の領土・領海問題に手も口も出さないことでもある。中国進出をめぐっては、ベトナム・フィリピン・マレーシアなどの紛争当事国とラオス・カンボジア・インドネシア・タイなどとでは、中国の脅威に対する認識に温度差がある。いま激しい攻防の中にあるのはフィリピンだけで、ベトナムはすっかり矛を収めてしまった。 マレーシアは、中国から遠いので紛争は少なく、中国が経済的に重要なパートナーだから、南シナ海問題では対立を極力避けている。
ASEAN諸国は「一帯一路」に参加して中国のインフラ資金の提供に期待したのだが、それは初めから透明性が希薄であることが危惧され、いま過大な債務問題が批判されている。たとえば2021年12月に中国ラオス鉄道が完成したが、ラオスはこれによってGDPの65%という対中国債務を負うことになった。
ASEANはEUに次ぐ国際的連合であるが、ASEAN諸国は各国各様であり、国家主権の一部を譲渡し合うEUのようなレベルにはない。これを志位氏はまるで強固な国家連合のように考えている。
もしや、個人崇拝か
かりに志位氏のASEAN認識が100%正しいとしても、きのうもきょうも、日本の政界では、裏金問題に端を発した政治資金規制法をめぐる激しい攻防が展開されている。そのさなかに「東アジアの平和構築への提言――ASEANと協力して」というテーマで緊急に学習会をやる必要がどこにあるのか。むしろ、政治資金規制法と国政選挙に向けた野党協力についての学習会ではないか。
この数年、機関紙赤旗には志位氏の発言、講演がしばしば大きく取り上げられる。共産党には志位氏のほか理論家がいないかのようだ。これでは党内での志位氏の権威は高まる一方。このため党内に志位氏に追従する雰囲気が形成され、長野県の共産党も志位氏の講演を学習することが至上の課題だと思ったのかもしれない。
この政治情勢の中で、党中央が長野県委員会に「今は、政治資金規制法だ」と指示し、国際局員の井上氏の講演を止めなかったのは、党中央も情勢に機敏に対応する力を失っていることを示しているのではなかろうか。共産党は、こんなことをやっていては党勢拡大は無理だろう。 (2024・05・25)
初出:「リベラル21」2024.5.28より許可を得て転載
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