「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」
- 2011年 12月 16日
- 時代をみる
- 加藤哲郎原子力田中正造
- 英国バーミンガム大学のアーネスト・ラザフオード教授は、「原子を分解する事に成功した。で、この事は、他の学者の最近の発見と相俟つて、或る『力(フォース)』を解放するに至つた。そして人間を殆ど神様と同様の物にするか、それとも人類文明なるものを粉微塵に破壊して終ふかも、実にこの『力』の掌中に握られてゐるのである。若し仮にこの『力』が実現されたら現代社会の最大難物である労働問題などは忽ちに解決され、万人は悉く労働の苦痛から解放される。色んな税金なども不必要になる。泥棒や巡査はいなくなる。汽車も汽船もなくなる。戦争や疾病も無くなり、人間はもっと長命するやうになる」。
- 「『力』の偉大さは、実に驚くべきもので、一オンスの物質の中には、英国の艦隊を海底から世界最高の山頂まで持ち上げる『力』が含まれている」「恰も今日無電が大洋を越える事が出来るやうに、吾々は原子力を放つて、この大地を透過させ、地球の反対の面、例へば日本から云へば亜米利加の一市街を灰燼に帰せしめるやうな事が出来やう」「これが有益に使用された暁には、人類を塗炭の苦しみに陥るゝ彼の戦争なるものは、永久に不可能のものとなるに相違ない。何となればこの原子爆弾の威力に対しては、如何なる強国と雖も対抗できぬからである」。
- 「原子力利用の専門家は、『原子的家庭(アトミックホーム)』と称してゐるが、そこでは鉄瓶の湯も、凡て原子力で沸かされる。主人や奥様の着物も亦、その力を借りて洗濯する。だから若しさうしたいと思つたら、毎日下着を代へる事が出来る。そこには雇人の問題などはない。何故なら、ボタンを一つ押しさえすれば、真空器か又は掃除機が自ら動いて、室内の塵芥は管から本管へ放出され、そしてそれは町の中央原子力塵芥駆除器で吸収されるのみならず、食物は同様の『力』で料理されるし、食器なども原子力で沸された湯で洗われ、熱気で乾かされるからである」「原子力が利用さるれば、嫌な仕事などは無くなるし、実際今日の所謂『仕事』などは無くなるのである」「以上は単にこの新しい『力』に依って革命されようと思われる数百の事柄から二三を引いたに止まる」「勿論労働問題などはなくなり『社会的不安』は一掃されて終ふ」。
- つまり、この「文明化」の夢は、二様に展開できます。一方で原子爆弾へ、他方で「原子的家庭」=家庭電化にも。前者の夢、核分裂を利用した原子爆弾は、戦時中の日本でも「日米戦争一発逆転」に使えればと夢見られましたが(『新青年』1944年7月号、立川賢「桑港(サンフランシスコ)けし飛ぶ」)、圧倒的な工業力を誇る米国のマンハッタン計画に世界から科学者・技術者が動員され、広島・長崎の悪夢として実現されました。さらに核融合による水素爆弾にまで展開され、核兵器と言う人類絶滅装置の増殖を経て現在にいたります。後者の夢は、「電力」というエネルギーに媒介されていますから、別に「原子力」に頼らなくても、水力・石炭・石油・天然ガスなどによっても、風力・地熱・太陽光などの再生可能なエネルギーへの転換によっても、実現可能であり、現に実現されました。「占領下日本の『原子力』イメージ ーーヒロシマからフクシマへの助走」で紹介したように、戦後日本で「原子力時代」ともてはやされた夢の圧倒的部分も、この便利で快適な家庭生活でした。自動車・電車・飛行機など移動・交通手段も、別に「原子力の平和利用」に頼らなくても、世界の科学者・技術者の努力で発達し、実用化されました。福島の悲劇を経験することで、私たちは、原子力発電がとてつもなく危険で高価なエネルギーであることを知りました。いま、核兵器開発以外に、「原子力の平和利用」を語りうるとすれば、放射線治療ぐらいでしょうか。産業界でも20世紀なかばの「原子力時代」の熱気はとっくに消え去り、科学技術の最先端は、iPS細胞やナノテクノロジーに移行しています。14日深夜に共同電で流れ、新聞もテレビも報道しないらしい下記ニュース。いったい何を意味しているのでしょうか。
- 国内廃棄物に大量の核物質 未計量で濃縮ウラン4トン
- 政府が国際原子力機関(IAEA)の保障措置(査察)の対象となっている全国の262施設を調査した結果、計量や報告をしていない濃縮ウランやプルトニウムなど核物質が廃棄物から大量に見つかったことが14日、分かった。政府は国際社会の批判を避けるためIAEAへの申告を急ぎ、水面下で協議を始めた。複数の政府高官が明らかにした。中でも政府系研究所で高濃縮ウラン約2・8キロ、原子力燃料製造企業で約4トンの低濃縮ウランがそれぞれ未計量だったケースを重視して調べている。中部、北陸、中国の3電力会社などにも未計量とみられる核物質があり、確認を進めている。 2011/12/15 02:09 【共同通信】
