過剰な詠嘆と希薄な歴史認識 ―書評 三枝昂之著『昭和短歌の精神史』(角川ソフィア文庫)―
- 2012年 7月 23日
- 評論・紹介・意見
- 『昭和短歌の精神史』三枝昂之半澤健市書評
著者三枝昂之(さいぐさ・たかゆき、1944年~)は早大卒、歌人。歌集のほか評論も多数。本書は第56回(2006年)芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した原著の文庫化。
《「短歌の精神」への興味》
私は短歌に無知である。日刊紙の歌壇欄を時々読む程度の平均的日本人の一人である。そういう人間が本書に興味を持った理由は、「精神史」というタイトルである。「短歌の精神」とは如何なるものか。それは、昭和時代にどう発展しどう表現されたのか。または圧迫され窒息したのか。そういう興味があった。
その問題意識で私は本書を読んだ。
文庫で543頁の力作であり読了に時間を要した。以下に率直な読後感を書く。
本書の内容は、「戦争下の昭和」と「占領下の昭和」における日本短歌史である。そして本書の読後感は、「短歌のもつ詠嘆の強さ」と「歌人の歴史意識の欠落」に、私は驚愕したというものである。
例外を除き引用された短歌には詠嘆だけがある。すなわち、状況に埋没したおのれの心情だけがあって、歴史的な文脈の中に自己を客観的に見る精神がない。総じてベタベタしている。真の意味での非情、客観、冷酷という観念が歌人にはないように感じられる。
それはなぜかと考えて私は、歌人には「歴史意識」がないのだという結論に達した。
歴史意識とはなにか。昭和時代の歴史意識とは、「戦争」と「革命」をどう考えるかの意識である。革命と反革命、侵略戦争と抵抗戦争。それらはなぜ起こったのか。誰がどのように起こしたのか。それを「社会科学的認識」といってもいい。それが本書にないのだ。
《開戦時と敗戦時の歌人たち》
この大冊から一、二の例示で歌人たちの本質、ひいては本書の性格を指摘するのは難しい。たが敢えて、1941年12月8日と45年8月15日、すなわち「大東亜戦争」の開戦と敗戦に際して、高名な歌人三人(土岐善麿・ときぜんまろ、窪田空穂・くぼたうつぼ、斎藤茂吉・さいとうもきち)が詠んだ歌を数首ずつ掲げる。振り仮名は本書の通り。
〈開戦時〉
土岐善麿
・撃(う)てと宣(の)らす大詔(おほみことのり)遂(つひ)に下(くだ)れり撃ちてしやまむ海に陸に空に
・横暴(わうぼう)アメリカ老獪(ろうくわい)イギリスあはれあはれ生耻(いきはじ)さらす時は来向(きむか)ふ
窪田空穂
・将兵にこの魂(たましひ)をあらしむる言に絶えたる大御稜威はも
・皇軍の海軍を見よ世界いま文化の基準あらためぬべき
斎藤茂吉
・絶対に勇猛捨身(ゆうまうしやしん)の攻撃を感謝するときに吾はひれ伏(ふ)す
・大きみの統(す)べたまふ陸軍海軍を無畏(むゐ)の軍(いくさ)とひたぶるおもふ
〈敗戦時〉
土岐善麿
・おほみこころ常に平和の上にあらせたまへり粛然として干戈を収む
・このままに戦いつがば国も民もほろび絶えむと宣らしたまへり
・おほみわざ今はた遂に成らずともあじやは起れ相睦みつつ
窪田空穂
・現つ神吾が大君の畏しや大音声もて宣らさせたまふ
・万代(よろずよ)を見し明らめし御定めと謹み承(う)けて仕へまつらむ
・天皇の軍(ぐん)なるものを今の代に科学軽しめ戦ひ負けぬ
斎藤茂吉
・聖断(せいだん)はくだりたまひてかしこくも畏(かしこ)くもあるか涙しながる
・萬世ノタメニ太平ヲ開カムと宣(の)らせたまふ現神(あきつかみ)わが大君(おほきみ)
・大君(おほきみ)のみこゑのまへに臣(おみ)の道(みち)ひたぶるにして誓(ちか)ひたてまつる
加藤周一は、小説『ある晴れた日に』(1949)の最後を、「ある晴れた日に戦争は来り、ある晴れた日に戦争は去った」という言葉で結んだ。「大東亜戦争」の開戦と敗戦が国民の知らぬ時空で決定されたことの不条理と無念をこの言葉に託したのだと私は考えている。
歌人三人にあっても開戦と敗戦は「ある晴れた日」の出来事であった。問題は、両者を彼らが「ひれ伏す」「謹み承けて仕へまつらむ」出来事であると認識しそう詠んだことである。私はそれを歴史意識または知性の欠落だといいたい。
《方法論は「一つの視点で描き通す」こと》
しかし著者は私のような見方は受け入れないであろう。
