北朝鮮の「こけおどし」に慌てるな -神格化と体制引き締めのプロパガンダ -
- 2013年 4月 9日
- 時代をみる
- 伊藤力司北朝鮮金正恩
このところ北朝鮮のプロパガンダ(宣伝攻勢)が目立っている。「米国への核の先制攻撃」「朝鮮戦争休戦協定の白紙化」「黒鉛減速原子炉の再稼働」等々、連日のように戦争ムードを掻き立てている。例によって例のごとき「瀬戸際政策」で、実戦に打って出る覚悟はなさそうだが、北朝鮮が現実に核実験やミサイル実験を重ねている以上、これを全く無視する訳にもいかない。今回の騒ぎの背景には、金王朝3代目の「神格化」を急ぎ、国内を引き締めなければならない事情がありそうだ。
3月末平壌(ピョンヤン)で開かれた朝鮮労働党中央委員会総会で金正恩(キム・ジョンウン)第1書記は党幹部を前に説いた。「最近さまざまな国で起きた悲劇は、力なくしては自主権を守れないことを示した。核攻撃に能力が高いほど侵略抑止の力も大きい」と。核を保持しなければ3代続いた「金王朝」体制(レジーム)は守れず、イラクやリビアのように米国発の体制打倒(レジーム・チェンジ)を食らいかねない―。これこそ、飢餓人口270万人(WFP=世界食糧計画=の推定)を抱えながら、核兵器に血道を上げる金正恩体制の姿である。
ここでピョンヤン発のプロパガンダの1例を紹介しておこう(3月31日付韓国・中央日報日本語版による)。北朝鮮の朝鮮中央通信は3月30日「南北関係は30日午前を以って戦時状況に入り、したがって南北間で提起されるすべての問題は戦時に準じて処理される、との政府・政党・団体の特別声明を発表した」と報じた。声明はさらに「待ちに待った決戦の最後の時がきた。朝鮮半島で平和でも戦争でもない状態は終わった」「米国と傀儡一味が軍事的挑発を起こすならば、それは局地戦に限定されず全面戦争、核戦争に広がることになるだろう。われわれの最初の打撃に米国本土とハワイ、グアムが溶け落ち、南朝鮮駐留米軍基地はもちろん青瓦台(韓国大統領府)と傀儡軍事基地も同時に焦土化するだろう」と述べている。
声明は次いで、金正恩第1書記が緊急作戦会議を招集し、戦略ミサイル打撃計画を最終検討・承認したとし「元帥様の重大決心は米国と傀儡一味に対する最終警告であり、正義の最終決断だ」と説明した。また「金正恩時代には全てのことが異なるということをしっかりと知らなければならない。今や敵対勢力は、朝鮮がない地球は存在できないだろうという白頭霊将(白頭山で抗日ゲリラを率いたという伝説の金日成将軍の血を引いた金正恩のこと=筆者注)の意志と度胸、恐ろしさを身震いするほど味わうことになるだろう」と宣言した。
長々と引用したのは、あまりにも稚拙だがそれなりに意味のあるプロパガンダの典型だからである。「稚拙」というのは「全面戦争」とか「核戦争」とかを極めて安易に使い、しかも「米本土とハワイ、グアムが溶け落ち」などと核攻撃が簡単に成功するかのように書いていることだ。こんな「稚拙」な宣伝文句は、外部の人々からは冷笑されるだろうが、外界の事情を知らされていない北朝鮮内部の人々には、正義の戦いに立ち上がった偉大な指導者としての「元帥様」のイメージが刷り込まれる。北朝鮮庶民もアメリカが強大な超大国であることを理解していよう。その超大国に「元帥様」は堂々と立ち向かっているという訳だ。
