第二次トランプ政権を考える 日本にとってのチャンス
- 2024年 11月 25日
- 評論・紹介・意見
- 「リベラル21」小川 洋第二次トランプ政権
風紀委員と悪ガキ
中世ヨーロッパの宮廷には、クラウン(clown)と呼ばれる芸人がいた。フランス語ではピエロ(pierrot)である。微妙な違いがあるようだが、今でも”class clown”(クラスのお調子者)という表現もあるように、本来、真面目であるべき空間で、わざとふざけたりおどけたりする言動によって、その場の空気を変える役割である。
教室や宮廷は基本的に厳格な礼儀・作法(プロトコル)が定められていて、一定の強い緊張が求められる。優雅さを基調とする宮廷において、クラウンは忌むべきダーティーワードを使ったり、あるいは王やその高臣をからかったりする行為が許される。よく知られているように、強すぎる緊張はパフォーマンスにマイナスに働く。スポーツ競技でもリラックスすることの大切さが指摘されている。宮廷や教室でも一時的に緊張が緩むことによって、王と家臣の関係、あるいは教員と生徒の関係が改善される効果が期待される。
ここまで考えると、トランプがクラウンであるといえることがわかる。一般的に使うことの憚られるダーティーワードを声高に叫ぶことによって、エリート臭を漂わせる民主党政権とその指導者たちの「権威」を嘲笑い、インフレを抑えられない政権に批判的な大衆の不満を発散させる役割を果たしてきた。
今回の大統領選挙は、生徒会長の選挙に風紀委員長だった女子生徒と校則違反を繰り返して教員の手を焼かせる悪ガキの二人が立候補したようなものか。女子生徒には有能な協力者もいて校則の見直しや学園祭の進め方などについてもしっかりした考えを持っているから教員たちは当選を期待していた。ところが悪ガキの周りには盛り上げ役の仲間が多くいて、多くの生徒たちが日頃感じている学校への漠然とした不満などを掬い上げて悪ガキへの投票を呼び掛けた。そして悪ガキが当選してしまった。
悪ガキが会長になった生徒会執行部がまともな仕事ができるはずもない。彼らは生徒たちの不満を救いあげただけで、投票した生徒たちも彼らの能力に期待したわけではない。生徒会は機能不全に陥って学園祭の開催も危うくなる。これは複数の公立高校で勤務した筆者自身が実際に経験したことでもある。
道化師が王様になったら
トランプは早速、閣僚級人事に着手したが、一部のメディアは、指名された閣僚たちを見て、「道化師だらけだ」と慨嘆している。彼はさっそく自らと似たような人物たちを政府の要職に就けようとしている。買春の疑いをもたれているマット・ゲーツ(Matt Gaetz)下院議員を司法省長官に、トランプを喜ばせるテレビ局として知られるFOXニュースの司会者をしていた元軍人を国防長官に、といった具合である。
しかしゲーツについては、下院倫理委員会で進められていた調査報告書が外部に流出するなどし、上院での指名承認が困難と判断した本人が辞退する騒ぎとなった。指名発表からわずか一週間ほどの間の出来事である。トランプが司法長官に期待していることは、量刑言い渡しを待つだけになっている本人の裁判とその他の犯罪捜査の打ち切り、21年1月6日の連邦議会襲撃事件で有罪判決を受け、すでに収監されている人物たちに恩赦を与える手続きを早く進めることだろう。
トランプは、最長20年以上の禁固刑を受けている襲撃犯たちを「真の愛国者」と呼び、当選の暁には彼らに恩赦を与えるとしてきた。本人の免責ともども、司法機関へのあまりにも露骨な介入であり、普通の神経では実行できるものではない。それ故に、トランプにもっとも強い忠誠心を示してきた人物を指名して強行しようとした。しかし共和党内の良識派やメディアの抵抗にあって失敗した。トランプにとっては最初の大きな躓きとなったが、政権の今後の迷走の助走に過ぎない。
道化師が間違って王様になってしまったらどうなるか。王の呆れるような仕事振りに、まともな家臣たちの士気は一気に下がる。一言でいえば混乱と衰退である。王国の活動は劣化し、場合によっては麻痺し国力は大きく削がれることになる。同盟国は距離を測りなおす必要があるし、敵対していた王国にしてみれば相対的優位を確保する良い機会となる。
