青山森人の東チモールだより 第226号(2012年12月26日)
- 2012年 12月 27日
- 評論・紹介・意見
- 東チモール汚職青山森人
美しいビルの陰に隠される貧困と惨めさ
1998年3月11日、ジャカルタに囚われの身となっている解放軍のシャナナ=グズマン総司令官に代わって現場の闘争指揮を執っていたニノ=コニス=サンタナ司令官が亡くなりました。「3.11」は東チモールにとってゲリラの英雄の命日なのです。
コニス=サンタナ司令官の亡骸は西部エルメラ地方のメルトゥトゥ(Mertutu)という村の隠れ家に埋葬されていました。コニス=サンタナ司令官の故郷は東端部ラウテン地方(Lautem、“ラウテム”と訳す日本語にお目にかかることがあるが、“ラウテン”が正しい)のトゥトゥアラ(Tutuala)という村ですが、司令官が闘い、そして死んでいったトゥトゥアラに眠っていました。
わたしが今月半ばに受けた連絡によると、コニス=サンタナ司令官の亡骸は英雄墓地に移送されたようです。まず9日、タウル=マタン=ルアク大統領も出席する式典とともに亡骸がとり出され、そして12日(あるいは13日か)に首都デリ(ディリ、Dili)に運ばれました。その翌日、生まれ故郷・トゥトゥアラ村に里帰りをし、18日、デリにもどってコニス=サンタナ司令官の家族は公式に亡骸を国家に引き渡します。そして20日、デリ郊外に近いメティナロ(Metinaro、国防軍の施設がある場所)に移され、コニス=サンタナ司令官の亡骸はそこの英雄墓地に埋葬されます。
解放闘争の最高指導者シャナナ=グズマンがインドネシア軍に逮捕された1992年から住民投票の1999年までの間、民衆とともに苦しい戦いを耐えて抵抗運動を指導した解放軍司令官の一人であるニノ=コニス=サンタナ司令官の誠実さはいまだに東チモール人の心をとらえ――しばし痛々しさも伴って――揺さぶっています。亡骸が英雄墓地に移されたこの12月、おそらく大勢の国民・市民の涙をあらためて誘っていることでしょう。
ルシア=ロバト前法務大臣、有罪、5年の刑
「東チモールだより 第215号」で、今年の5月30日、汚職・権力の濫用・文書偽造の容疑で起訴されていたルシア=ロバト法務大臣(当時)にたいし検察側が12年の禁固刑を求めたことを書きました。その後の経過をついつい書きそびれてしまいましたが、決して放置していたわけではありません。このたび最高裁の判決が出ました。
デリ地方裁判所による第一審は3年半の判決でした。無罪を主張するルシア=ロバト被告はこれを不服として控訴した結果、12月12日、控訴裁判所は第一審より刑を一年半上乗せして5年の刑をルシア=ロバト前法務大臣に言い渡したのです。
第一次シャナナ=グズマン連立政権で法務大臣を務めていたルシア=ロバトの汚職疑惑が『テンポ=セマナル』紙により暴露されると、逆に法務大臣は『テンポ=セマナル』紙を名誉毀損で告訴し、同紙のジョゼ=ベロ主宰が6年の刑に服する可能性もあったことから、この汚職疑惑は報道の自由を巻き込んでオーストラリアでも大きく報道されました。結局、前法務大臣の5年の刑でこの件は一応の幕がおりたのです。
東チモールでは控訴裁判所は日本の最高裁判所に相当するので、これで刑が確定したと思われます。しかし大臣職を務めた人物となると、何らかの政治的配慮がなされたとしても、これまでの東チモールで起こったことを思い起こすと驚くに値しません。現在の第二次シャナナ連立政権がルシア=ロバトの立場をどのように考えているかに依ることでしょう。つまり、前大臣が投獄されることで政治的社会情勢が不穏になると考えるなら、“国益”を考慮して裏から手を回して前法務大臣を擁護するかもしれません。例えば、刑務所暮らしはすぐ終わって自宅軟禁にするとか、大統領に恩赦するよう申し入れるとか……。もし政府が前法務大臣を擁護する価値はないと考えれば、手を回さないことでしょう。なお、日本のように大臣の任命責任を首相が声高に問われることは東チモールではありません。前法務大臣が有罪の判決をうけたことについてシャナナ首相は無傷といって差し支えないと思います。
今度は財務大臣の番か
ルシア=ロバト前法務大臣の件に続いて、いまエミリア=ピレス財務大臣の縁故主義が批判をうけているところです。エミリア=ピレス財務大臣は第一次シャナナ連立政権でも財務大臣を務めています。
財務大臣をめぐる件とは、病院への設備事業(ベッド購入)が大臣の夫が経営する会社に発注されたことです。財務大臣の知らぬところで偶然そうなったのか、意図的か、違法行為にあたるのか、汚職にあたるのか……、この件について「反汚職委員会」が正式に調査にあたるべきだという声が国会からもあがってきています。今後、財務大臣とその夫の会社の関係が、シャナナ連立政権の「戦略的開発計画」の目玉である「タシマネ計画」([グレーター=サンライズ]ガス田開発の基地としての南岸地方を開発する計画)に響かないともかぎりません。財務大臣の兄弟であるアルフレド=ピレス天然資源大臣にも縁故主義の厳しい批判が飛び火するかもしれないからです。実際、ピレス家とその仲間がシャナナ政権の名の下に巨大プロジェクトを我が物にしようとしているという懸念がすでに出ています。
国づくりのための公共事業が一部の人間に富をもたらす汚職・腐敗や縁故主義に陥ってしまい、恩恵をうけるべき庶民はいまだに戦争の傷跡から精神的にも肉体的に抜け出すことができていません。豪華な政府関係の庁舎が建設ラッシュにある一方で、ゴミをあさる庶民が目立ってきました。シャナナ首相には自ら1999年新年のメッセージで語ったことを想起してほしいとわたしは願います。たとえば次の内容はシャナナ連立政権へそのままかえってきます。
「われわれは自分たちの民族解放闘争を通して、世界中の解放闘争の歴史を研究する必要以上の時間を得た。多くの独立国は“国の運命を管理する権利”の何たるかを理解していないことを示している。指導者たちは深刻な社会・政治の問題と悲しむべき経済的苦難に直面している。こうした国々では独立は平和と理解を市民にもたらさなかった。こうした国々では独立は住民の生活を改善しなかった。
インドネシア自身が第三世界の政策を映し出している。貧困と惨めさが大都会ジャカルタの美しいビルの陰に隠されている。独立から五〇年、社会矛盾は手に負えなくなり、海外債務は国民一人頭四〇〇万ルピアに達し、九〇〇〇万のインドネシア人が最低限以下の貧困状態で暮らしているのだ」(拙著『東チモール 抵抗するは勝利なり』[社会評論社、1999年]より)。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion1123:121227〕
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