「増税反対派は駄々っ子」? (2)―我々が直面する「非連続的変化」
- 2012年 1月 13日
- 時代をみる
- 安東次郎消費税増税
(http://chikyuza.net/archives/18153 より続く)
現状で消費税率を上げると、「日本経済」自体が失速する
「社会保障と税の一体改革」(消費税増税など)が実施されるならば、実質可処分所得は大幅に減少することは前回見た通り[大和総研レポートによる]だが、そうであるとすれば、消費税増税は「日本経済」自体を失速させるのではないか。
この点については、すでに多くの方々が指摘されている。
例えば、若田部昌澄氏(早稲田大学)は次のように言われる(http://diamond.jp/articles/-/14432)。
「1997年に消費税増税や社会保険料の引き上げで、国民の負担を9兆円増やし、その後不況になった経験です。あのときには、・・・不況に陥ったのはアジア通貨危機が主因だという話になっているが、負担の増加が悪影響をもたらしたことを否定できる人は少ない。今回も、例えば2013年度から増税をやるとなると、ちょうどギリシャがデフォルトするときと、一緒になりかねません。」
「昭和恐慌のときも、いまと似たような感じがあった。29年の10月に金本位制への復帰を決めて、30年の1月に実施した。」
「今の政府は大嵐が来ることがわかっていながら、自ら窓を開け放とうとしている」
また古賀茂明氏(元経産省官僚)も、「いまのまま増税していけば確実に「ギリシャへの道」だ」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/26804)という。
若田部昌澄氏や古賀茂明氏などの『リフレ派』の論潮には懐疑的な方も居られるだろうか。しかし、『リフレ』政策の是非はともかく、引用した主張はマクロ経済学の「常識」に合致しているものではないかと思う。
消費税増税などがGDPに与える影響を具体的に推計すると、どうなるのか。
「第一生命経済研究所の永濱利廣・主席エコノミストの試算・・・によると、2013年度は上期に駆け込み需要の急増が予想されるものの、増税しない場合に比べ、実質GDP(国内総生産)を0.15%押し下げてしまう。
残りの2%の引き上げ時期を駆け込み需要期が短い2015年4月とすると、2015年度は3.09%もの押し下げ効果をもたらすという」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20111202/224794/?ST=nbmag)。
また、白川浩道氏(クレディ・スイス証券)は2010年発表のレポート「日本経済の現状と財政運営のあり方」(http://www.epa.or.jp/esp/10s/10s05.pdf)の中で次のように言われる。
「2013年度に5%の消費税増税を断行すれば、同年度の実質雇用者所得は2.0~3.5%減少することになる。この結果、実質消費水準は1.5~2.5%程度低下し、他の条件を一定にすれば、GDPギャップは0.8~1.4%ポイント拡大する。」
これは、2010年発表のものなので、今回の「社会保障と税の一体改革」案とは想定が異なるが、大和総研の試算からすると、実質可処分所得の減少は標準世帯に近い世帯(税引き前世帯年収500万円)で7%台となっているから、消費税増税などによるGDPギャップ拡大が3%程度となっても不思議はないだろう。
日本の実質GDP成長率は2001年~2005年度平均値で1.3%、2006年~2010年度平均値で-0.1%だから(http://www.murc.jp/report/press/110715.pdf)、3%程度のGDP押し下げ要因を吸収するのがどれだけ困難かは、明らかだ。
しかも、2012年は、EUの危機の――金融システムと実体経済の両面を通しての――世界経済への波及、さらに中国のバブル崩壊の可能性を考慮しなければならないだろう。
「社会保障と税の一体改革」には『景気条項』があるが、内容は玉虫色で、これが実際に機能するかどうか疑わしいのも不安要因。
日本の「エリート」たちは、一度『目標』――それもきわめて特殊的利害に基づいているのだが――を設定すると、それが現実に対応しないことが明らかになっても、目標を修正することは不得手だ。かつての「軍部」がそうであり、また「原子力ムラ」がまさにそうだが、今回の「消費税増税」もまるで同様の構造のように見える。
