再稼働による「悪魔の連鎖」の本当の怖さーこれでも原発を再起動する気になりますか?(その1、その2)
- 2012年 4月 13日
- 時代をみる
- 原発再稼働山崎久隆悪魔の連鎖福島原発事故
野田政権は全世界に向けて「核戦争」をするつもりなのか?
(この記事は、たんぽぽ舎【TMM:No1418】、【TMM:No1417】からの転載です。「ちきゅう座」ではすでに「交流の広場」で公開していますが、「時宜に合った読み応えのある文章」ですので、「時代をみる」にも掲載します。―「ちきゅう座」編集部)
[連載1]■既に起きていた「悪魔の連鎖」■3号機の建屋破壊
枝野幸男官房長官(当時)は、次のように回想している。
「核燃料が露出する状態が続けば、多くの放射性物質が漏れて作業員が立ち入れなくなる。近くの福島第二原発など、他の原発にも影響が広がって「悪魔の連鎖」が起きる恐れがあると思った。そうならないよう事故を押さえ込まなければいけないと考えていた」。
これは民間事故調査委員会で語った内容として今年になって初めて報道された。
ところが、この話はそれだけで終わってしまった感がある。いったいどういうわけだろうか。
「起きなかったのだからもう良いじゃないか」という意識の表れなのだろうか。しかし福島第一で起き得たことは、他の原発でも当然起き得ると考える必要がある。特に高速増殖炉「もんじゅ」を含めて14基もの原発が密集する若狭湾や7基の原発が並ぶ柏崎刈羽では深刻な問題になるはずだ。いや、いまどき何処の原発も敷地内に複数の原子炉があるのだから(東海第二と東通は一基だけだが再処理工場が間近にあるので深刻さはむしろ他より大きいことは後述する)「悪魔の連鎖」は全ての原発で起こりえる。
ところが、どの原発も、そのような状況になることを想定した対策は皆無だ。なぜだろう。もちろんコストが掛かるということも大きいが、むしろ心理的な影響ではないだろうか。
事業者は、こんな想定自体が「どだい対策など無理なのだから」と考えるため、自動的に「想定不適当」になり、最後には忘れてしまうというわけだ。もちろん、こんな想定をしようものなら、再稼働など絶対不可能になる。
対処不可能なことは、そもそも無いことにする。といった、まさしく「日本的安全管理体制」の最も醜悪な姿が、ここにも現れていると考えられる。福島を経ても、未だになのだ。
■既に起きていた「悪魔の連鎖」
枝野官房長官が感じた「悪魔の連鎖」とは、福島第一原発4号機の使用済燃料プールが溶融することから始まるとされているが、実際には一号機の水素爆発から既に始まっていた。「悪魔の連鎖」は、現実に2,3号機の炉内で燃料崩壊から大量放射能放出に至る一連の出来事を説明するためにも必要な概念である。
今回、4号機の使用済燃料プールがメルトダウンするという、次の段階に進行する直前で止まったのは、実は単なる偶然だったことも分かっている。プール溶融シナリオは「荒唐無稽」どころか、起きていたはずの連鎖が偶然途中で止まったに過ぎなかった。
事故は最悪の手前のどこかで止まるという、いわばこれまでの原発事故の「法則」めいたもの(あのチェルノブイリ原発ですら、すぐ隣の3号機がかろうじて破壊を免れたので最悪では無い)が、ここでも「働いて」いるように思う。
実際に起きていた「悪魔の連鎖」の最初は、一号機の水素爆発により2,3号機へのアクセスが絶たれたことに始まる。それまでは原子炉冷却システムの再起動や復旧のための作業が進められていた。
1号機水素爆発直前には格納容器ベントが1号機において実行され、2、3号機では冷却水(海水)注入のために消防用水ポンプが準備され、うまくいけば冷却が進むかと思われていた。原子炉では主蒸気逃がし弁が断続的に開放されて原子炉圧力が低下していたが、このために原子炉圧力容器中の水は常に変動を繰り返しており、水が入らなければ確実に炉心崩壊に至る状態に「人為的に」置かれていた。「水が入ることが確実でなければ出来ない操作」をしていたことになる。
ところが1号機で水素爆発が起き、がれきが飛び散ったために周辺で作業をしたり3号機などへ接近するなどしていた東電職員や下請け業者や自衛隊員などが負傷し、撤退を余儀なくされた。ここで作業が止まったために、2、3号機の危機的状況は一気に進行していった。
12日午後5時過ぎのことだ。
■3号機の建屋破壊
2号機と3号機は、この時点では原子炉内に冷却水は存在していた。継続して注水が可能であればメルトダウンは防げたが、そのためのポンプは原子炉隔離時冷却や高圧注入ポンプが動いていた。しかしそのうちにこれらが次々に使用不能になり、二度と起動できなかった。冷却水を投入するためのシビアアクシデント対策は、消防用水タンクから既存のポンプを稼働させて入れる方法を想定していた。しかし電源が無いために、これも起動できない。そこで消防車のポンプから注水することにしていた。
