ユーロ危機はどこへ行く―欧州統合のプラスとマイナス
- 2012年 10月 2日
- スタディルーム
- 阿部汎克
世界経済を揺さぶり続ける欧州金融危機にどう対処するか、10月11日、先進7カ国(G7)が東京で開く会議で対策を協議する。
すでに日米欧は9月、相次いで異例の金融緩和を表明した。白川日銀総裁は同19日、10兆円の追加金融緩和表明(資産買い入れ基金の増額)を表明、同13日にはバーナンキFRB(米連邦準備制度理事会)議長が量的拡大第3弾として住宅ローン担保証券の無制限・無期限買い入れの方針を打ち出した。また、ドラギECB(欧州中央銀行)総裁も、9月6日に南欧国債の無制限購入の声明を発表している。
これらの金融緩和策を受けて、ラガルドIMF(国際通貨基金)専務理事は9月21日、G7の会議で「ユーロ圏の危機を乗り越えるために日米が中期の財政再建計画を打ち出してほしい」と発言し、協力を求めた。
▼ユーロ圏のギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインが国家破綻の恐れ
一連の金融危機の震源地はギリシャだった。2009年10月、パパンドレウ首相は前政権が同年の財政赤字の見通しをGDPの3.7%とEU(欧州連合)に申告していたが実はその3倍に上り、債務残高は翌年末、対GNP比121%に達することを暴露、ウソがばれたギリシャの国債は世界中で売られて暴落、長期金利は8%台に跳ね上がった。ギリシャ政府はそれまで、ユーロ圏各国からの借金で年金など手厚い社会保障、高賃金、公務員の大量採用、インフラへの補助金など大盤振る舞いを続けて赤字を積み重ねていた。この暴露で破産寸前となり、EUを中心とする国際援助が進行中だが、救援の条件は厳しい。国民の生活は行き詰まり、治安は悪化してデモが相次いでいる。
翌2010年5月、アイルランドで土地・住宅のバブルが破裂、銀行は破綻に瀕し、EU、IMF(国際通貨基金)による援助が始まった。アイルランドの銀行は、低利で信用が高い通貨ユーロを借り入れ、消費ブームを起こしたあげく、リーマンショック(2008年)のあおりで資金調達難に陥り、国債売り、金利の高騰で破綻寸前である。
続いて対外債務がGDPの110%を超えるポルトガルの資金難が表面化。2010年11月に米国の格付け会社が複数のポルトガル銀行債を格下げしたため銀行の株価下落、借り入れ費用の急上昇が起き、政府は資金投入を迫られて財政悪化が案じられている。この国の産業はスキル、生産性ともに低く、当面経済成長を見込むことは難しい。
そして最も心配されているのがユーロ圏第4位の大国スペイン。独、仏などの銀行からユーロを借り入れて土地、住宅に投資、急激な値上がりに浮かれたあげくバブルが破裂、カハと呼ばれる地域の中小貯蓄銀行で大量の不良債権が明るみに出て国家財政はピンチ。2012年5月、その穴埋め資金をEU各国が拠出する基金から借り入れる事態となった。翌月、キプロスがEUに銀行債務返済のための資金借り入れを申請。ユーロ圏第3位のイタリアも対外公的債務がGDPの120%にのぼり、財政の行方が案じられている。
▼ユーロ圏とEUが世界経済に占める位置
世界のGDP合計は69兆9700億ドル(国際通貨基金調べ・2011年)、うちEU(27カ国)計は17兆550億ドル(世界の24.4%)でアメリカを超える。EUのうちユーロ圏の国は17カ国、その合計GDPは13兆800億ドル(世界GDPの18.7%)。世界の名目GDPのランキング(単位・10億米ドル)は次の通り。
①アメリカ 15,094
②中国 7,298
③日本 5,869
④ドイツ 3,577
⑤フランス 2,776
⑥ブラジル 2,492
⑦英国 2,417
⑧イタリア 2,198
⑨ロシア 1,850
⑩カナダ 1,736
⑪インド 1,676
⑫スペイン 1,493
⑬豪州 1,488
⑭メキシコ 1,154
⑮韓国 1,116
