歴史における神話のアクチュアリティ(3)
- 2012年 4月 17日
- スタディルーム
- アフリカアミルカル・カブラル石塚正英近代化
三 20世紀における近代化=合理化神話
世界大で環境破壊が進行し、その悪影響を懸念する今日、先進諸国の人々はもはや近代化=工業化・合理化の神話に騙されはしない。ただし、そのように悟るには甚大な対価を払うこととなった。けれども、すでに1960年代に欧米型近代化の欠点を見抜いて独自の未来を構想していた人物がいた。その人物とは、アフリカ西海岸ギニア・ビサウの民族解放指導者アミルカル・カブラルである。
カブラルは、上記の問題に関連して次のように主張した。ギニア・ビサウは欧米先進諸国にならって工業化一辺倒で進むのはただしくない。さりとて、旧来のまま農業にしがみついているのも間違っている。では、その中間がいいとなるのか?「中庸が最善と考える者は多いが、それは本当ではないのであって、良いこととは、一方の側と他方を総合して前進する術を知っていることなのだ。一方と他方を総合し、ある国で正しい途を採るということは、真ん中に留まるということではない――真ん中には出来ることは何もないのだ。」(注14)近代化の目標は、国家だけが豊かになることでなく、地域だけが豊かになることでもない。肝心なのはまずもって個人が豊かになること、それも内面からそうなることである。地域や国家が豊かになるのは、個人の豊かさの前提や保証としてでなくてはならない。もし近代化によって個人の豊かさが削がれるようであれば、その政策は拒否すべきものとなる。そうした認識はアリジェリア戦争をルポルタージュしたフランツ・ファノンやキューバ革命を指導したチェ・ゲバラにも共通している。(注15)カブラル、ファノン、ゲバラの3人に共通する信念、それを私なりの用語で表現するならば、ロゴスとしての神話でなくミュトスとしての神話に民衆の将来を見通す、ということである。
アフリカでなくとも地球上いずこでも、農業は近代西欧的な発想である経済効率神話(ロゴス)を受け入れない。農業は資本主義的な経営をも受けつけない。自然相手の営みであるからどのような不測の事態が突発するか知れない。労働価値説は妥当しない。だから、農業および農業経営の近代化はできても、農業の工業化つまり工業として作物を生産するということはできないのである。アメリカの穀物メジャーと結んだ農場経営者は石油から穀物を作りだすが、その方法は環境、資源などの諸問題に突き当たってしまったではないか。かつて、久野収は次のように述べていた。「工業化は機械的再生産のできる第二次産業には効いても、農業とか漁業、林業など、直接、大自然を相手にする第一次産業には効かない。第一次産業をどうするかという問題の解決策は、近代経済学にはもちろん、マルクス経済学にもないと、宇野弘蔵さん(経済学者)も同意してくれた」(注16)。
また、農業は林業および漁業と密接に関連しているので、農業だけの工業化はほかの林業・漁業にダメージを与えることになる。漁民は山に樹木がないと失業しやすくなる。山にたまった腐植土は川に流されて平地に堆積し農産物を育てる。土壌微生物は不必要な農産物をも分解し、こうしてできた腐植土は再度海に流れこみ海中生物たちの食料(フルボ酸鉄など)となる。それで素晴らしい循環が成立してきたのである。農業が持っているこうした循環システムは、従来工業には乏しかった。だが工業においてもリサイクルは絶対に欠かせない。むしろ、工業こそ農業の長所を見習うべきなのである。
ギリシア語に「オイコス」というたいへん含蓄に富む言葉がある。これは「住む場所」とか「家政」という意味になるのであるが、その言葉から「エコノミー」と「エコロジー」が派生してきた(注17)。私たちはエコロジーと調和のとれたエコノミーを営まねばならないのである。特に前者を破壊してまで後者を追い求めてはならない。今、前者は工業に代表され、後者は農業に代表される。21世紀はエコノミーでなくオイコスとしての生産を、自然と人間の共生神話のスローガンとして掲げるべきである。その際、エコロジーの精神は紛れもない神話である。エコロジーがなぜ神話かというと、とりわけ環境倫理学では、自然を擬人化し〈自然の権利〉をうち立てた上で、人間と自然の共生を唱えているからである。(注18)
20世紀における近代化=合理化神話(ロゴス)の最後として、科学の無謬性をみておこう。科学技術の安全神話とか、ハイテク製品の無謬性とかである。そのうち前者の事例としてただちに想起されるのは原子力施設での事故である。1986年に旧ソ連でチェルノブイリ原子力発電所で原子炉が爆発し大規模な放射能漏れ事故が発生したとき、日本の原子力委員会は、同様の事故は日本では絶対にありえないと断言した。原子力行政の安全管理基準、設備の信頼性、作業者の技術レベル、総てにおいて日本は世界最高水準にあると宣言した。ところが、1990年代に日本国内で幾つかの原発事故が起きた後、1999年、茨城県東海村のウラン燃料加工会社JCOで、ウラニウム臨界事故が発生し、ここに原子力神話は崩壊した。
ところで、原子力は、アインシュタインの相対性理論、プランク、ボーアらの量子論を土台にした原子物理学の発達にともなって利用価値を高めてきた。だが残念ながらこのエネルギーは、1957年に発せられたゲッティンゲン宣言すなわち平和利用のためにのみ原子力研究を行なうとの宣言にもかかわらず、軍事利用される傾向を強めた。第二次世界大戦中のアメリカで、イタリア人フェルミはシカゴ大学原子核研究所で原子炉製造と原子核破壊、原子力エネルギー創出に成功したが、それによって得られた実験結果はすぐさまアメリカ軍によって原子爆弾に応用された。以後、核爆発実験は1949年に旧ソ連で、1952年にイギリスで、1960年にフランスで、1964年に中国でも成功した。こうした事態に対して核保有国を含む国連加盟諸国は、1996年9月国連総会で、爆発を伴うあらゆる核実験を禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)を採択し、調印した。これに激しく反発した国の一つインドは1998年5月に核実験を行ない核保有国となった。また同月、インドに続いてパキスタンも核実験を実施し、核保有を宣言するに至った。
21世紀の現在、原子力神話は技術面でも利用面でもほぼ崩壊したと言える。しかし、人々は原子力という一技術を放棄してもどうにか生きられようが、その欠を補う代替技術や省エネ技術、環境保全技術等、何らかの技術神話を物語らないでは、けっして未来を生きることはできない。神話一般はけっして放棄されないのである。
出典:石塚正英『儀礼と神観念の起原』論創社、2005年、第7章
(Copyright©2012 ISHIZUKA Masahide All Rights Reserved.)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study479:120417〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。