市場原理主義の幻想(1) ―商品情報の非対称性を考える―
- 2012年 8月 20日
- 評論・紹介・意見
- 半澤健市市場経済
市場の主役は売り手と買い手である。
トヨタが、製品原料の薄板を新日鐵から買うのか、ポスコ(韓国企業)から買うのか。
パナソニックが、資金を三井住友銀行から借りるか、JPモルガン・チェースから借りるか。日立が、増資の幹事証券に野村を指名するのか、三菱UFJ・モルガンスタンレーを指名するのか。売り手も買い手もプロである。市場参加者としての資質、能力、情報量の優劣など誰も問題にしない。しかし、そういう世界でも「サブプライム」危機ではプロがプロに騙されたのであった。
《消費者は本当の商品知識をもっているか》
されば読者がテレビを買うとき、ソニーにするか、サムソンにするか。パソコンを買うとき、東芝を買うか、DELLを買うか。この場合、すなわち企業vs消費者の場合はプロ同士ではない。商品知識の格差は大きい。難しくいうと「非対称性」が大きい。それでもテレビとは何か。パソコンとは何か。それくらいは買い手も知っている。仮に欠陥商品に当たっても命に別状はなかろう。ならば金融商品の場合はどうか。
たとえば退職金の運用。この選択の巧拙は一生の生活設計に関わる。
預金にするのか。投資信託にするのか。投信の場合、円建てか外貨建てか。外貨は何か。株式投信か債券投信か。こういう場合の商品知識の非対称性は無限といえるほど大きい。
そもそも投信は素人向け商品であった。それでもこれだけの多くの選択肢をもっている。一体、インテリでも金融商品の実務的知識は乏しいのである。1997年秋に大手証券が破綻したとき、全国紙で経済担当の論説委員をしていた先輩が慌てて電話をしてきた。預けた証券は紙くずになるのか、どうすればいいのか、というのである。彼を侮蔑するのではない。これは普通のことである。自分の法律知識、健康知識などの専門にわたる実務知識を考えればすぐわかる。
《全く保護されていない消費者》
専門知識のない消費者は保護されているのか。
「全く保護されていない。裸の王様だ」。これが私の認識である。理由は三つある。
一つは、それが現代社会の特色であるからである。
アダム・スミスは、『諸国民の富』を分業から説き始めている。それは18世紀終盤のことであった。以来、250年の歴史は「分業化・専門化・高度化」による発展の歴史である。社会は全体像の認識を失い、専門化集団のタコツボに溢れた世界となった。一消費者がもつ金融商品知識など巨象に対するアリのようなものである。
二つは、消費者行政が有名無実であるからである。
先進世界はその状態を放置したわけではない。米国では1929年恐慌を契機に投資家保護の規制が始まった。一方で消費者運動も発展した。戦後日本では「企業に良いことは日本に良いことだ」ったので、消費者の利益という思想が確立していない。消費者行政は業界保護行政である。90年代、私が証券マンの頃には、顧客が役所(大蔵省「関東財務局」)に対してクレームをに申し立てると、その役所は私の会社に「○○(証券会社名)さん、困りますね。この程度のクレームはそっち(証券)で解決してくれないと困りますよ」と電話をしてきたものである。各業界とも今も似たようなものだろうだと思う。
三つは、消費者がそれを自覚していないからである。
「3.11」は、政・産・官・学・メディアがグルであることを露呈しつつある。労働者を保護すべき厚労省が、過労死に至るような、超長時間労働をさせている企業名を公表しないのである。福島原発事故の録画公開方法をみよ。経産省は誰のために行政を行っているか。野田内閣が、国民と原子力ムラのどっちの利益を護っているか。一目瞭然だ。もちろんムラの利益を護っているのである。しかし消費者全員がそれを自覚しているわけではない。「お上」の威信、「お上」への依存心は消滅にほど遠い。
《即製の対策はない―民主主義の成熟度を反映》
消費者という視点を切り口でみると「市場原理主義の幻想」は、論議の余地がない。こういう状況はどう打開すればいいのだろうか。私は即製の対策はないと思っている。これは民主主義の成熟度―正確には未成熟度―とパラレルの問題であるからである。無策でよいというのではない。しかしこの問題は、頭の良い官僚が考えれば解決策が出てくる問題ではない。資本主義をどう制御するか。国のかたちをどうするか。そういう極めて原理的でありラジカル(根源的)な問題であるからである。
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