体罰はなくならない
- 2013年 2月 22日
- 評論・紹介・意見
- スポーツ体罰阿部治平
――八ヶ岳山麓から(59)――
大阪・桜宮高校のバスケットボール部顧問(コーチ)の体罰から自殺に至った深刻な事態が明らかになったのをきっかけに、「勝つために必要」と黙認されてきた体罰=暴力的指導の実態がつぎつぎに明るみに出てきた。
さらに柔道女子ナショナルチームの選手15人が連名で、強化練習の中で暴力行為やハラスメントがあり心身ともに深く傷ついたとして、JOCに監督・コーチを告発したことが明らかになった。これが国際柔道連盟から批判され、文科大臣が日本スポーツの危機状況を指摘するなど、体育界全体に存在する暴力容認体質が国際的に問われる事態となった。
暴力的指導容認の世論は強固である。
予想されたことではあるが、桜宮高校のバレーボール顧問に対しては、バレー部卒業生や現役生徒は「先生がやってきたことは間違っていない」などと擁護し、熱血指導で全国大会常連校にした顧問はすばらしいという声が上がった。長野県岡谷市東部中学でも、生徒の頭にボールをぶっつけたりして処分を受けた教師の復帰願いが保護者から教委宛出された。
「毎日新聞」の世論調査では「体罰認めず53%、一定の範囲で容認42%」という結果である。とくに注目されるのは、20代と30代の若い世代で「認めてもよい」が、「認めるべきでない」より多かったことである。
部活動は一種の密室である。
私が現役教師のとき、学校ではコーチを顧問というが顧問教師が生徒を殴って鼓膜を破ったことがある。母親が生徒指導主任の私に涙ながらに事実を訴えた。だが校長を通して県教委に報告しようと提案すると、母親は必死になって止めにかかった。「娘はこのスポーツが好きで学校へ来ているようなものだから、顧問から睨まれて部活動を止める羽目になったら、怪我をするよりみじめになる」というのであった。
当の顧問に事実を確かめると、「我々もまた殴られてだんだん強くなったんですよ」といった。これについて校長は「平手でなくげんこつでやればいいのに」といい、教頭は「気持が通じていれば、叩いても問題にならないのだが」といっただけだった。
毎年のように教師による傷害事件があり、毎年のように体罰を避けよという通達があったと私は記憶している。
ある運動部がインターハイ(高校全国大会)などに出場しようものなら、この部は校内の予算配分などでも特権的存在となり、2,3回重なると部顧問は校長をしのぐほどの権威をもつことは、大阪市桜宮高校の例をまつまでもなく明らかである。
いやインターハイといわずとも、高校野球は(この頃ではサッカーなども)、地方大会からテレビ中継されたりするから、部員の非行(学校用語で「問題行動」という)も校内で隠蔽されるのが普通である。私が退職直前に勤務した高校は二流の進学校だったが、運動部生徒が授業中に熟睡していても誰も注意しなかった。授業が受けられないほど長時間の練習をし、その練習が暴力に彩られていても、異常とも思わない感覚は学校にはびこっている。
スポーツをすることで自己管理能力が身につくと、ひとは思うかもしれない。とんでもない間違いだ。私は運動部員の生徒が暴力からか疲労からか教室でいつもぼんやりした表情をしていたのを思い出す。
暴力は教師から生徒へ、上級生から下級生へと継承される。
もう20年ほど前になろうか、高校野球甲子園大会で選手を公然とぶん殴った監督がいたが、いま体罰で大騒ぎするテレビも新聞も当時は問題にしなかった。最近ではテレビに出演した元プロ野球選手が「私も先輩からぶん殴られて強くなったんですよ」と語っていた。
あなたが中学高校の運動部活動の内幕をみる機会があれば、上級生による旧日本陸軍内務班レベルの強圧的支配を目にすることが「しばしば」あるだろう。大学はもっとひどいかもしれない。
私が登山中によく見たのは、下級生が重い荷を担ぎ、気息奄々として歩く後ろから、何も持たない「先輩」がピッケルで部員の尻を叩く風景であった。当時はこれで過労や熱中症のため命を失ったものもいた。
数十年前、東京オリンピック後、大学も含めた学校スポーツに大松博文氏の「根性」を鍛える方法が入ったとき、同時に暴力的指導も密輸入された。大松氏が「守備は最大の攻撃」として回転レシーブなどの創造的技術を「東洋の魔女」に指導したことはよく知られているが、それに伴ったのは過酷な練習であった。
そこに暴力があったかどうかは私には確かめられない。だが1965年に大松氏が中国周恩来総理に招かれて中国でバレーボールを指導をしたとき、周恩来は練習を見て「殴らなくてもよいではないか」といったと伝えられた。
大松以後、暴力をともなう指導は学校の中でじょじょに市民権を得てきたと私は理解している。そして教師同士でも生理中の女教師を「プールに入れ」と強制するようなことも起ったのである。
指導する方もされる方も、競争原理に幾重にも縛りつけられている。
スポーツ界では成績を上げることが第一だ。指導チームが強くなることはコーチ・監督の出世を意味する。暴力問題をおこした教師が管理職に格上げされた例はいくらでもある。指導される方も成績を上げると進学や就職に有利になる。学校は生徒募集が楽になる。スポンサー企業はよい宣伝になる。
だから暴力問題があからさまになっても、校長は教委などに報告しない。報告を受けた教委も断固とした処分をしない。処分をしても公表しないのは周知のとおりである。運動部員の非行を告発などしようものなら袋叩きにあう。
JOC傘下の団体も、公式の答を求められた時は「暴力的指導はなかった」と答える。さらに暴力コーチに関して周辺人物は「私は暴力的指導を受けなかった」とか、「人格者だ」と持上げるのも通例である。いよいよ逃れられないときになって、関係者らは「世間をお騒がせして申訳ない」と無意味なワビをいって、いつもどおり嵐が過ぎるのを待つ。
今回桜宮高校事件がマスメディアで従来よりも大きく取上げられたのは、以前は体罰を容認していた大阪市長橋下徹氏がにわかに宗旨を変えて、「体育科系の入試中止」「廃校も検討する」として「世間をお騒がせ」したからである。橋下市長は大阪市役所で公務にかかわる自殺者が出たら「市役所の存廃を検討する」のだろうか。
橋下氏がこの事件を奇貨として教育行政に対する支配を強化しようとしたのは、誰の目にも明らかである。だが、どんなに才能ある市長が教育現場を支配したからといって、スポーツ界あるいは学校の中から暴力的指導はなくならない。
いま指導者は、たいてい従来型の「先輩」かコーチにしか教えられていない。ここに暴力の根がある。たとえば大学の暴力的指導によって培われたものが教師になっている。
日本スポーツ界の暴力体質を治療するには、スポーツ界のコーチや教師は人権尊重の思想とより優れた科学的内容で再教育される必要がある。初心者に基礎から高度までの技術をどう教えるか、どうトレーニングすればいいか、指導者はカリキュラムを作る方法や教授法を学ばなければならない。新しいタイプの指導者養成には一世代の時間が必要である。
暴力的指導ではスポーツ人口は従来通り停滞しつづける。スポーツ人口が減少しては日本のスポーツが生きる道はない。すぐれたアスリートが多数生まれるためにはスポーツ人口が増えなければならない。
かつて医者は患者に君臨した。だが今や患者は顧客である。顧客を大事にしないで医者の生きる道はない。スポーツ指導者とスポーツに参加するものとの関係もこれに似たものにするべきかもしれない。
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