『財政再建』に必要な消費税は30%
消費税増税に関しては、もう一つの疑問があった。それはそもそも消費税を10%にすれば「財政再建」が可能なのか、という点である。この点はすでに各氏が指摘しているので、簡単に紹介するに留める。
野口悠紀雄氏によると「税収、税外収入の伸び率は1%とし、社会保障関係費の伸び率は2%とする」という仮定で、消費税を10%にした場合、公債依存度は2020年度に48%、2020年度に54%となってしまうから、これでは全然足りない。「日本の財政赤字問題は、「常識的な」範囲内の消費税率引き上げでは、解決できない段階にすでになっている」。
「2012年度に消費税率を25%引き上げ、現在の税率とあわせて30%にまですれば、確かに財政赤字はかなり縮小する」が、「これほどの引き上げは、政治的にほぼ不可能だ」。また「消費税率をこれほど引き上げれば、税収が税率に比例して増加するとは言えなくなる」。(http://diamond.jp/articles/-/11104)
先に引用した白川浩道氏も「名目ゼロ成長を仮定すると、消費税率を30%程度まで引き上げない限り、政府負債GDP比の発散的な上昇を回避することはできない。消費税率を30%まで引き上げることは非現実的であり、実行可能性も低い」と言われる。(http://www.epa.or.jp/esp/10s/10s05.pdf)
要するに、もっぱら消費税増税に依存して『財政再建』というのはあり得ないハナシであり、『財政再建』案を提起するなら、別の戦略を立てるしかない。総合的な戦略なしに消費税増税をしても、『財政再建』に有効なものであるかどうか、甚だ疑問である。
消費税増税は他の増税より有効?
消費税は景気の変動に関わらず、税収が安定していることが政府にとっては「魅力」であると言われる。しかし政府にとって魅力的な税が「よい」税であるとは限らない。
もちろん何が「よい」のかは、各経済主体によって違うわけだが、取りあえずその辺は「曖昧」にしたまま、諸氏の議論を聞いてみよう。
白川氏(クレディ・スイス証券)は次のように言われる。
「どうしても増税せざるを得ないのであれば、消費飽和の傾向が強く、ライフ・サイクル仮説などから考えて過剰な貯蓄を抱えているとみられる高所得層、富裕層に対する所得税増税を先行させるべきであろう。」
「法人税減税が消費税増税と抱き合わせになることで消費税増税幅が大きくなるような事態は避けなければならない。」
「現役世代の税負担を可能な限り軽減すべきであるが、その方法は2つしかない。1人当たり社会保障費を削減するか、あるいは、引退世代の貯蓄に課税する(相続税の強化ではなく、貯蓄に恒常的に課税する)、である。」(http://www.epa.or.jp/esp/10s/10s05.pdf)
なお社会保障費の削減については、野口氏も次のように言われている。
「残る手段は、社会保障関係費の伸び率を抑えることである。これは、決して容易な課題ではないとはいえ、不可能なことではない。」(http://diamond.jp/articles/-/11104)
ここまでくると、「将来世代につけを回さないためには、消費税増税が必要」というのが、全くのウソであることがわかるだろう。
消費税増税によって社会保障制度を(当面)維持することは、主要に現役世代(相対的に将来の世代)の負担拡大で引退世代の社会保障を維持することであり、「将来世代につけを回すこと」そのものである。(現役世代は増税された消費税を払っても、将来の社会保障は期待できない。)
なお、私自身は社会保障の水準切り下げには賛成できない。それは、日本の資産の多くは高齢層が所有しているが、彼らが資産をため込む大きな動機の一つが「将来不安」(!)であるからだ。若い世代からすれば、高齢者の「将来不安」などナンセンスかもしれないが、昔のように子供を頼りできるわけではなし、この高齢化社会でいつまで長生きするかわからないから、結局いくつになっても「将来不安」は解消しない。
したがって社会保障制度を維持しながら、その原資として(引退世代などの)資産に対して課税することの方が、相対的には合理的だろう。これは白川氏(クレディ・スイス証券)が選択肢のひとつとして挙げている方法だ。
しかし、いま増税や国民負担増のはなしをするのは、官僚の手のひらの上で踊ることとなってしまう。当面消費税に的を絞っている官僚たちも、次には「資産課税」などを具体的日程にあげてくるだろう。
最後に感想を少々・・・