開戦時の歌に関して著者はいう。「なぜみなそのように足並みを揃えたのだろうか。時局便乗とか判断停止といった批判が占領期になされ、今も変わっていないが、それが昭和十六年十二月八日の正述心緒だったという観点は持っていなければならない」。
そして「あとがき」は著者の方法論を述べている。少し長いがそれを次に掲げる。(一部省略)
「戦争と敗戦という未曾有の事態が襲ったために、昭和の短歌には大きな裂け目がある。大東亜戦争の神話と戦後民主主義の神話とそれを図式化しておくと、昭和短歌の通史は後者の価値観に基づいて書かれている。それらは、占領期文化は真摯で戦争期の多くは時局便乗、という見取り図に従って書かれている。そのために短歌史は占領期文化の尺度を抜けられないままに描かれ、歌人と短歌作品のあるがままの姿が失われた。
その歪みを修正して短歌史をより自然な形に組み立て直すという課題が、彼らから託されている。それに応えるために私が心がけたことは、大東亜共栄圏の神話も戦後民主主義の神話も排して、戦争期と占領期を一つの視点で描き通すということである。
どうすればそれが可能になるか。難しいことではない。神話を前提にして読むことを止め、作品が示している心を当時の時代に戻りながら、ていねいに掬いあげ、重ねていけばよい。そうすればそこから、歌人たちの心の形はおのずから浮かび上がる。その姿勢を崩さなければ、短歌の戦争期と占領期は、地続きの地平として私たちの前に姿を現わす」。
《大岡昇平とは異質な批判なき「内在主義」》
この言語は尤もらしく聞こえるがいくらか乱暴な仕分けだと思う。著者が例示する昭和短歌通史の二書たる渡辺順三『近代短歌史』と木俣修『昭和短歌史』を残念ながら私は未読だ。引用文について言えば、まず「大東亜戦争の神話」、「戦後民主主義の神話」という言葉が分からない。次に「戦争期の多くは時局便乗という見取り図」の意味が分からない。「神話」とは何を指すのか。大東亜戦争のイデオロギーという意味に読めるし、大東亜戦争の実態が歪曲されて「神話化」されているという意味にも読める。「皇国史観」から「唯物史観」への転向がオーバーランした事実は私も認めるが、現在に至るまで通史が「戦後民主主義の神話」に全面依存しているとみるなら誤まれる認識である。著者が「戦後民主主義」の全体を否定するなら、更なる誤りである。もし前記二著が「戦後民主主義の神話」段階にあるのなら歌壇の知的怠惰であろう。戦中心理の「時局便乗」論も当たらない。実態は便乗ではない。問題は、彼ら第一級の知識人が「本気」で「天皇の戦争」の勝利を信じ、敗北の「御聖断」を感涙とともに受け入れ、その戦争責任に触れなかったことである。
著者が「戦争期と占領期を一つの視点で描き通す」、「当時の時代に戻りながら、ていねいに掬いあげ、重ねていけばよい。そうすればそこから、歌人たちの心の形はおのずから浮かび上がる」という作業の実践は、批判なき内在主義に堕している。これが私の認識である。大岡昇平の『レイテ戦記』を引いて戦争の性格を捉えようとする一方で、土岐善麿の「おほみわざ今はた遂に成らずともあじやは起れ相睦みつつ」を繰り返し引用している。
土岐の歌には、侵略や加害の意識がない。むしろ「大東亜共栄圏」の再興を反省なしに詠っているのである。大岡は「国家と資本家の利益のために、無益な国民の血がそこで流された」、「日本兵は危機における自衛という動物的反応によって、中国人やフィリピン人の幸福追求の権利を奪いつつあると意識することはなかった」と明確に書いている。著者の引く戦争短歌にこの視点での選択は一首もないと私は感じている。
《天皇制民主主義国家の象徴》
私は文科大臣賞を受けた力作を批判して喜んでいるのではない。
「短歌には詠嘆だけがある。歴史的な文脈の中に自己を客観的に見ていない。総じてベタベタしている。真の意味での、非情、客観、冷酷という観念が歌人にはないように感ずる」と私は書いた。3.11後に氾濫している日本人の言説、これもまたこの評価に収れんするのではないか。短歌の世界は、天皇制民主主義国家を、象徴しているのである。
■三枝昂之著『昭和短歌の精神史』、角川ソフィア文庫、(株)角川学芸出版、2012年3月、定価1300円+税
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