青山森人の東チモールだより…指導者は自らのプチブルジョワ根性に抗え
- 2024年 6月 24日
- 評論・紹介・意見
- 東チモール青山森人
さらさらした季節を迎える
5月下旬、コルメラ地方に大雨が発生し、500棟以上の住民が避難する事態になりましたが、東チモールはおおむね雨の日がめっきり少なくなり、じめじめ感のない湿気の低いさらさらした天候にいま恵まれています。湿気が低いおかげで過ごしやすく、何よりもよく眠れるのは健康に良いいことです。季節はすでに乾季に入ったといってもよいでしょう。
一年を通じて、明け方つまり朝5~6時ごろになるとわたしの部屋の温度はだいたい24℃台にまで下がりますが、湿気が高い雨季では明け方でも快適さを感じません。しかし湿気が低い乾季となると明け方はとりわけ快適です。それどころか油断をすると風邪をひいてしまうほどの涼しさを感じます。6月に入ると明け方に21~22℃まで気温が下がることもあり、青森の人間とはいえこちらの気候に慣れてしまった身にとってはこの気温は低く、寝冷えに要注意です。ともかくいまの季節、明け方は涼しいので心地よく眠れて、朝起きるのに苦労します。
東チモールは南半球に位置するので、夏に向かっている日本とは逆に〝冬〟に向かっています。緯度一桁の東チモールとはいえ、日中時間が短くなっています。〝夏〟ならば朝6時になれば明るくなるのですが、いまは6時15~30分にならないとだめです。約23.4度の地軸の傾きが東チモールの季節づくりに微妙に影響しています。
中緯度に位置する国・地域に住む人びとよりは大きな季節の変化のなかで暮らします。一方、例えば赤道近くの東チモールの人びとは微かな季節の変化のなかで暮らしています。微妙な変化を感じとる繊細さにかんしては北国の人びとではなく南国の人びとにわたしは軍配をあげます。
「国民は病気になれば死ぬのを待つだけ」
季節はすごしやすい季節になっていますが、庶民の生活は苦しくなっています。物価の上昇、とくに米の値段上昇は日常生活を直撃します。「直撃」といえば医療と教育が深刻です。この二つの分野の行政の劣悪ぶりが連日のように報じられています。
教育について「東チモールだより 第511号」で、医療については「「東チモールだより 第515号」でその概要を書きましたが、現在にいたるまでこれらの問題は解決されないままとなっています。新聞『東チモールの声』(2024年6月14日)に、医療の現状が悲惨さを帯びてきたことにたいして嘆きを通り越した怒りの論説が載りました。要約すると次のようになります。
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保健分野は麻痺か?
保健分野の問題が話題になっている。さまざま問題が沸き上がり解決が見られないからだ。医薬品不足の問題は昔からあったが、現政権が大金を使っても解決できないでいる。
現政権である第九次立憲政府が立ち上がってから1年たったが、国立病院や診療所での医薬品不足の問題は解決されていない。現政権は600万ドルを使ったが医薬品は不足したままだ。600万ドルも費やして医薬品不足を解消できないというのは、保健省にその気が無いことを示している。あるいは汚職かもしれない。行政の失敗なのか、汚職なのか、調査して結論を出すことが必要だ!
医薬品不足の他に、救急車の問題も急浮上した。救急車がないので妊婦が人びとに担がれて診療所に搬送されたのだ。このことが起こる前に、妊婦が診療所の扉の前で出産したことが起こった。助産師はいなかったし、そもそもその診療所は放置されている状態だった。
これらこのことから、三つのことがいえる。薬はない、救急車もない、医療従事者もいない。これは保健省内部の問題を示している。
管理行政の不調は従事者の能力に関係することだ。保健省の行政トップの管理行政の能力が無いとなれば、国民は病気になれば死ぬのを待つだけだ。管理行政の無能さは、国民をゆっくりと間接的に殺すことになる。独立して24年(22年の間違い――青山)たっても医療分野がこのような状態なのかと国民は嘆いている。したがって多くの人びとは首相にエリア=アマラル保健相の能力の評価を行うことを求めている。第九次立憲政府が保健分野の問題を放置すれば、国民は生活の希望と政府への信頼を失うであろう。
独立して24年(22年の間違い――青山)たったのに、保健分野は問題だらけだ、とくに医薬品と救急車にかんして。病院は患者にたいし(薬がないので――青山)ジュースを探す。ビケケ地方オス行政区のリアルカ村で起こったこと、つまり救急車がないから妊婦を住民が担いで診療所まで搬送したという現実を見よ。
政府が医療分野の行政見直しをする時が来た。このままにして医療分野を麻痺させてはならない。
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医療行政の「無能さ」によって、「国民は病気になれば死ぬのを待つだけ」、「国民をゆっくりと間接的に殺すこと」、などのように国民が殺されて死んでいくという表現しているところに、わたしはこの論説を書いた人の怒りを感じましたし、それは正当な怒りであると思います。