EU加盟国は27カ国、人口5億370万人。1967 EC(ヨーロッパ共同体)発足=原加盟国はドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの6カ国/1973 第1次拡大=英国、アイルランド、デンマークの3カ国/1981 第2次拡大=ギリシャ/1986 第3次拡大=スペイン、ポルトガルの2カ国/1993 マーストリヒト条約発効、ECはEU(欧州連合)に衣替え/1995 第4次拡大=オーストリア、スウェーデン、フィンランド の3カ国/2004 第5次拡大(旧中東欧・地中海諸国)=ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキア、リトアニア、ラトビア、スロベニア、エストニア、キプロス、マルタの計10カ国/2007 第5次拡大第2陣=ルーマニア、ブルガリアの2カ国(うちユーロ加盟国は17カ国=ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、アイルランド、スペイン、ポルトガル、オーストリア、フィンランド=以上11カ国で1999年1月1日ユーロ発足、その後ギリシャ、スロベニア、キプロス、マルタ、スロバキア、エストニアが参加)
▼世界初の「非戦の共同体」
EUの前身、EC(欧州共同体)は1967年、それまでのECSC(欧州石炭鉄鋼共同体・1951年発足)、EEC(欧州経済共同体、1957年)、EURATOM(欧州原子力共同体、同)を統合した史上初めての“独立国家からなる地域連合体”としてスタート、1993年にはマーストリヒト条約の発効により、経済統合のほかに政治、司法、外交、安全保障の面でも連合を形成した。その理念は二度と欧州で戦争を起こさないための「多様性の中の統一」だった。
先陣を切ったECSCは第二次大戦後、永年欧州、とくに独仏2大国間の戦争の資源となってきたルール地方の石炭、鉄鋼を共同管理するという画期的なものだった。1985年には加盟国の国民同士が国境を無検査で自由に超えるための「シェンゲン協定」が成立(加盟国はEUの加盟国とは多少ずれる)、1987年にはECを関税のかからない自由交易圏と定めた「単一欧州議定書」が発効、1993年1月1日からヒト、モノ、カネの国家間移動に何の制限もない単一市場が発足した。国ごとの工業規格など非関税障壁も取り払われた。
通貨は国ごとに異なる従来の単位を使い、1979年からは一定の変動幅を維持する欧州通貨制度(EMS)を採用したが、1989年のベルリンの壁崩壊、90年の東西両独統一、91年のソ連崩壊という激しい動きの中で、この通貨制度はマルク買いの投機の波にさらされ崩壊、共通通貨ユーロを用いる、より緊密な経済圏に辿りついた。
根幹には「ドイツ問題」があった。すなわち中欧に位置し、2度の世界大戦を起こした強国・経済大国ドイツが、二度と西欧に弓を引く(たとえばロシアと手を結ぶなど)ことのないように、という「非戦のEU」の念願が争いの歴史を乗り越えた。ドイツも「欧州とともに生きるしかない」と決意を固めた。
▼先進世界に吹き荒れた金融資本主義(リーマンショックから欧州危機へ)
世界GDPの2割近くを占めるEUが、なぜ1929年世界大恐慌以来の金融危機に陥ったか。その最大の理由は世界金融資本の「実体経済から離れた市場操作」とEUの甘いルール、組織運営にあった。
世界中の市場で取引される金融資産(預金、株式、債券など)は、現在300兆ドルに上ると推定されている。世界のGDPの4倍以上のおカネ、つまり生産・流通・販売などの実体経済の流れに関係のないカジノ的取引が世界経済を動かしている、というのである。この極端な“カネ余り”が米国のサブプライムローン(低金利で借りられる住宅ローン)・システムをつくり出し、2008年9月のリーマンショックを起こした。1971年のニクソン・ショック(ブレトンウッズ協定に定めた金1オンス=35ドルの交換を取りやめ)以降、変動相場制に入った世界のおカネは金利、株、商品取引、デリバティブ(先物、空取引を含めて)と形を変え、利益を求めて市場を流れた。カネ余りで金利は下がり、世界のあちこちで異常なバブルが発生し、つぶれた。カネの回転台はロンドンのシティ。世界中から集まり、投資のために先進諸国に散って行った。
