「初めてアピールした小沢一郎氏の貫禄―“巨大な政治家”と菅直人首相」
- 2010年 9月 3日
- 時代をみる
- 瀬戸栄一
次の内閣総理大臣を事実上選ぶ民主党代表選挙は1日告示され、翌2日には日本記者クラブで菅直人現首相(代表)と小沢一郎前幹事長(元代表)の2候補が2時間余にわたり歯に衣着せぬ論戦を繰り広げた。現首相の菅氏は首相としての仕事をおろそかにしない選挙戦術を基本とする立場から発言はどうしても「首相としての枠」にとらわれ勝ちだったが、会見現場の記者たちを含め全国中継のテレビ画面を見つめる有権者にとって、圧倒的な興味と関心の対象になったのが小沢一郎氏である。
その結果、根っからの「小沢嫌い」の人々は別として、長い間政治の中心にいながら「政治とカネ」とか政局裏工作専門の豪腕政治家というイメージに覆われて、その「正体」がいつまでもはっきりしなかった小沢氏が、意外や意外、カリスマ性と貫禄十分の政治家であることが多くの視聴者に鮮明になった。それゆえに、14日の代表選投票日に小沢氏が勝利するかどうかはまだまだ不透明だが、極めて強力な代表=首相候補であることは否定し難い印象である。
菅首相も思わず「小沢氏という巨大な政治家との選挙を勝ち抜けば国民から大きな力をいただくことができる。強い指導性をもって内外の課題に積極果敢に取り組む」と述べ、小沢氏が「巨大な政治家」であることを、皮肉交じりながらつい認めてしまった。菅首相は1日の記者会見でも2日の日本記者クラブ会見でも、横にいる小沢氏を評して「カネと数をあまりに重視する政治こそが古い政治だ。小沢氏の政治はカネと数の原理が色濃くある」とまるで野党の論客のように同じ政党の実力者を真っ向から批判した。
菅首相の持ち味である攻撃性と勇敢さをあえてアピールする作戦からだったが、代表選で勝てば引き続き首相のポストをこなす。応援団の間からさえ「やりすぎだ」「自重すべきだ」などと心配する声さえ出た。
▽心臓は大丈夫だ
それはともかく小沢氏は、1989年夏ごろ47歳の若さで自民党幹事長に抜擢されてから約21年間、これくらい興味と関心を浴びながら国民の目に「正体」が晒されなかった政治家も珍しい。1993年自民党を離党、新生党を結成して非自民の細川護煕政権を樹立、短期間で崩壊すると今度は将来の政権交代を標榜して新進党を結成。
内部分裂すると、「純化路線」で自由党に衣替え、いったんは自民党と組んで自自公連立政権を発足させたが、ここでもそりが合わず結局、菅直人、鳩山由紀夫らの民主党と合併した。
目標は自民党を選挙で倒しての政権交代である。ついに2009年8月30日、衆院選圧勝で政権交代を成し遂げたもののわずか8ヶ月で政治とカネ問題で行き詰まり、鳩山首相と「討ち死に」する形でことし6月2日、民主党幹事長を辞任した。それから3ヶ月、今度は不死鳥のように立ち直り、菅直人氏と民主党代表=首相の座を争っている。
47歳の若き幹事長も歳月を経て68歳。一時は「首相の座は本人も健康上の理由(心臓病)から断念している」と各方面でうわさされてきたが、2日の日本記者クラブ会見でその点をずばり問われ「20年近く前に心臓の病気をした。それ以後摂生を重ね、どのような職責に就いても健康は大丈夫だ」と笑顔で答えた。
▽時々モグラになった
この20年余、これだけ派手に動き回り政治工作に明け暮れた小沢氏でありながら、真の人物像があからさまに定着したことはなかった。ご本人がモグラのように肝心の局面で姿をくらましたからである。
その代わり推測交じりのイメージがあちこち一人歩きした。豪腕、ヤミ将軍、恫喝する強面政治家、東北人独特のシャイで口下手、二人だけの場での説得工作の天才、猛獣、独裁者、公共事業の配分を牛耳るカネまみれの古い政治家―。他方では90年代初めにベストセラーとなった著書「日本改造計画」では日本人の自立性の弱さを指摘し、官僚批判と政治主導を説き、国連中心主義の安保政策を何度も訴えた。平等・対等の日米同盟関係と中国重視も自説の中心だった。
▽わたしは逃げない
これだけの多彩な政治家でありながら「正体がよくわからない」とか「マスコミがつくった虚像」(故竹下元首相)といわれ続けたのはなぜか。
ひところは日曜のテレビ討論番組にも時折、登場したが、大体が司会者やキャスターとのやり取りを出演条件にし、対立政党の政治家との討論を嫌った。昨年3月、東北地方の公共事業口利き疑惑で公設第一秘書が突然逮捕されてからは、テレビはもちろん国会での発言は一切避け、5月に代表を辞任した。
それでも選挙担当の代表代行として衆院選現場に戻るや否や8月30日衆院選で歴史的な政権交代を実現させた。そして、ことし1月、今度は3人の秘書が政治資金団体の虚偽報告容疑で逮捕され、本人は東京地検の任意事情聴取に応じ、「嫌疑不十分・不起訴」処分を勝ち取った。それでも市民で構成する検察審査会から「不起訴不当」の議決を公表された。
この件について2日の記者会見で質問され、小沢氏は「犯罪事実はないと検察当局から2度も不起訴の結論が出た。検察審査会のみなさんもよく理解してくれるものと信じている。わたしは逃げない」と言い切った。
▽個性ある政治家
こうした正体不明だった小沢一郎氏がいま、日本国の最高指導者に名乗りを挙げているのが民主党代表選だ。2日の記者会見は、小沢氏が20年余の修羅場を経て鍛えられ、これまでなら怒って席を立つような質問を浴びせられても、貫禄十分に発言する指導的政治家であることを示した。
この個性的な人物が最高指導者になれば、あるいは日本の政治家の不評が覆り、国際的にも再評価を受けるかもしれない、というのが筆者の率直な感想である。参院選で大敗を喫した菅首相では、受けたダメージがあまりに大きく、ひたすら難局を乗り切るのが精一杯、野党に追い詰められると政権の持続は不能ではなかろうか。(了)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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