医療行政の不備にたいする非難にたいして、医薬品は搬入された、薬の在庫はある、病院の医療サービスは正常に向かっているなどなど、病院側や政府側からの反論がしばしば報じられることもあります。しかし非難は弱まりません。政府と仲良しのジョゼ=ラモス=オルタ大統領でさえも、医療分野で多数の誤りがあるとする非公開の報告書をシャナナ首相に提出して改善を強く求めています。国会は与野党分け隔てなく保健省のエリア=アマラル大臣と副大臣二人に国会に出席して説明するように求めています。しかしこれはいまだ実現していません。
エリア=ドス=レイス=アマラル保健相はシャナナ首相が寵愛する党員、日本流にいうならばシャナナ チルドレンの一人というところでしょうか。前政権の第八次立憲政府でも、シャナナ率いるCNRT(東チモール再建国民会議)が政権与党を担っていた一時期、この人物は保健副大臣を務めたことがありました。2019年5月、ジュネーブで開かれたWHOの会議に出席したとき、勝手に海外出張の日程を変更してバリ島を訪問したり、同省職員を独断で解任するという規則違反をしたり、もう一人の保健副大臣に自分の方が偉いのだからわたしの言うことをききなさいと言い争う会話録音がfacebookで拡散されるなど(東チモールだより 第406号)、何かと世間を騒がせる保健副大臣でした。そしてこの保健副大臣は、新型コロナウイルスの災禍がいよいよ東チモールを襲わんとする重大かつ緊迫する時期、2020年4月、情報公開の対応があまりにも酷いことからメディア・報道機関から非難の声が沸き起こり、タウル=マタン=ルアク首相(当時)によって更迭されました(東チモールだより 第414号)。去年、実権を再掌握したシャナナが第九次立憲政府でこの人物を保健相に任命したのは、タウル=マタン=ルアク前首相あるいは世間へのあてつけのように見えるのはわたしだけではないと思います。
なぜシャナナはエリア=アマラル保健相を守るのか?という疑問の声が市民団体などからあがるだけでなく、与党内部からは彼女を擁護する声はでません。シャナナ首相の〝英断〟を待っているかもしれません。上記の『東チモールの声』紙の論説がいうように、いま政府が医療分野の行政見直しをする時です。国民を死なせないために。
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保健省による大型看板。首都にて、2024年1月22日。
ⒸAoyama Morito.
両手に赤ちゃんを抱くエリア=アマラル保健相。
「お母さんが健康、子どもも健康、家族は幸せ
(中略)
わたしたちは愛情をもって奉仕します」。
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解消されない教師不足
去年末、契約教師が馘首となり再契約しない政府の方針によって、公立学校では生徒たちが授業を受けられない科目をかかえるという状態が恒常化してきました。
教える先生がいない科目の授業がうけられずに嘆く生徒の声がよくニュースで紹介されます。このような目にあっている生徒がいる学校制度とはその秩序が崩壊しているといえなくもありません。多様な授業をうけて感性を豊かにする機会を奪われている生徒が気の毒です。
5月27日、国会は深刻な教師不足の現状を打開するため、2023年に契約を切られた非正規教師の問題解決案を採決し、賛成59、反対0、棄権0、で可決されました。この票の動きから与野党が見解一致をみているといえるといえましょう。この解決案とは教師の新規募集に元契約教師たちも応募できるという内容で、教育省が契約教師の評価を行うことも義務付けています。一方、新規教師の募集第一弾を終えて選出された教師を各地方へ配属し、さらに低学年を教える800人の新教師が欲しい教育省は募集第二弾を5月下旬から開始しました。その教育省は、契約を一度切った教師との再契約は規則で禁じられているとして、国会決議案に難色を示しているのです。新人教師の募集はもちろん大切ですが、教師不足で授業科目のない教育現場の現状を鑑みれば、緊急事態であることを認識すべきで、契約教師だった先生の協力が必要です。教育省はのんびりしすぎで柔軟性がありません。
実際に何校かを視察した野党フレテリン(東チモール独立革命戦線)のマルキタ=ソアレス国会議員は6月11日、国会で次のように述べました――教材もなく、教師が不足し、生徒は学校に来ても授業のない学科がある、全国試験がまもなくある、多数の学校が教師不足だ、一か月前に新規募集して合格した教師が全国に配属されたとわたしは承知しているが、教師不足が解消されていない、新規の教師募集第二回目が実施されているが、教師不足に対応できるとは思えない(『東チモールの声』、2024年6月12日)。
さらに教育問題を取り扱う国会内の分課会の一つG委員会のアルマンド=ロペス委員長は、いかにして早急に教師不足の問題に取り組むのか、6月15日から全国試験が始まる予定だ、このままでは普通の学科試験をするのは困難だ、多数の学校が陥っている教師不足の問題に真剣に取り組むように、と教育大臣や中等教育及び技術教育長官に伝えました(同『東チモールの声』)。
