青山森人の東チモールだより 第225号(2012年12月9日)
- 2012年 12月 12日
- 評論・紹介・意見
- 借金公共事業東チモール青山森人
借金の世界に踏み込んでしまった東チモール
日本から52億7800万円の円借款
前号の『東チモールだより』(第224号)で、11月「民主主義フォーラム」が開催中のバリ島でシャナナ=グズマン首相と榛葉外務副大臣が会談したさいに、シャナナ首相は国道建設のための円借款に感謝したことを書きました。
この円借款は今年の3月にシャナナ首相とエミリア=ピレス財務大臣が訪日したときに(その前に当時のジョゼ=ラモス=オルタ大統領とザカリアス=ダ=コスタ外相の来日があった)両政府のあいだで署名され決まりました。東チモールへの円借款はこれが初めてのことであり、限度額は52億7800万円(約6300万ドル)、金利は年0.7%、償還期間は30年(10年の据置期間を含む)です。いま日本の銀行に預金すれば金利は年0.02%程度であることを考えれば(この二つの数字を並べてもしょうがないかもしれないが)東南アジア最貧国といわれる国からなんという高利貸しをするのだろう……、あるいは、日本の銀行の低金利は「超」がつくほどすさまじいなぁ……と両方を想ってしまいます。
この円借款については大統領選挙最中にあった東チモールでも大きく報じられました。首都デリ(ディリ、Dili)と第二の都市バウカウを結ぶ約116kmの道路整備に使われることが決められているようです。
道路整備のための借金
道路のための借款は列をなしています。例えば、今年5月に東チモール政府とアジア開発銀行は4000万ドルの多国間借款に合意し、2015年までに完了予定であるデリ~リキサ~グレノを結ぶ道路整備にこの資金をあてる予定です。
東チモールの市民調査団体「ラオ ハムトゥック」(La’o Hamutuk=ともに歩む)の資料によれば、このアジア開発銀行からの借金のなかに二種類の異なった金利形態があります。ひとつは緩い金利、もう一つは通常の商業的な金利です。デリ~リキサ間の29kmの道路整備のための910万ドルには緩い利子があてられ、リキサ地方のデリに近いティバールからエルメラ地方の中心都市グレノを結ぶ32kmの道路整備のための3090万ドルという大金には通常の利子があてられています。また、マナトト~ナタルボラ間の道路整備のためにアジア開発銀行からの7500万ドルの融資をうける計画話も不確定ながらあるようです。
さらに、デリ~アイナロ~サメ~エルメラを結ぶ道路整備に世界銀行から4000万ドルを借りる計画があります。その中身はやはり二種類あります。同銀行グループの国際開発協会から緩やかな利子条件付きの2000万ドルと、通常の利子の2000万ドルです。
緩やかな金利で誘って、通常の金利のお金も借りてもらう……国際社会は巧妙に東チモールを借金の世界に導いているように見うけられます。
巨大な公共事業はいま東チモールに必要か
また中国からは首都の下水工事として4000万ドルもの融資をうける計画もあります。 そして極めつけは、「戦略的開発計画」の目玉である「タシマネ計画」(南岸地域開発計画、[東チモールだより]第221号参照)の高速道路建設計画です。これには2億ドル以上の融資を必要とされるといわれますが、実際のところ「タシマネ計画」の詳細な見積もりはされておらず、それ以上の金額を借りなくてはならない可能性は大いにあります。「戦略的開発計画」にはこの他、空港の整備や送電網などなど、巨大な公共事業が目白押しです。
このような巨大プロジェクトはいまの東チモールに必要でしょうか。いまの東チモールに必要な事業は何でしょうか。
国民・市民の健康を守るために欠かせないのはきれいな飲み水です。東チモールに暮らす者の天敵であるデング熱には良薬はなく、きれいな水を飲んで静養するしか治療方法はないといわれています。きれいでない水は体力の弱い者からさらに体力を奪い、命さえも奪います。