国防長官には性的暴行疑惑
国防長官に指名されたピート・ヘグセス(Peter Hegseth)にも性的暴行の疑いが掛けられている。そもそも軍の仕事としては兵士として軍務に就いた経験があるだけで、最近の7年間はテレビ司会者であった。国防省という全世界に100万からの米軍とその関係者を配置する組織の長に立つのは、世界中にビジネスを展開する国際企業の一支店の係長程度の人物が突然にCEO(最高経営責任者)に就任するようなものだとする指摘もある。
選挙期間中、トランプは”enemy from within”という表現で、民主党の主要人物たち非難し、彼らを排除するためには軍も使うべきだと発言した。ソ連史を知る者にとっては、「人民の敵」という言葉を思い起こさせる、おぞましい発言である。独裁者はナルシストで基本的に小心者である。20年5月に黒人が白人警官に殺害された事件を巡って各地で抗議活動が展開され、ワシントンでも大規模なデモが展開された。トランプは平和的なデモ隊がホワイトハウスを囲んだ時、軍の出動を求め、国防長官に拒否されている。今回、トランプの腰巾着のような人物が就任したら、安易に軍を動かす可能性があり、収拾のつかない混乱が広がる可能性がある。
日本の「再軍備」に警戒を示す情報長官
国家情報長官に抜擢されたトゥルシー・ギャバード(Tulsi Gabbard)に至っては、昨年のパールハーバー記念日に「日本の再軍備」に懸念を表明していた。第二次大戦後のアメリカが結んでいる軍事同盟の基本を理解していないのではないか。この人物は、民主党下院議員として16年の大統領選挙戦では民主党左派として知られるバニー・サンダース議員の支持を表明していたが、その後トランプと接触し、共和党に鞍替えするという振幅の激しい人物である。そのような人物が、CIAおよびFBIを含む情報機関を統括する地位に就任する見通しである。アメリカの同盟諸国は身構える必要があるだろう。
その他の混乱要因
トランプは選挙期間中、経済政策としては高関税、国内的には不正な移民の強制送還を、公約の大きな柱に上げていた。いずれも実行困難であるが。とくに「不正移民(筆者は”undocumented immigrants”という表現を好む)」の強制送還は、物理的にも困難だし、実行すればインフレの亢進を引き起こす。アメリカの農産物の半数以上の収穫は彼らが担っているといわれる。彼らを農場から引きはがして本国に送還すれば農場経営者たちが悲鳴を上げる。さらに出荷量の減少により農産物価格の上昇は避けられない。そのうえ、外国からの輸入品には高関税をかけるとしているから、物価高騰が刺激されることになる。
その他、オバマ政権によって曲がりなりにも整備された健康保険に対する連邦資金の縮小、教育省の廃止などによる公立学校教育予算の縮小など、社会的弱者に対する保障政策は後退することが確実視されている。新政権発足後の一年以内に、有権者たちは裏切られたことに気付くであろう。
日本にとってのリスク
以前、イギリス人の語学教師と”danger”と”risk”の違いについて議論していて、「dangerはただdangerだが、riskは”take”(取る)ことができる」と指摘され、一気に腑に落ちたことがある。今、日本政府の外務官僚や自公政権の外交・防衛族たちは、トランプ政権の再現に危機感に襲われているはずだが、その危機はdangerに近いものだろう。しかし、これはriskとして捉えるべきだ。
アメリカの大統領は最後の2年間はレイムダック(死に体)となるといわれる。今回はトランプを選んだ米国民の票は、26年の中間選挙では共和党から民主党に流れるはずだ。トランプ政権は第一次と同じ程度に口先ばかりで、混乱を招いて退場することになり、アメリカの国力低下を招くだろう。ここではアメリカの支配力が低下する東アジア国際社会のあり方について、日本として新しい構想を示す良い機会になる。それは大戦後80年近く棚上げしてきた日本の宿題への取り組みでもある。
初出:「リベラル21」2024.11.25より許可を得て転載
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