歴史偽造の社会的認知?ー「南京事件はなかった」発言とマスコミの反応
- 2012年 2月 27日
- 時代をみる
- 南京事件宇井 宙河村たかし
先日(2月20日)、河村たかし名古屋市長が、表敬訪問を受けた南京市共産党委員会一行に対し、「南京事件はなかった」という歴史を歪曲する妄言を吐いたというニュースは、その後しばらくは中国側の反応を中心とする続報が流れたものの、日本社会においては、もはや何も問題がなかったかのように忘れ去られようとしている。1994年、羽田内閣の永野茂門法相が「南京事件はでっちあげだと思う」と発言して更迭された頃から比べると、何という時代の様変わりだろうか。今回の事件(とさえされなかった事件)の最大の特徴は、公人である河村市長の歴史捏造発言が日本のマスコミにおいて全く問題ともされなかったということである。私が気づいた限りでは、この発言を正面から批判したマスコミは、「南京虐殺否定発言 歴史の歪曲許されない」と題する社説(2月24日)を書いた琉球新聞だけである。朝日・読売・日経の体制右翼“3兄弟”は言うに及ばず、毎日新聞も社説で取り上げていない。2月23日の社説でこの問題を取り上げた東京新聞の主張は極めて異様である。その内容は、「市長としての発言にはもっと慎重であるべきだ」とか、「市民を代表する市長として友好都市の訪問団に会った際に、歴史認識に食い違いのある問題で自らの見解を一方的に公にしたことは配慮が足りなさすぎる」などというもので、歴史認識それ自体が問題なのではなく、その表明の仕方に配慮や礼儀が欠けていただけだ、というような書き方なのである。これが現在、“良識派”と目される新聞の社説なのである。
日本のマスコミはどこまで腐りきってしまったのだろうか。よく知られているように、ドイツでは「アウシュヴィッツはなかった」などとホロコーストを否定する歴史偽造活動は刑法によって禁止されており、フランスでもナチ犯罪を否定する公的な言論活動はゲソー法によって禁止されている。もしもドイツで政治家が「アウシュヴィッツはなかった」などと発言すれば大変なスキャンダルとなり、その政治家の政治生命はおそらく絶たれるだろう。それに引き換え、日本では同種の発言をした政治家に対して、マスコミがほとんど批判さえせず、名古屋市役所には市長の発言を支持する市民の電話やメールが多数寄せられたという始末である。なんという違いであろうか。もちろん、「自由の敵」には自由は認めないというドイツ式の「闘う民主制」よりも、「自由の敵」にも自由を認める日本国憲法型の民主制の方が原理的に優れているのだ、という議論はある。ただしそれは、根本的に誤った意見にも表現の自由を与えることにより、真理と誤謬との対決によって真理を一層明白かつ鮮やかに認識しうるという利益が得られるという、J・S・ミルが『自由論』で述べたような「思想・言論の自由市場」が健全に機能している、という前提があって初めて成り立つ議論である。が、現在の日本はどうであろうか。南京事件の犠牲者数については、いまなお議論は続いているものの、南京大虐殺があったという史的事実についてはすでに学問的に決着しており、そのことは日中歴史共同研究においても確認済みである。ところが、90年代後半から、「自由主義史観研究会」や「新しい歴史教科書をつくる会」といった民間団体が政府・自民党(および民主党の一部)と一体となって大々的に開始した第3次教科書攻撃の中で、すでに学問的には完全に破綻した南京事件や慰安婦問題の否定論を執拗に繰り返し主張し続ける中で、マスコミもこれらを全く問題視しないところにまで至ってしまった。
教育現場では、歴史の真実を教えようとする教師が追放され、歴史を歪曲した教科書を採択させようとする政治的圧力が強まり、日の丸・君が代強制を通じて物言わぬ教師を養成することを通じて大勢順応的な生徒を「調教」しようとする動きが強まる一方、正しい歴史を学校で教わらなかった大人たちの間では、歴史歪曲発言が容認される社会的風潮を見て、「南京大虐殺論争」や「慰安婦論争」は「どっちもどっち」であるとか、「やっぱりなかったんじゃないか」というような歴史歪曲的愚昧思想が蔓延しようとしている。南京事件から75年、日中国交正常化から40年経ってなお、このような歴史偽造発言がまかり通るどころか、その勢いはますます強まる一方である。確かにまともな歴史認識を持つ人が、自分の父親が南京で温かいもてなしを受けたから南京事件はなかったはずだ(じゃあ、アメリカ人が広島で温かいもてなしを受ければ広島原爆の被害はなかったことになるのか!)などというあまりにもお粗末すぎる妄言を“批判”するなどというのは知性と時間の浪費であると思う気持ちはよくわかる。しかし、こうした公人の妄言を許しておくならば、日本社会の知的・倫理的腐敗はとどまるところを知らず進行するだろう。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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