07年8月、フランス第一位の銀行・パリバグループ傘下のファンドがパンクし、口座が凍結された。連鎖的に支払い不能が続出した。そのころ、米国ではサブプライムローンが破裂した。借りるときは低金利、返却も楽と言う触れ込みのこのローンは焦げ付きが続出。これに付随する数々の証券化商品が無価値になった。米第4位の投資銀行・リーマンブラザーズが破綻すると世界中の株価が暴落し、金融マヒが広がった。欧州でも英、独、仏などの4銀行がつぶれた。1929年の大恐慌いらいの金融危機だった。しかし、ユーロ圏諸国の銀行はECB(欧州中央銀行・在フランクフルト)にユーロを貸し付けてもらい、当座をしのいだ。ユーロ加盟希望国はさらに増えた。
▼ルーズな南欧と勤勉な“北の国々”
そこへ、ギリシャの“虚偽申告”がばれて、金融危機は欧州を直撃した。EUは救援策をまとめたが、ギリシャでは、それにともなう財政緊縮策に国内が納得せず、救援金を拠出する側のドイツなどアルプス以北の“アリ”の国々は「“キリギリス”の南欧に出す金はない」と怒っている。ドイツは増税、年金受給開始年齢の引き上げ、年金の減額などの試練を経て現在の国をつくった、と自負しているから我慢がならない。しかし、放っておくと危機の国々の国債は値下がり(長期金利は上昇)を続け、国家財政は破綻する。ギリシャの後、アイルランド、ポルトガル、スペインが悲鳴を上げており、とりわけ大国スペインが破綻すると収拾がつかなくなる。
ドイツではECの救援基金への拠出は他国のための支出だからドイツ憲法に違反する、と最高裁に訴えが出たが、ドイツ憲法裁判所は9月12日、合憲の判断をくだした。EUも非常事態に備えて恒久的な救援システム(ESM=欧州安定メカニズム)をつくり、加盟国の財政赤字はGDPの3%以内、政府債務の総計は同60%以内という規則の徹底も図る構えだ。ごまかしを防ぐ検査規定も整備する。ユーロは性善説に基づく通貨、と皮肉交じりに言われたEUは、やっと目を覚ましたようである。
▼ユーロ解体の是非と日本への教訓
こうして、勝ち組も負け組も、不満だらけである。「ユーロはメルトダウンに向かう」「ユーロ圏をアルプスの北と南に分けてしまえ」などの意見さえ聞かれる。しかし、発足後10年を超えたユーロは、加盟国の社会と経済にガッチリ組み込まれてしまっている。いまさら解体することはできまい、というのが現地を知る専門家の多くの見方である。
かりに、ユーロを廃止し、それぞれ元の通貨に戻ったとする。ギリシャはドラクマを復活したとたんに市場から猛烈な売りに襲われてドラクマ安のどん底になる。とてもユーロで発行した国債を買い戻すことはできないだろう。待っているのは国家破綻。安いドラクマで輸出競争力を回復し、再建を図るという目論見にも実現性は乏しい。逆にドイツの場合は、マルクに戻ったら買いが殺到して高騰し、輸出の利益など吹き飛んでしまうだろう。これも現実的ではない。地道に南欧の産業活性化、財政再建を図ってEU経済を立て直す以外に方法はないだろう、というのである。
通貨統合までやってのけた地域統合の先駆者・EUの危機は、まだよるべき地域を持たない日本にとって、重要な示唆を与えている。北東アジアの中国、韓国、極東への進出を狙うロシア、膨大な人口と若い労働力を持つASEAN(東南アジア諸国連合)の国々。「東アジア共同体」の夢はどうなるのか。南西アジア、大洋州との関係は?太平洋の向こう側との関係をどうすべきか。
欧州の地域統合研究の専門家・羽場久美子・青山学院大教授の論文(「アジアの連携 国家超え「知」結集の場を」2012.9.24朝日新聞朝刊「私の視点」)が注目すべき視点を提供している。
羽場教授は、アジアの経済規模は2030年には世界の5割を占めると予測する。教授によれば、この地域では大学とシンクタンクを大いに充実させ、国家を超えた世界レベルの問題を共同で検討する知的作業の場を持つべきである。このような場をもつことは、国家間の緊張を緩める効果も持つ。欧米と連携を持つ各国共同の研究・教育機関・ネットワークをアジアに設立することが緊急の課題である、という。これからの日本の財産が「知」であるとすれば、聴くべき貴重な意見であるように思われる。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study566:121002〕
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