2011.12.15 2011年の締めくくり、師走の真っ最中です。先月15日更新の本トップは、「野田佳彦首相の支持率が急落しています。9月発足時のご祝儀相場6割から、毎月1割づつ落として11月は4割、このまま行くと、来年早々には、早くも危険水域の3割割れです」としていましたが、12月朝日新聞調査は、早くも内閣支持率31%、不支持43%、どうやら予測通りになりそうな雲行きです。当然でしょう。普天間基地移転問題も国会議員歳費・定数削減にも手がつかないまま、TPPや消費税増税論議ばかりが先行し、党内はまとまらず、野党との関係も修復できず、閉塞しています。訪中日程も訪米日程も計画通りには行かず、ヨルダン、ベトナム等への原発輸出を認めただけ。何よりも、国民の方を向いていません。2011年最大の国民的体験である東日本大震災・大津波の復興は遅々として進まず、福島第一原発事故のもたらした放射性物資汚染は、ようやく「除染」の試行錯誤が始まったばかり。原子炉のメルトスルー状態は未だに把握できず、冷却のために使った汚染水が飽和し、東電は海に流そうと計画しています。日本製品がすべて核汚染と疑われ、冬期節電も強いられて、底冷えの師走です。今年を象徴する言葉は「きずな(絆)」とか。でもむしろ、3月11日を忘れないために、本サイトは、田中正造の次の言葉で、今年をしめくくりたいと思います。
「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」
でも田中正造の言葉は、否定形のリフレインです。「真の文明」が何かは、語ってくれません。今年7月、福島県で93歳のおばあさんが命を落としました。「あしでまといになるから、お墓にひなんします、ごめんなさい」という言葉を残して。「文明」以前の、痛切な叫びです。20世紀には、いろいろな「文明の夢」が語られ、その多くは現実になりました。月ロケット、宇宙旅行、ロボット、超高速ジェット機等々。「原子力の夢」も、その一つでした。前回紹介した「原子力の平和利用の夢」の日本におけるルーツ、モダニズム雑誌『新青年』1920年8月号に掲載された岩下孤舟「世界の最大秘密」を、改めて収録しておきましょう。小見出しは、「将に開かれんとする世界の最大秘密の扉」「原子力(アトムりょく)の本源と性質、蒸気力よりは何百倍」「日本に居て米国の市街を灰燼に帰せしめる力」「原子爆弾の威力は堂々たる大艦隊も木端微塵」「戦争と貧乏は無くなり、気候は随意に変化さる」「変らないものは恋愛だけ、疾病は駆逐され生命は延びる」と展開します。
田中正造の「真の文明」は、故森滝市郎が被爆と被爆者運動の痛苦の体験から絞り出した「非核文明」「核と人類は共存できない」と、通底します。12月10日の土曜日、専修大学での同時代史学会年次大会で、「日本マルクス主義はなぜ『原子力』にあこがれたのか」と題して報告してきました。1945ー61年までは「マルクス主義政党」としての日本共産党と「マルクス主義自然科学者」としての武谷三男の「原子力」観の両方を入れた詳しいメモを配付資料として準備していたのですが、一緒に報告する予定だった報告者が病欠ということで、急きょ主催者から報告時間延長を要請され、時間調整用にパワーポイントに入れておいた1961ー2011年の共産党の「原子力の平和利用」論の歴史的変遷も、当日報告することになりました。そのため、旧ソ連の歴史や「マルクス主義」など学んだことのない若い参加者には、わかりにくいものとなったかもしれません。もともと日本の平和運動のなかで、反原爆運動(原水禁運動)と反原発住民運動・脱原発市民運動はなぜ長く合流できなかったのかを歴史的に探ることを目的にしていたので、その意味では全面展開するかたちになりました。ただ、「マルクス主義」の系譜上では重要な論点も含まれているので、実証的でなければなりません。当日配付資料に1961年以降の資料を加え、かつ、質疑討論で提起された民衆意識レベル、非共産党マルクス主義や森滝市郎ら原水禁運動、高木仁三郎ら「核と人類は共存できない」と説く主張を補足して、こうした主張を「反科学」と批判しあくまで「原子力の平和利用」を説き続ける日本共産党の政策・主張とを対比したデータベースを作りました。同時代史学会報告ウェブ版として、本年のしめくくりに、アップロードしておきます。報告のポイントは、占領期の武谷三男が原爆の「反ファッショ的性格」から導出した「原爆研究の平和利用」「原子力時代」の主張を、当時の共産党が「原爆の平和利用」として「荒野の開拓、自然の征服」や「資本主義の核に対する防衛的核=抑止力」に仕立てあげたことでした。提唱者の武谷三男自身は、ビキニ水爆以後「死の灰」=放射能の後発性被爆・晩成被害の重大性に気付き、まだ「原子力時代」ではなく「原水爆時代」だとして「夢」を先送りし、かつスターリン批判とハンガリー蜂起を見てソ連の核開発をも批判する立場にほぼ10年で移行=「卒業」していくのに対し、共産党の方は、「社会主義の核」「安全な原子炉の可能性」を信じて、スリーマイル島、チェルノブイリ事故、3・11と主張の論拠を喪失しながら、70年を経てしまったのではないか、という問題提起です。あくまで口答報告のデータベースですので、読者の皆さんからの批判・補足を、歓迎します。なお、データベースの末尾に、報告の参考文献を付し、12月17日に早稲田大学20世紀メディア研究所第65回研究会で報告する「占領期日本の言説空間ーープランゲ文庫のキーワード・クラウド」のデータも入れてありますので、御笑覧ください。今年も、クリスマスは中国になります。皆様、せめて今年よりは良いお年を!
「加藤哲郎のネチズンカレッジ」から許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
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