今年度第二回目の全国共通の試験が6月15日から始まる予定ですが6月23日の時点でまだ始まっていません。日程が変更になったようです。6月17日はイスラム教の催事により祝日となって、15日(土)・16日(日)・17日(月)と世間は一見のどかな三連休を過ごしましたが、明日を担う子どもたちは気が気でないでしょう。あるいはまた、サッカーのユーロ2024杯が14日から始まりました。サッカーの試合に熱中する東チモール人であるからして試験どころではないかもしれませんが……(やれやれ)。
指導者は自分の問題として対処せよ
医療分野にしても教育分野にしてもわたしの目から見てかつてないほどの悲惨な状況になっていると思われます。冷ややかにいわせてもらえばこれら二つの分野に大きな共通点があります。国内の教育制度・医療サービスが劣悪でも、指導者にとって自らのその悪影響をまともに被ることにはならないという共通点です。指導者たちは子どもたちを国内のインターナショナル学校や海外の学校で学ばせる財力があり、重い病気にかかった指導者・要人は国費を使って優先的に海外の病院で治療が受けられる仕組みになっています。これでは口先で何といおうとも、指導者たちにとって死活問題とならない以上、教育・医療環境の改善に血眼で取り組めません。
特権に浴することができる者たちは、ポルトガル植民地主義が創り出したプチブルジョワという立場にあった人たちで、独立以降、その人たちは国家を運営しながら周辺の者たちに力を分配し階層を形成してきました。ポルトガル植民地支配下では特権的な人びとはポルトガル植民地行政に仕えるエリートで、地域住民にとっては支配層ではあるもののポルトガル植民地主義にとっては従属的な都合の良い装置にほかなりません。ところがこの従属的で都合の良い装置のなかから、たとえばギニアビサウとカボベルデのアミルカル=カブラルのように、ポルトガル植民地主義下で苦しむ最階層の一般庶民である農民と一体とならなければ自らを解放できないと目覚める革命的なプチブルジョワが出現し、かれらは民族解放闘争へと運動を発展させました。東チモールの場合、ポルトガル植民地主義にたいする民族解放闘争はアメリカが背後に控えるインドネシア軍による軍事支配を相手にする抵抗運動となりアフリカにおけるポルトガル植民地主義にたいする解放運動とは見た目が違いましたが、革命的なプチブルジョワが指導する古典的植民地主義に根を張る海外支配からの解放運動という面では本質は同じです。
現在、東チモールで政治実権を握り続けているのが解放闘争の指導者たち、言い換えればかつての革命的なプチブルジョワだった人たちで、ほとんどが1970年代のフレテリンに参加した人たちです。独立以降は残念ながらこの人たちの「革命的な」要素が薄れてしまい、旧式の、あるいは普通のプチブルジョワになったようです。それは人間に宿る本性に依るものなのか、または、海外からの支援が革命的なプチブルジョワを旧来の普通のプチブルジョワに戻すことにまんまと成功したのか……?このことは国と海外支援の関係を検討するときに無視できない要素です。
アミルカル=カブラルは自ら属するこのプチブルジョワが独立後にどうなるか――プチブルジョワは支配階級としての地位を維持するために海外からの支援に頼ることで民族えせブルジョワジーになるしかなく、それはつまり新植民地的状況に呼応することであり民族解放を裏切ってしまうことになる、と予言しました。これを避けるためにプチブルジョワは階級として自殺し、民衆といま一度一体化しなければならない。これがアミルカル=カブラルが導き出した結論でした.
今年はアミルカル=カブラル生誕百年にあたる年です(東チモールだより 第510号)。東チモール政府は、アミルカル=カブラルの生誕百周年記念祭を全世界に向けて発信しているカボベルデの「アミルカル=カブラル財団」に、15万ドルを献金することを閣議で決めました。カブラル生誕百周年記念祭を実行する「アミルカル=カブラル財団」にとって心強い支援となることでしょう。しかしながら東チモールの指導者にとってアミルカル=カブラルの生誕百周年記念を最大限に祝する行動とは、アミルカル=カブラルが達した結論――プチブルジョワは階級として自殺し、民衆といま一度一体化すること――これを実践することではないでしょうか、とくに東チモールの現政権を担うかつての解放闘争の指導者たちが。
最近、公共放送局・RTTL(東チモールラジオTV局)の代表であるジョゼ=ベロ君が政府の面々と打ち合わせがあるといつもより早い時間に出勤しています。何の打ち合わせをしているかというと、二か月以上先になるローマ法王訪問にかんすることです。空港にはTVカメラをどことどこに配置するかなどを綿密に打ち合わせをしているといいます。政府はこのような念の入りようを医療と教育の分野で実行してほしいものです。
青山森人の東チモールだより 第517号(2024年6月23日)より
e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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