ところがこのポンプの性能が分かっていなかった。
原子炉内部の圧力は運転時には70気圧ある。ここに冷却材を押し込む能力は消防車のポンプには無い。そこで原子炉逃がし弁を手動で全開にしたとみられる。これは賭だった。圧力が下がると、どこかの時点ではポンプから水が入り出すが、その圧力が20気圧なのか10気圧なのかよくわかっていない。そうなると、原子炉からの圧力をどこまで下げ続ければ良いのか分からない。
普通ならば水位計があるので、こんなバクチにはならないはずが、電源を失ったために正確な水位が全く分からない。つまり手探り。これではメルトダウンしない方が幸運としか言いようが無い。
結果的に原子炉内圧は10気圧以下に下がっているが、消防車からの水は原子炉を満水にするどころか減っていく冷却材を補充する能力も無かった。
最終的には燃料の遙か下に水位が下がってしまい、原子炉はメルトダウンした。
ところが運転員はそんなことを知る術も無く、水は足りていると判断していたように思われる。もしここで原子炉メルトダウンを運転員が知っていたならば、全員逃げ出したかもしれない。TMIでも運転員がメルトダウンを全く予期せず、知ることが無かったので最後まで収束作業を続けられたと考えられている。福島第一も同じだったかもしれない。
圧力容器が破損した後は、消防車からの水は原子炉の燃料を冷やすことも無く、むなしく格納容器下部に落下しただけだった。その時には既に原子炉内部の燃料は部分的に崩れ落ち、圧力容器底部を破壊し、格納容器に落下していたと考えられる。
それだけでなく、地震の影響で破壊されている配管部分からも蒸気となって冷却材は抜けていく。
ところが、こんな状態になっていても原子炉水位計は、まだ燃料下端よりも上に水面があるかのように指示し続けていた。
そのために水を入れ続けていても、冷却水の量が足りていないことが現場では認識されていなかった。
燃料破壊から圧力容器の突破に至り、3号機からは大量の水素が発生して建屋上部に溜まり続けていた。
13日午前11時1分、水素爆発が発生し、瓦礫が地上に降り注ぐ。
収束作業中の人々の上に瓦礫が降りそそぎ負傷者が出た。死者が居なかったのは奇跡だった。しかし2号機などへの冷却水を送っていた消防車が大破するなど、収束作業に重大な影響を受けた。
ここで「悪魔の連鎖」の第二ラウンドになる。
[連載2]■2号機格納容器破壊■4号機の幸運■いつも幸運とは限らない
■2号機格納容器破壊
原子炉圧力容器底部が損傷し、さらに2号機内部では断続的に入る消防用水が高温になった燃料に降りかかり、瞬間的に水が蒸発して「水蒸気爆発」状態になる。圧力容器はその程度の圧力変化にはびくともしないが、逃がし弁開放によって圧力は地下にあるサプレッションチェンバに放出された。この圧力の伝播がサプレッションチェンバまたはそれにつながる配管部分を破壊したと思われる。
このため2号機内部は全く人が立ち入れない高濃度汚染に晒され、建屋からの撤退を余儀なくされた。格納容器内部は毎時73シーベルト(ミリでは無い!)などという、即死しそうな(JCOで亡くなった作業員の被曝量は7~10シーベルト)放射線が飛び交い、電子機器も役に立たない。もちろんロボットも破壊される高線量地域になってしまった。その状態は1年以上経った今も変わっていない。
そのため2号機については見かけ上破壊は4基の中で最も小さそうに見えて、最も放射能汚染のひどい原子炉になってしまった。
水の投入が十分出来ていれば、少なくても2号機を破壊することは止められた。
■4号機の幸運
4号機では時を同じくして使用済燃料プール中の1535体の燃料に危機が訪れていた。
原子炉内の燃料も取り出していたため(槌田敦氏は「燃料体は炉心にあった」という別論を立てているが、ここでは東電シナリオ通りに考える)使用済燃料プールとしては通常の1.5倍もの大量の燃料体が保管されていた。このプールには運転中は480トンほどの水が入っている。しかしこのときは、燃料プールとは原子炉を挟んで反対側にある「機器仮置きプール」にも水が張られていた。また、原子炉は圧力容器の蓋が外されており、その中には水が最上部まで入れられていた。圧力容器よりもさらに上に位置する部分を「原子炉ウエル」と呼ぶ。
実は、この原発は老朽化してひび割れが発生していたシュラウドの交換工事を行っていたため、放射線防護の目的で通常よりも高い水位まで水が張られていた。この状態で水中溶接機を使って圧力容器の内側にある「シュラウド」と呼ばれるステンレス製内釜の部分を切り出す工事をする予定だった。
