日本金融市場の栄光と挫折―実務家が見た自由化と国際化
- 2010年 9月 10日
- 評論・紹介・意見
- 半澤健市戦後日本金融史書評
書評 河村健吉著『影の銀行―もう一つの戦後金融史』(中公新書)
《金融実務家による戦後金融史》
著者は67年から99年まで三井信託銀行(現中央三井信託銀行)に勤務して、主に企業年金業務に関わった。『企業年金危機』など年金関連の著書も多い。私(半澤)も同業者だったので非常に興味深く読んだ。本書は金融実務家による戦後金融史の力作である。新書版260頁の小冊子ながら半世紀にわたる証券市場の変貌を活写している。
タイトルの「影の銀行」は07年に紹介された新語である。金融当局の規制を受けない金融機関のことで、ヘッジファンド、ノンバンクなどがその典型だ。それらのプレーヤーは、どのように、なにゆえに、金融市場に登場したのか。そして、どのように、金融市場の巨大化と混乱を招いたのか。彼らは、金融史の文脈に、どのように位置づけられるのか。これが本書の問題意識である。著作の主な舞台は日本の金融市場だが、時に視点は「シティ」(ロンドン金融街)から「ウォール街」に及び、世界的な金融巨人の活動に至る。
《半世紀間の金融市場の変化》
著者は過去50年間を考察する。この半世紀は、73年の「オイルショック」を分岐点とする90年までの「成長期」と、バブル崩壊以降の20年におよぶ「停滞期」から成る。オイルショックまでは、「資本不足の時代」であった。資金需要は無限大で預金さえ集めれば銀行は儲かった。著者の語る預金集め競争のエピソードを読んで同じ苦労をした私は微苦笑した。
舞台が動き出したのはオイルショック以後である。
71年の米ドルの金兌換停止からドラマは始まった。日銀のドル買いから過剰流動性が発生した。外貨準備高は1年で3・5倍になった。資本不足は解消し、壮大なカネ余りが出現した。土地・株・商品への投機が発生し物価騰貴が起こった。そこへ石油危機が突発したのである。貿易収支の悪化、インフレ、不況が一気にきた。74年の経済成長は戦後初のマイナスとなる。
不況対策として国債の大量発行が始まった。その残高は83年に100兆円を超えた。国債大量発行は、流通市場の成立をもたらすと共に金利の自由化を促した。国際通貨市場はすでに変動相場制に移行している。日本金融市場の開放を求める米国は、「円ドル委員会」を拠点に開放への圧力を強める。85年のプラザ合意に同調した日銀は金融緩和、信用膨張によって政府の内需拡大に協力した。80年代後半のバブル発生の起点である。バブル時期の株式、不動産投機に、金融機関はどのように関わったか。「特金(とっきん)」、「ファンド・トラスト(ファントラ)」、「住専」、「サラ金」などのノンバンクが日本版「影の銀行」としてバブルの生成と崩壊の主役となった。日本版「影の銀行」認識は著者の新説だと思う。現場感覚を駆使しての「影の銀行」の喜劇的な登場と悲劇的な退場が詳説される。
《バブル崩壊と「影の銀行」の存在》
バブル崩壊後、日本の金融機関は不良債権の償却に追われ、メガバンクへの大合同劇が進行した。不良債権処理の実態、バブルが銀行経営に与えた打撃、低金利政策による預金者から債務者への所得移転、国際収支構造における巨大企業、国際収支における巨額な投資利益、など息を飲む叙述が展開する。
「影の銀行」shadow banking systemは、「従来型の銀行」traditional banking systemに対するものである。米国の実例による説明がなされる。その結論は、アメリカの金融機関は「従来型の銀行」、「機関投資家」、「影の銀行」の三層構造に変貌した、とするものだ。
08年時点で米国の全金融機関の総資産は約60兆ドル(6千兆円)だが、うち従来型「商業銀行」の資産は4分の1の15兆ドル(1500兆円)に過ぎない。「銀行」以外のカテゴリーは「保険・年金・投信」、「GSE(連邦政府支援機関=具体的には「ファニー・メイ」など)・資産担保証券・金融会社」、「証券」である。
日本の「影の銀行」は、米国に比べて構成比が低く商業銀行の比率が圧倒的に高い。
「影の銀行」の巨大化は、金融投機を加速させ金融の不安定要因となる。金融投機の崩壊は経済活動と国民生活に深刻な影響を与える。マネー膨張の根源にあるのは、極端な信用創造であった。「レバレッジ(梃子)」というも、金融工学の技法を駆使するというも、事柄の本質は変わらない。結局は実物経済を離れて膨張したマネーの暴走である。
著者は最後に「影の銀行」に対する規制の必要を述べる。現在検討されている規制の主な内容は、「金融機関の規制強化」、「通貨取引税の創設」、「肥大化した金融の適正化」であるという。
《問題の大きさにたじろぐ》
内容濃密な本書を駆け足で紹介した。私の感想を書いておく。
第一に、半世紀間の金融市場の変貌の大きさを痛感した。
私も金融マンのはしくれとして金融市場変化のイメージはもっていた。しかし著者の視野の広い分析によって大いに蒙を啓かれた。金融市場の急速な巨大化にはあらためてあ然とする。「影の銀行」の出現と失敗は、「29年大恐慌」に学んだ「証券と銀行」の業務分離の放棄(99年の「グラム・リーチ・ブライリー法」)と、それを合法的に悪用した「強欲な者たち」の合作であった。今後、新しい規制ができても新しい「強欲な者たち」が、新しい「影の銀行」を創造するだろうと思う。なお、本書を飾る72個の見やすい図表が極めて有用であった。山田信也という図版制作担当者の見事な成果である。
第二に、日本における「不良債権処理」や「公的資金運用」への監視や責任追及の不徹底さである。私は08年7月9日の本欄に「公的年金運用の問題点は何か」として「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の運用成果を紹介した。事実を述べたつもりだったが、本書著者のもつ問題意識はなかった。恥ずかしいことである。そのとき私は「株式が健全な投資の重要な対象であることを疑ったことは一度もない」と書いたが、本書の分析を読んでその確信が揺らいだことを白状する。
特に著者は公的年金運用に関して次の5点を指摘する
①目標利回りを設定していないこと
②運用責任の追及システムが存在しないこと
③運用機関などへの運用報酬が288億円も支払われていること
④08年度に政府の株価買い支えに協力した可能性があること
⑤そもそも積立方式自体の是非が論じられていないこと
いずれも「由々しき問題」であり、きわめて適切な指摘である。
第三に、本書の記述が精緻かつ論理的であるだけに理解が難しいことである。
必ずしも著者の責任ではない。年金問題は全国民的なテーマだが、仕組自体が難解なのである。記帳の失敗については我々の記憶に新しい。システム改善には、拠出者と受給者の理解が要る。それには「教育」を含む、気が遠くなるような作業とコストが必要であろう。
我々は「お上」を信じて経済成長のみを求めて邁進してきた。国民的課題への当事者参加の具体策はどうすべきか。本書はそんな課題まで考えさせてくれる。
本書は客観的な記述に徹して成功している。
しかし、これだけ材料をもつ著者に、「怒り」や「批判」を爆発させた書物を書いて欲しい気がする。著者のそうした心情は本書にも垣間見えるので私はそういうのである。
■河村健吉著『影の銀行―もう一つの戦後日本金融史』、中公文庫、中央公論新社・10年8月刊、860円+税
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〔opinion127:100910〕
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