首都のベコラ地区では雨が降ると水道管に泥水が入り込んで、水道からの水が使えなくなり水不足になるという皮肉な現象が起きます。そうかと思えば、年がら年中、細い水道管から水漏れが生じ、その度に住民はゴムバンドで穴を塞ぎますが、あくまでも一時しのぎの処置です。すぐに水が吹き出てしまいます。水不足の季節を迎えても水道管から水が漏れて周りをビショビショに濡らすのが東チモールです。もったいないったらありゃしません。しかし役人や行政機関が修理に来るでもありません。放置されているのです。ベコラ地区だけでなく首都全体がそうです。水漏れの風景はわたしが長期滞在を始めた1999年から今日まで変わることがなく、むしろ増えているくらいです。ちょっとした補修工事で水が住民に行き渡るのに、それができない政治や社会のあり方のままでは、いくら巨額の公共事業費を投じても住民に幸福をもたらしはしないことでしょう。
水にかんして首都でさえこの有様です。もっと放置されている地方はさらに悲惨です。水の例はあくまでも一例です。このような事例は他にもいくらでもあります。ほんのちょっとの工夫だけで生活が向上できる“隠れた資源”は東チモールのなかにたくさんあります。それをまず利用する社会態勢を獲得することが、いま東チモールに一番必要な事業だとわたしの目には映ります。
地に根がはったきめ細かい事業をすれば費用は小額でも絶大な効果を生むことができるはずです。住民と対話を重ねて抵抗運動した東チモールの指導者が、もしいま住民と対話を重ねて公共事業をするならば、借金をするほどの事業費を使わなくても絶大な効果を生むことができるはずですが、残念ながらシャナナ連立政権は、一部の者にしか利益が配分されない型の公共事業に引きずり込まれてしまったようです。これではたしかに机上のうえでは高い経済成長率は保つかもしれませんが、一方、お金がなくともなんとなく生きていける庶民の余裕が失われ、貧富の差が痛々しく拡大していくのもまた現実です。
押し寄せる開発と借金の波
チモール海の「共同開発区域」の採掘権から得られる収入が東チモールの国家財源の90%以上を占めていますが、現在採掘されている油田は、借金を返済する締め切り期限を待たずして枯渇するであろうといわれています。したがってこの財源では借金は返せない、かといって「グレーターサンライズ」のガス田からの収入はまだまだ確かなものではありません。
このような不確かさのなかで東チモールの身の丈に合わない公共事業をごり押しすれば、近い将来、東チモールは借金地獄に堕ち、一般庶民とくに第一次産業の従事する人びとをさらなる貧困に追い込むことでしょう。そして大勢の東チモールの若者はせいぜい低賃金の建設労働者としての“利益”を得るだけで、公共事業周辺では利権絡みの汚職と腐敗と縁故主義が渦巻き、政府は堕落する危険性があります。ここに真の開発と本物の発展がないことをわたしたちはすでに世界中で目撃しています。そしてこれが貧しい国では武力衝突につながる政情不安を招くこともうんざりするほど目撃していることです。
外国または国際金融機関からの借金といえば、思い出すのがマリ=アルカテリ首相です。アルカテリ首相が辞任に追い込まれた2006年の「東チモール危機」が勃発したとき、国際社会はいうことを聞かないアルカテリ首相を排除しようしたという噂がたったものです。いうことを聞かない事のなかに、借金しないことが含まれていました。一般に人気のない、どちらかといえば嫌われ役のアルカテリ首相でしたが、借金を拒む姿勢については知識人から一目を置かれていました。シャナナ首相もしばらくは借金をしませんでしたが、2009年からは借金する方向に舵をとりはじめ、野党フレテリンだけでなく知識層から厳しい批判の目が注がれだしたのです。フレテリンが支持率を約30%から上げることができない状態ながら、知識層から批判が向けられるシャナナ首相は来る総選挙では安泰ではなく、総選挙前に実施される大統領選挙で人気の高いタウル=マタン=ルアク候補を支持することで自らの支持も確保し、政権を維持することができたのです。
今年2012年、とうとう東チモールは借金の世界に足を踏み入れてしまいました。シャナナ第二次連立政権・東チモール第五次立憲政府は公共事業を推進しようとしています。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion1106:121212〕