日本の高齢者介護制度に何を期待したか ――八ヶ岳山麓から(483)
- 2024年 9月 3日
- 評論・紹介・意見
- 「リベラル21」阿部治平高齢者介護制度
不思議な論評が中国人民日報国際版の環球時報(2024・08・21)に載った。
表題は「老人介護の難題を日本は24年で解決した」というもので、日本の高齢者介護制度を紹介したものである。不思議だったのは、環球時報が資本主義日本の社会保障制度を伝えることはまずなかったこと、しかも内容が中立的客観的で、率直に伝えていることである。
筆者は師艶栄氏、天津社会科学院アジア太平洋協力研究所と開発研究所の準研究員である。以下、師艶栄氏の論評を要約して紹介したい。
高齢者介護の社会化
日本は2005年に、すでに超高齢社会(65歳以上の高齢者が総人口の20%を超える社会)に突入した。2023年9月時点で高齢化率は29.1%に達し、世界で最も高齢化が進んだ国になった。この間、独居老人が増え、身体の衰弱、寝たきり、認知症など介護が必要な高齢者が急増している。こため、日本政府は介護保険制度を導入し、家族の介護の負担を軽減させ、介護の責任の社会化を推進している。
介護制度については
1997年「介護保険法」が成立した。これは40歳以上の国民全員加入の強制的な社会保険である。65歳以上の高齢者は、必要と認められれば、誰でも介護サービスを受けられる。40歳から64歳の人は、脳卒中や認知症など15種類の病気にかかっている場合に、介護サービスを申請できる。
介護保険料をきちんと支払っていれば、必要な介護サービスを申請することができる。その費用の大部分は保険から支払われ、利用者は10%から30%程度の費用負担で済むことになっている。介護保険は、年金と医療保険とともに、日本の高齢化問題に対処するための3つの重要な社会保険制度となっている。
介護保険法の実施状況
2000年4月以来の24年間の長期介護保険制度運用の特徴は、主に以下の4点である。
第一に、日本政府の主導的役割。その財源は、加入者が支払う保険料が50%で、残りの50%は中央政府が25%、都道府県と市町村がそれぞれ12.5%を負担する。市町村などの地方自治体は運営の責任を担っており、介護サービスを提供する事業所の資格審査や監督などを行っている。
第二に、日本は、家庭に代わって高齢者に介護サービスを提供する介護サービス事業所を数多く整備し、長期介護保険制度の重要な支えとしている。さらに、(公立のほか)民間企業など営利法人も介護サービスの提供に参入し、非営利法人とともに介護サービス市場を形成している。
第三に、介護サービスの種類が多様化している。介護サービスの申請は、要支援と要介護に区分される。要支援は介護状態にならないための予防的なサービスである。要介護は、サービス給付の対象となり、施設サービスと住宅サービスが提供される。前者は、特別養護老人ホームなどに入所してサービスを受けるものであり、後者は、訪問介護であり、随時対応型、夜間対応型や認知症対応型などの自宅でサービスを受ける。
第四に、地域を基盤とした医療、介護、予防、住居、生活支援などが一体となった地域包括ケアシステムの構築が進められている。このシステムは、介護予防を重視しつつ、医療と介護の連携を強化し、高齢者が自宅で医療と介護サービスを受けられるようにすることを目指している。
その問題点は?
過去24年間、日本の介護保険制度は、高齢者介護に大きく貢献し、介護の責任が社会全体で担われるようになった。しかし、少子高齢化が進むにつれて、労働力不足が深刻化し、介護職員の不足により、高齢者虐待や「老老介護」による悲惨な事件も生まれている。
特に、差し迫った問題として「2025年問題」がある。2025年には、「団塊の世代(1947~49年出生の者)」約800万人が75歳以上の後期高齢者となり、介護の需要が急増することが予想され、介護問題は日本政府にとってさらに深刻な課題となる。
師艶栄論評の背後にあるものーー中国の高齢者介護
なぜ師艶栄氏は、資本主義日本の介護制度について、このように冷静で客観的な記述をしたのだろうか。また環球時報はなぜこれを掲載したのだろうか。私はこの背景に、中国社会が直面している高齢者介護の深刻な問題があると思う。
中国のGDPは、世界第2位となり、1人当たりの名目GDPは1万ドルを超えたとはいえ、2022年の統計では、180ヶ国あまりの70位にとどまり、大多数の国民からすれば、貧乏なうちに年をとった「未富先老」状況である。
中国の2020年現在の年齢構成は、1990年前後の日本に近い。1980年から2020年にかけて、高齢者人口の割合は6.9%から17.8%に上昇した。年少者人口と高齢者人口の割合も日本の1990年の水準になったのである。
中国社会では、基本的に高齢者の介護は家族が負担するものとなっている。そもそも憲法第 49 条第 3 項に、「成年の子は父母を扶養・扶助する義務を負う」と規定され、加えて中国社会には両親の介護は家族の負担が当然とする儒教的考えが強い。ところが、1979年から2014年まで35年間「独身子女政策(一人っ子政策)」を推進してきた中国では、子供1人が両親、場合によっては祖父母4人の面倒を見なければならない。
都市では夫婦共働きがほとんどのため、高齢者の介護は農村からの出稼ぎ女性「保母」を雇う場合が一般的である。わたしの知る限り、「保母」は、特別の訓練を受けないまま介護にあたっており、さまざまなトラブルが生まれている。
農村は高齢者の介護問題が都市よりも深刻だと感じる。中国は都市農村の二重戸籍問題をいまだ解決しておらず、その収入格差は数倍に及んでいる。このため農民は出稼ぎをせざるを得ず、事実上の高齢化が都市よりも急速に進み、子供が育ったのちの高齢者だけの世帯、いうところの「空巣世帯」が年と共に増加している。
師艶栄論評の意図するところ
こうしてみると、師艶栄氏の論評が、冷静に日本の高齢者介護制度を紹介しているわけがわかる。師艶栄氏は、中国の高齢者介護の抜本的対策が緊急に必要だ、対策を打つなら日本がモデルになるかもしれないと訴えたのである。いや、師艶栄氏だけでなく、そもそも環球時報編集部が速やかな高齢者介護問題の対策を中国共産党中央に促しているのかもしれないと私は思う。そうでなかったら中国共産党準機関紙が資本主義日本の社会保障制度を肯定的に伝えるはずがないからである。
(2024・08・31)
初出:「リベラル21」2024.09.03より許可を得て転載
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