「正常性バイアス」―「そんなことが起きるはずが無い」という希望的観測―に汚染される官僚たち
- 2012年 1月 20日
- 時代をみる
- 「正常性バイアス」官僚山崎久隆
二本松市で発覚した「セシウム汚染コンクリート事件」、住宅一棟が、放射能汚染された砕石を使ったコンクリートを土台としていた。汚染された砕石は膨大な量にのぼり、200社以上が汚染砕石を使った工事を行ったとみられるという。しかし「汚染」といっても、どのくらいの値だったかが計られていたわけでもないので、実態はほとんど分からない。
少なくてもこのアパートに住んでいた中学生が身につけていた積算線量計が、たった三ヶ月で1.5mSvにも達したことで発覚したという。べらぼうな値ではあるが、同じ程度の外部被曝環境に住んでいる人は、実はたくさんいる。この住宅が問題なのだから、あらためて福島市渡利地区や伊達市などの高線量地域からの避難が必要なのだということを行政は再認識すべきだ。
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◆もともとあった強力な「正常性バイアス」
こんなことは3月の放射能拡散で容易に想像できた事態だ。稲わらや田畑が高濃度汚染されている地域の砕石が、汚染されていないと思う方が「異常」だ。このような「思い込み」はどうして起きるのだろうか。
これら全て、原子炉緊急事態宣言が全交流電源喪失時点(15時半)から3時間も経ってから宣言されたこと(*)、SPEEDIのデータを住民避難に活用しなかったこと、20ミリシーベルトを遙かに超える地域からの住民避難をしなかったことなど、全てが行政機関により「そんなことが起きるはずが無い」という希望的観測、別名「正常性バイアス」のなせる業だ。
正常性バイアスというのは、災害に遭遇した際に「そんなはずはない」と、現状を正しく認識し確認することに恐怖を抱くあまり、「自分たちは大丈夫だ」などと根拠も無く正常を装おうとする心理状態を言う。パニック障害の一種でもある。
東北地方太平洋沖地震に遭遇した際、都内で遭遇した人の多くが「このくらいならば大丈夫だろう」と思ったに違いない。同時に東北地方でも、同様に思った人は多かった。地震だけならば、いずれ揺れは収まっていき、それまでに倒壊しなかった建物ならば、まず助かる。実際に家屋が倒壊して圧死してしまうような揺れの中では「大丈夫だろう」などと考えるゆとりは無いと言われている。阪神淡路大震災で神戸市内で地震に遭遇した友人によれば、寝ていて揺れに気づいたときには、もう路上に放り出されていた。家屋が倒壊し、二階に寝ていた友人はあっという間に道路に投げ出されていたという。死んでいてもおかしくなかった。
一方、津波の被災者の多くには「正常性バイアス」が働いたことが分かっている。多くの人は避難を開始する前に、または避難をせずに津波に襲われている。「10mもの防潮堤があるのだから大丈夫だろう」「ここは高台だから大丈夫だろう」「海岸から3キロもあるから大丈夫だろう」という具合である。
これが「正常性バイアス」である。
(*)原子力災害対策特別措置法第15条に定める原子力緊急事態に至った場合、内閣総理大臣による原子力緊急事態宣言が直ちに発出されることになっている。この宣言により、国により原子力災害対策本部が設置され、原子力事業者、各行政機関、関係自治体などに対する必要な指示などを行うとともに、原子力災害現地対策本部をオフサイトセンターに設置し、原子力災害合同対策協議会が組織されることになっている。
16時36分に宣言そのものはなされたというが、公式に発表され公示されるのが19時3分で、「直ちに公示」されていない
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◆放射能災害でも「正常性バイアス」
人間、ずーっと恐怖感にさいなまれたままだとどうにかなってしまう。特に放射能のように目にも見えず臭いもしないものに対しては、特にそうだ。JCO臨界事故やチェルノブイリ原発事故でさえ、半年もすれば測定しても目に見える汚染は無くなっていた。あとは海外からの輸入品が問題だった。
しかし今回はそうはいかない。後何年も、何十年も続く放射能と向き合わねばならない。本当は行政機関にこそその覚悟が必要なのだが、もはや事故直後に緊張の糸が切れてしまった機関があったようだ。経産省である。
原子炉は自分の担当部局ではない、だから「担当外」だ。考えたくも無い。それらの連鎖が「飯館村の採石場は安全か」と聞かれて、砕石では無くセメントを計って「問題ないでしょう」などと信じられない失策を冒す。もはや自分の担当から離したくてしょうが無いという心理だけが働く。これも一種の「正常性バイアス」である。
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◆行政機関に蔓延する「正常性バイアス」
何事も無かったことにしたいのは「人情」である。特に「対策」を迫られる部局の担当者にとって、紛れもない「余分な仕事」である。だからこそ「問題は無いのだ」と思い込みたい。ますます「正常性バイアス」に毒される素地が出来る。
この状態に陥っているのは、少なくても教育委員会(学校や特に給食)、環境部局(清掃)、上下水道局(汚泥)、福祉部局(保育園)、公園緑地(公園)、道路部局(道路)、農地農業部局(農地や山林)、漁業部局(漁業)そして防災担当(避難対策)。ありとあらゆる部門に及ぶ。これが引き起こしているのが全く無用な住民被曝なのだ。
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◆解決はどうするか・・・
これだけほとんどの行政機関に蔓延している正常性バイアスをどうするか。
ちょっと良い方法は思い浮かばない。繰り返しクレームを付けるほかは無いのだが、そうなると住民側が「モンスター」「クレーマー」扱いされてしまう。出来れば議会やPTAや町内会などといった、既存の組織に働きかけ、住民の声として伝える方法が良いだろう。
もう一つ。今回のようなことが起きた場合、ちゃんと責任を取らせるべきだろう。せめて間違った指導をした場合、その部局の管理職については訓告、戒告、異動などにより責任を取らせるべきだ。行政機関には、それしか有効な方法は見当たらない。
(たんぽぽ舎「地震と原発事故情報 その301」より転載)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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