3.11時点では、予定通りならば切断作業が終わり次の工程のために水が通常水位まで抜かれていたはずだった。しかし切断装置のアームの長さを間違えてしまい、作業に4日の遅れが発生しており、まだ原子炉ウエル内には水が張られたままだったという。
さらにずさんなことに、燃料プールと原子炉圧力容器の間に存在していた止水用のゲートに隙間が生じ、ここから水が漏れ出す状態になっていた。原子炉ウエルと燃料プールの水位が同じならば漏えいは起こらないが、相対的に水位が変動した場合、低いところに高いところから流れ出す状態になっていたわけだ。
それだけではない。原子炉ウエルとともに普段は水が無い「機器仮置きピット」にも水が張られており、圧力容器内から取り出された蒸気乾燥器と汽水分離器が置かれていた。これらは放射能を帯びるため、遮蔽のため水中に保管される。機器仮置きピットは定期検査中のみ水を張っている。
都合、普段よりも1000トンを超える水が使用済燃料プールの脇に存在していた。
作業工程の遅れが3.11に、このような状態を作り出していた。
さらに、止水板の緩みは発生原因も分かっていないが、作業ミスによるのだったら、最悪を回避した「幸運の」作業ミスだったことになる。
通常、止水板は使用済燃料プールからウエル側に漏れ出すのを止めるためにある。今回は使用済燃料プール中の1535体の燃料が冷却不能となり、その結果プールが沸騰状態になってプール側の水位が低下した。水圧はウエル側からプール側に掛かった。そのような圧力は想定されていなかったために外れたのかもしれない。であれば、設計強度不足が招いた幸運だったと言うことになる。
本来は水が落とされていたはずの圧力容器が満水状態だったため、結果的に使用済燃料プールへの「給水」が、漏水という形で確保された。通常の作業工程で進み、圧力容器内が通常水位まで下がっていたら、あるいは止水ゲートがゆるんでいなかったとしたら、その時には冷却水が蒸発して無くなってしまい、格納容器の外で燃料溶融が始まっていたことになる。
そのデッドラインは6日後。まさしく「悪魔の連鎖の」回避は偶然のなせる業だった。
そんなずさんな状態であることを知る術のない米国NRC(原子力規制委員会)は、冷却水の投入が出来なくなった使用済燃料プール中の1535体の燃料が溶け出す時間を割り出し、その前に十分余裕を持って避難できるようにするために、「80キロ圏内米国民全員退避」を指示していた。
愚かな一部の米国議員は「大げさすぎる」あるいは「しなくても良い避難指示」などと政権を批判するが、お門違いだ。偶然が重ならなければ6日後には悪魔の連鎖が80キロ県を超えて放射能汚染をもたらしていた。
最終的には原子力委員会の近藤俊輔委員長が3月25日に首相に報告した「不測事態シナリオの素描」と題する文書にあるとおり、東京すら超えて250キロ先まで避難をしなければならない事態となった。この影響下には3000万人の人口がいる。いったいこれだけの人間をどうやって避難させるというのだろうか。大混乱になっただろう。ならば、米国政府としてはそれ以前に自国民を比較的混乱の少ない80キロ圏外に一端出すと考えるのは実に利にかなった考え方だった。
■いつも幸運とは限らない
「原発再起動」を主張する野田首相や地元の町長などに聞きたいが、幸運がいつも続くわけが無いし、そんな幸運を期待して原発を動かし続けるつもりなのだろうか。
原発がひとたび炉心溶融事故を起こせば、周辺の原子炉を巻き添えにすることは、先の近藤レポートで明らかだ。例えば大飯原発には4基の原子炉がある。そのうちの1基が炉心損傷を起こせば同一敷地内の3基も対処不能となる。時間と共に原子炉の冷却は不可能になり、およそ一週間で炉心損傷に至るだろう。4基がメルトダウンする事態になれば、そこから放出される放射能は風下地帯に壊滅的影響を与えるが、特に問題となるのは高浜原発だ。十五キロしか離れていない高浜原発は、大飯原発からの放射能の直撃を受ければ運転員も作業員も死に至る被曝を余儀なくされる。残れば全員死亡、撤退すれば高浜4基のメルトダウンという事態になる。
実は福島第二原発が、その状況に直面していた。距離わずか10キロで福島第一の放射能が降り注ぐ中、賢明に収束作業を行っていたが、実際には避難区域の中に取り残されており、外部からの支援にも支障を来し始めていた。応援要員の派遣さえままならない。もし4号機のプールがメルトダウンし始めていたら、残るか撤退するかを巡って大変なことになっていただろう。残れば死を意味するからだ。
(★つづく★)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1909:120413〕
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