以上、今回の消費税増税案について、批判的なコメントを書いてきたが、もちろん何もやらないで問題が解決するわけではない。「増税から入るのではなく、日本経済を再建する方法はないか」といえば、「リフレ派」(注1)の提起が検討されるべきだろう。しかし「リフレ派」の提起、さらに「日銀」サイドの反論を検討することは、素人の手に余ることなので、この点は経済学を専門とされる方々に吟味をお願いすることにして、以下では『素人の感想』を述べることをお許しいただきたい。
政府・日銀がデフレに対応できていない状況を考えると、「リフレ派」が支持を集めるのは、ある意味で当然と思われる。しかし「リフレ」派の論潮にも疑問は生じる。
その一つは、中央銀行が長期国債の保有を増やすことによって、インフレ期待が生じるようになった時点で、はたして中央銀行への信任が維持され得るのか?という点。またこの点をクリアしたとしても、激しいインフレが発生した後にインフレターゲティング政策を行うとするならば、極端な緩和から極端な引き締めへと転ずる(等々の)必要があるのではないか?こうした変動の「コスト」をどう見積もるのか?そもそもデフレの「コスト」はじゅうじゅう承知すべきとしても、インフレの「コスト」も説明するべきでは?
振り返って日銀サイドの主張(注2)を見てみると、個々の論点については傾聴すべきものであると思われるが、全体としては、この間デフレに対して有効に対応できなかったことへの「言い訳」という印象がぬぐえない。日銀によれば、一定以上の長期国債の購入が出来ない(銀行券ルール)のは、それが財政ファイナンスにつながるからであり、中央銀行による財政ファイナンスが行われると、「やがて通貨の増発に歯止めが効かなくなり、激しいインフレを起こすことによって国民生活や経済活動を破壊」するからである。しかし、この認識が真理を含むとして、それは――現状では――日銀がデフレに有効に対応しないことを正当化するものとなっているのではないか。この論理は、ありていに言えば、「中央銀行にとっても政府は信任し難い存在であり、だから政府の負債を一定以上抱えることはできない。ハイパー・インフレになるのは防ぐべきだから、デフレが継続するのはやむを得ない」というものであるように思われる。
10年以上のデフレを考えるなら、ほんらいは、政府サイドの(長期的な視点での)財政再建策(=政府の信任確立)との「パッケージ」で、中央銀行は長期国債の購入拡大などを手段としてデフレに対応すべきあり、この際「銀行券ルール」が基準になる根拠はないであろう。
こうした政策が実行されるなら、「リフレ派」がいうほどの成果――たとえば実質金利の低下を媒介にした相当程度の実質経済成長――をもたらすことはないにしても、何がしかの「正の効果」を与え得るのではないか(「為替」などには有意な影響を及ぼすのではないか)。
もっとも、こうした政策が成功することをオマエは期待しているのか、と問われるなら、答えは「否」である。
為替政策を考えると、財務省・日銀(+政治家)がアメリカの意向に逆らうことなど、期待できない。また官僚に財政改革を期待することも難しい。さらにいえば、非効率な政府を縮小して『効率的な市場』の手に委ねようにも、市場自体が需給不均衡を速やかに解消する「力」を持ってはいない。
こうした状況に、欧州危機の世界への波及、チャイナ・バブルの破裂が作用するとどうなるか。
白川総裁は「予想は非連続的に変化する」という。しかし非連続に変化するのは「予想」だけではない。いま我々は「社会そのもの」の「非連続的変化」に直面しているのではないか。
(注1)とりあえず、若田部昌澄氏、高橋洋一氏の対談http://diamond.jp/articles/-/14432、古賀茂明氏の発言http://gendai.ismedia.jp/articles/-/26804をご覧いただきたい。
(注2)とりあえず、白川方明「通貨、国債、中央銀行―信認の相互依存性―」(2011年5月28日)を参照していただきたい。http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2011/data/ko110530a.pdf
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〔eye1781:120113〕
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