費用便益分析で使われる社会的割引率はその存在自体が誤りである
- 2012年 10月 5日
- スタディルーム
- 藤﨑 清
公的な事業における事業実施の適否や優先度の判断資料を提供できる手法として費用便益分析があるが、その現行算定法には基本的な誤りがある。このことは、当サイトの「スタディルーム」に掲載された小文「お金が支配する世の中」(2011年8月17日付け)や「公的な事業の評価は正しく行われているか」(同10月2日付け)において述べたが、長い間多くの国の学界等で定説とされてきた算定法であるためか容易には理解して貰えないようである。
このため、理解促進の一助として上記2者とは異なるアプローチにより現行算定法の誤謬点を以下に説明する。
まず、借り入れた資金を投資した1年後に収益が得られてその段階ですべてを清算するような事業を想定する。現実の事業では数年から数十年の間収益が得られるのが普通であろうが、収支等の計算を簡単にして問題の本質を分かりやすく示せるようこの想定をした。なお、貨幣価値は不変であるとする。
投資資金が年利率0.04(4%)の借入金100万円であれば1年後の借入残高は100×(1+0.04)=104万円であるから収益が104万円未満であれば事業は欠損となる。このため、例えば1年後の103万円は現時点の100万円より価値が低いこととなり、1年後の104万円と現時点の100万円とが同価値であるという見方が出てくる。このことを、1年後の104万円の現時点での評価値(以下、「現在評価値」という。)は100万円、すなわち、1年後の100万円の現在評価値は100/(1+0.04)≒96万円である、と表現することがある。将来時点のある一定金額は借入金利率によって割引されてはじめて現時点での同じ一定金額と同じ価値を持つと考えるのである。割引現在価値という用語はこの見方に由来している。
しかし、仮にその投資資金が無利子の資金であるとすれば1年後の100万円の現在評価値は100万円となるから、借入金利率が一定である社会があったとしても1年後の100万円の現在評価値はα円であると普遍的に言えるようなものではない。
営利企業における事業採択等に関する判断資料を提供する手法である私的費用便益分析(収支分析)では、他の要素が仮に等値であっても投資資金の利率が異なれば採択の分岐点その他の分析結果を異にすることとなるが、上述のことから分かるように当然のことである。
ところで、標準的な借入金利率が0.04である社会において、100万円の投資により104万円の収益が得られることはないものの社会的には必須な事業があるとしよう。その場合、営利企業がその事業を行うことはないから、政府等が助成や公金投入をして事業を実現させるのが普通であろう。こういう事業(公的事業)について事業実施の適否等に関する判断資料を提供する費用便益分析の算定法は、私的費用便益分析のそれを基にして導かれたものであるが、その導入の際に、後者の算定式における収入額の項を前者のそれにおいては便益額(公的事業が地域住民等にもたらす便益の貨幣価値評価額)の項に置き換えるほか、後者における借入金利率の項を前者においては社会的割引率の項に置き換えて、その割引率としては国により一定の値(現在わが国では0.04としている。)を用いることとした。この前者の置き換えは妥当なものであるが、後者のそれは不当なものである。以下にそれが不当である理由を述べる。
営利事業では、先に想定した事業の例で示したように、投資資金の元利合計額を返済できるだけの収益額(収入額から維持管理費を控除したもの)が得られるか否かが事業採否の分岐点となる。すなわち、投資資金とその利子との合計額以上の収益額が得られる事業が採択可となるのであって、私的費用便益分析の算定式はそれに適合するものとなっている。この算定式の収益額を純便益額(便益額から維持管理費を控除したもの)に、借入金利率を社会的割引率に置き換えたものが費用便益分析の算定式である。従って、無利子資金や公金を投入した事業であっても、その投入額を利率0.04の借入金とみなしてその元利合計額以上の純便益額を提供する事業を採択可とすることになる。営利事業でさえ無利子資金を投入した場合は投入金額以上の収益が得られれば採択可とされるから、公的事業で無利子資金を投入した場合は投入額に相当する純便益額さえ提供できれば採択可とされて当然である。しかるに、無利子資金どころか公金投入の場合であっても投入額相当の純便益額に加えて投入額の利子分相当の純便益額をも提供できなければ採択可とはされないのである。社会的割引率が不当な存在であることはこの一事からも明白である。
現在、社会的割引率が必要である理由は将来時点の価値を現時点で評価する際にはその価値を割引する必要があるからとされている。この割引の考え方が不当なものであることは冒頭に掲げた二編の小文において述べたので繰り返さないが、次の一事だけを付け加えておきたい。
いま、仮にこの割引が正当であるとすれば、私的費用便益分析の算定式においても借入金利率による割引(これは債務償還のための割引であって将来の価値の割引ではない。)のほかに社会的割引率による割引をも行う必要が生ずる。そしてその場合、借入金利率が0.04の場合は社会的割引率の0.04を加えた0.08の率で割り引くことになる。冒頭付近で想定した事業であれば、100万円投資した1年後108万円の収益が得られなければ採択されない。事業成立に必要な収益の2倍以上の収益が得られる事業でなければ採択すべきでないことになる。借入金利率が0.02であれば同じく4倍以上となる。そしてこの差は事業継続年数増加に伴い加速度的に拡大するのである。このような算定法が営利企業に受け入れられるはずはなかろう。結局、将来時点の価値の割引が正当であるという仮定は誤りであることになる。
費用便益分析の現行算定式から社会的割引率を排除すれば事業採択の分岐点や優先順位は異なってくる。このことは不当な社会的割引率を用いる現行算定式は誤った分岐点や優先順位を与えるものであることを意味する。公金の不当支出にもつながるものと言える。
現行算定式から社会的割引率を排除する改定は早急に行われなければならない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study567:121005〕
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