共産主義と資本主義
- 2012年 3月 31日
- 交流の広場
- 岩田昌征
Beogradの友人チャスラフ・オツィチ(セルビア科学芸術アカデミー準会員)を経由してメールでリゥビシャ・クヴォイチなる人物から以下のような興味深い対比文がとどけられた。2011年12月20日のことだ。
共産主義では泥棒はトイレットペーパー、石けん、鉛筆を盗った。
資本主義では泥棒はトイレットペーパー工場、石けん工場、鉛筆工場を盗む。
共産主義では労働者は余剰(ボーナス)をもらった。
資本主義では労働者は余剰となる。
共産主義では多数者が少量ずつ盗った。
資本主義では少数者が大量に盗む。
共産主義では意見を求めてベオグラードへ行かねばならなかった。
資本主義では意見を求めてブリュッセルへ行かねばならない。
共産主義では少ししか働かなかったが、それでも労働者は労働英雄と呼ばれた。
資本主義では沢山働いているが、それでも無精者、怠け者、寄生者と呼ばれる。
共産主義では良い仕事や住宅を望む時、どの民族に属しているかを言ってはならなかった。
資本主義では何でも好きに言えるが、良い仕事も住宅も得られない。
共産主義では教育や保健は無料、職場も確保されていた。しかし、低賃金、低品質の製品。
資本主義では低賃金で低品質の製品、しかし、教育も保健も有料、職場も確保されない。
共産主義では選択(選挙)の自由がなく、党を気にしていた。
資本主義では選択(選挙)の自由が沢山ある。党だけを気にするのではなく、自分の職、自分の給料が気にかかる。借金が返せるか、医者代が払えるか、教育を子どもに十分与え得るか、が気にかかる。気にかかる事の選択肢が沢山ある。資本主義の到来と共に自由も到来した。資本主義者は言った、「とうとう諸君は自由、自由、自由になった。さあ労働手帳はないですよ。諸君は自由だ。」
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