韓国通信NO753 金 敏基さん(73)の死
- 2024年 9月 2日
- カルチャー
- 「リベラル21」小原 紘金 敏基
韓国のシンガーソングライターで、ミュージカル制作者の金敏基(キム・ミンギ)さんが7月21日に亡くなった。彼の代表作「朝露」(1972年)は朴正煕政権時代に発禁処分を受けたが、民主化運動から今日まで歌い継がれ、韓国では知らない人がいなくらい有名な曲になった。
金 敏基さん(73)の死
<「朝露」陶板作品/小原作>
歌詞は、
真珠より澄んだ朝露のように
私の心の悲しみが 粒のように結ばれたとき
朝に 丘に登り 小さな微笑みを知った
太陽は 墓地の上に 赤く昇り
真夏の 蒸すような暑さが 私の試練としても
行こう あの 荒れた曠野へ
すべての悲しみを乗り越えて 私は行く(小原 訳)
この歌詞の一体どこが問題なのか。結果的には先見の明があったのだろう。軍事政権は反政府の匂いを感じとり、禁止処分にした。悲しみを越えて試練に立ち向かう作者の切なる思いが軍事政権に苦しむ人たちの共感を呼んだ。韓国民主化運動を代表する抵抗フォークソングとして私も大好きな曲である。民主化後、今度は劇団を組織してミュージカル『地下鉄一号線』を発表して注目を浴びた。ソウルの地下鉄一号線を舞台に繰り広げられる人間模様をとおして、人間に共通する喜び、悲しみ、怒りを描き出し多くの人に感動を与えた。公演は実に4千回を越し、海外公演も大きな評価を得た。私は感動のあまり大学路にある劇場に3回も足を運んだ。
金敏基さんを思うと詩人の尹東柱を思い出す。日本に留学して治安維持法で逮捕され獄死した早逝の詩人である。代表作「序詞」はあまりにも有名で、韓国では現在も絶対的知名度を誇る国民的詩人として敬愛されている。
序詞
死ぬ日まで空を仰ぎ
一点の恥辱なきことを
葉あいにそよぐ風にも
私は心傷んだ。
星をうたう心で
生きとし生けるものをいとおしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩み行かねば。
今宵も星が風に吹き晒される。 <訳者不詳>
獄中にあって、誠実に生きることを願い、命あるものへの慈しみを歌った。祖国を奪われた民の悲しみが漂う美しい詩である。韓国では序詞をそらんじる人も多い。
詩が大好きな韓国人に驚く日本人は多い。書店の詩集のコーナーは広く、多くの人が集まる人気のコーナーだ。自費出版した個人詩集をいただいたことも再三である。
<日本人としてどう読むか>
前者「朝露」は民主化を願う詩だが、後者「序詞」には消えた祖国の独立への思いが込められている。日本は民主主義国家だ、独立国家だと思い込んでいる人には、二つの詩は自分たちと関係のない詩に映るかもしれないが、果たしてそう言えるだろうか。
彼等の民主主義への渇望と祖国喪失は現在の日本と決して無縁ではない。暴走する尹政権と自民党政権との癒着から東アジアの緊張が高まるなか、アメリカの前に韓国も日本も主権(祖国)を喪失した。平和を主張すると「容共」「反米」と批判されるのは日韓に共通する傾向である。日本では平和憲法までが崩壊寸前にある。
二人の詩は80年前、50年前の韓国の詩だが、まるで日本の現在を歌っている詩に感じられる。日本に民主主義はあるのか、独立国家なのか、あらためて問いたい。
民主主義が窒息させられ、民族(人間)の生存すら危ぶまれている。日韓の市民が手を携えて難局を乗り越えることを期待したい。
☆朝露の歌に関心のある方に李政美さんの映像をおすすめする。
Bing 動画
☆
光化門広場で開かれたローソク集会、10万人近い参加者の前で楊姫銀(ヤン・ヒウン)さんが歌う朝露もご覧ください。彼女は半世紀にわたり「朝露」を始めとして抵抗シンガーとして活躍してきた方だ。
ロウソク・デモ、150万民衆が共に歌った” 아침이슬(朝露)” | きょうは韓国語日和 (ameblo.jp) いずれも青線部分をクリックしてハイパーリンクを開けば試聴が可能。
以下は余談。
<朝露館との出合い>
栃木県益子に「朝露館」という陶板美術館がある。朝露という名前に惹かれて訪れた。今から10年ほど前のことである。金敏基の「朝露」ではなく、韓国の詩人金明植の詩集『漢拏山(ハルラサン)』から引用した朝露だった。陶芸家関谷興仁さんの多くの陶板作品を拝見したのがきっかけで、館の運営にかかわることになった。
残したい言葉・文章を陶板に刻んだ陶芸家の執念の作品群に圧倒された。花岡事件の犠牲者の名前、アウシュヴィッツの記録「ショア」などの作品は居ながらにして貴重な文献に触れことができる。見学をおすすめしたい。 詳しくはホーム・ページhttp://www.chorogan.org/をご覧ください。
初出:「リベラル21」2024.09.02より許可を得て転載
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