国連総会スレブレニツァ「ジェノサイド決議」
- 2024年 8月 30日
- 評論・紹介・意見
- ジェノサイド岩田昌征
2024年5月23日、国連総会においてドイツとルアンダによって作成された決議案が採択された。それは、旧ユーゴスラヴィアのボスニア・ヘルツェゴヴィナのスレブレニツァ地域で1995年7月11日に行われたセルビア人軍によるボシニャク人(ボスニア・ムスリム人)8000人の殺害、すなわち国際法的にジェノサイド=族滅と判断された殺害を否認する事を非難する総会決議であり、同時にまた、7月11日をスレブレニツァのジェノサイド=族滅の犠牲者を想い起す国際指定日とする総会決議である。
ジェノサイド罪は、戦争犯罪を含む大量殺害罪の中で最悪最凶最汚のカテゴリーである。決議提案国のドイツとルアンダでは、スレブレニツァの犠牲者の8百倍に及ぶユダヤ人ジェノサイドが実践され、百倍に近いツチ族ジェノサイドが実行された。
そんな国々から、「セルビア人よ、お前さんは反人類的犯罪を犯したのだ。」と告発された次第だ。当然、セルビア人社会は猛反発すると思って、その総会決議1週間後のベオグラード発行の二週刊誌を比較読みしてみた。
週刊誌『ヴレ―メ』は、親北米西欧のリベラリズム系である。週刊誌『ペチャト』は、親露容中の民族主義系である。
『ヴレ―メ』(2024年5月30日、pp.26-30)は、このテーマで二つの論説を発表している。国連総会の決議内容に全く反発していない。そこには六階建てビルの高さがある巨大な広告板の写真が載せられている(p.29)。セルビア民族主義派による主張「私達はジェノサイド実践民族ではない」と大書されている。『ヴレ―メ』はこれは「理性も意味もない恥知らずのキャンペーン」だと批判している。
それに対して、『ペチャト』(2024年5月31日)は、表紙全面に「投票結果 賛成:84、反対:19、棄権:68 よろめかされた民族 国際連合にてスレブレニツァ・ジェノサイド決議採択される」と大書する。そして、この問題に関する六論説(pp.3-21)を発表している。更に、2017年6月9日の『ペチャト』に発表された「カルロス・マルテンス・ブランコ将軍とのインタビュー スレブレニツァでジェノサイドは起っていなかった」(pp.63-67 強調は岩田)を再録している。カルロス・ブランコ将軍は、国連軍事監視者として1994年8月から1996年2月までクロアチア各地に駐在したポルトガルの高級軍人である。
投票結果に『ペチャト』系の論者は大憤慨していても、敗北感をいだいていない印象を受ける。それは、棄権68国のほかに、総会会場を退席して、投票に参加しなかった諸国が22国あって、決議賛成国84に対して賛成意志不表示国の総計が109国に達しており、決議に迫力を与えていないと感じられるからだ。
2015年7月8日、イギリス国連大使がスレブレニツァ20周年に際して、同じようなジェノサイド決議案を国連安保理に提出した。その時は、ロシアの拒否権が発動されて没になった。ならば、拒否権のない総会でと言う次第で、9年後の2024年5月にイギリスにかわってドイツが前面に出て来た。
私=岩田は、北米西欧=国際市民社会がスレブレニツァ大虐殺のジェノサイド性の世界的拡散に何故これほど執拗にこだわるのか、実践理性的に説明がつかない。ポトチャリの犠牲者霊場では毎年毎年慰霊式典が開催されているし、セルビア・セルビア人もボスニア・セルビア人もそれを受け容れているし、ボシニャク人(ボスニア・ムスリム人)の復讐心がいまでも燃え盛っている訳でもない。それに、当時ボスニア・ヘルツェゴヴィナではボシニャク人、セルビア人、クロアチア人の三民族がそれぞれ武装して戦っており、加害者でもあり、被害者でもあった。重武装ナチス・ドイツ人と素手のユダヤ人市民との力関係とは質的に全く異なる。イギリスやドイツの国連外交が是が非にも取り組まねばならない重大問題であるように見えない。
ロシア・ウクライナ紛争に関するNATO戦略の中に、2015年と2024年と言う年を置いてみると、一つの仮説が浮び上る。ウクライナ以西のヨーロッパ諸民族の中でセルビア人(セルビアのセルビア人とボスニアのセルビア人)だけがロシアに自然な好意をいだいている。NATOがロシアと全面軍事対決する場合に後方の大きな障害となるだろう。事前に彼等の心を折っておく必要がある。そのために、「お前さん達は、ジェノサイド実践民族だと言う事を常日頃忘れないように、国際問題で立派な事を言う資格は当分の間無いんだ。」と自覚させる事。北米西欧市民社会軍のNATOが、かかる市民社会らしい知的な事前戦略の実践を外交部門に要請していると仮定すれば、実践理性的説明がつくかも?!
私=岩田のスレブレニツァ「ジェノサイド」に関する見解は、以下の小論に記述されている。
「映画『アイダよ、何処へ?』を観る(上)――ボスニア紛争とスレブレニツァ、(下)――スレブレニツァはアウシュヴィッツか?」、『思想運動』(2021年12月1日、2022年1月1日、小川町企画発行)。
今回の国連総会決議に関心ある方は、是非一読して欲しい。
令和6年8月28日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion13865:240830〕
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