このプロパガンダの主眼は、若い3代目(金正恩)が初代(金日成)や2代目(金正日)に劣らぬ有能な指導者であることを売り込むことである。朝鮮独立を目指した抗日ゲリラの指導者から「金王朝」を築き上げた初代、初代の下で20年以上もの世継ぎ教育を受け、52歳という年齢で2代目を継いだ父親に比べ、2010年9月に後継者となった3代目は、父親の急死でトップの地位を継いだ時、弱冠28歳。“皇太子”としての準備期間は1年3カ月しかなかった。それだけに、この人物が難局を裁いていることを効果的に、短時日で売り込まなければならない。しかし、若い帝王が将軍たちを陣頭指揮するシーンを映している北朝鮮テレビの映像は、何となくアニメ映画風だ。
アニメ映画風と感じるのは、「朝鮮民主主義人民共和国」という正式国名にもかかわらず、民主主義でも人民主体の共和国でもないことは誰でも知っているという、そのフィクション性のためであろう。内実はれっきとした君主制なのに「民主主義」や「人民共和国」といったオブラートで包み、内実を隠したつもりでいるところがいやらしい。だが地下核実験を3回(2006年10月、2009年5月、2013年2月)も実行し、人工衛星打ち上げ用のロケットと称する長距離弾道弾ミサイル「テポドン」の発射実験も繰り返した「核兵器保有国」は、フィクションではない。
アメリカの偵察衛星が捉えた事実として、北朝鮮がこのほど移動式中距離ミサイル「ムスダン」2基を列車で東海岸(日本海側)に向けて移動させたという事実もフィクションではない。韓国国防省は、北朝鮮が4月15日(金日成の誕生日で北朝鮮の祝日)か同25日の朝鮮人民軍創設記念日を期してムスダンの発射実験をする可能性を指摘している。これに対して米海軍は、西太平洋に展開している高性能Xバンドレーダーや偵察衛星を動員して警戒に当たっている。韓国海軍もミサイル追尾が可能なレーダー搭載のイージス艦を日本海と黄海に配置した。いきなり弾頭付きのミサイルが飛んでくることはないだろうが、北朝鮮が緊張を煽り立てていることは間違いない。
今回の発火点は昨年12月12日、北朝鮮が人工衛星「光明星3号」打ち上げロケットと称して長距離弾道弾ミサイルを発射したことだ。これに対して国連安保理は本年1月22日、各国が北朝鮮に対する制裁を強化するとの決議を全会一致で採択した。翌23日北朝鮮外務省は、北朝鮮の非核化を明記した2005年9月15日の6カ国協議共同声明は「死滅した」との声明を発表、この中で3度目の核実験を近く行うことを示唆した。
北朝鮮は予言通り、2月12日に地下核実験を実行した。これを受けて国連安保理が3月7日に採択した北朝鮮制裁決議は、金融規制や外交官監視を盛り込み「国連による最も厳しい制裁」(ライス米国連大使)を規定した。北朝鮮の最大支援国である中国も、今度はついに厳しい制裁強化に同意したのである。
1991年のソ連崩壊後、中国は北朝鮮にとって最大の友好国、支援国だ。北朝鮮にとって不可欠な食糧、エネルギー、肥料などを特別価格で供給してくれているのは中国であり、いわば命綱のような存在だ。さらに中国は、2003年にスタートした朝鮮半島の非核化をめぐる6カ国協議の議長国として、日米韓の矢面に立つ北朝鮮をかばってきた。その6カ国協議の2005年共同声明を破棄し、6カ国協議を否定する北朝鮮をかばうことを中国はとうとうやめた。
この3月まで中国の国家主席だった胡錦濤は金正日とは良好な関係を構築し保ち、金正日の望む時はいつでも訪中を許す間柄だったという。ところが金正日没後1年3カ月、金正恩の代になってから中朝首脳会談は1度も開かれていない。これは、従来の中朝関係からして、正常とは言えない。1月22日と3月7日の北朝鮮制裁安保理決議に中国が賛成したことは、中国の明確な方針変更である。中国にとって北朝鮮の核兵器保有は許し難いことなのだ。
その意向に逆らって核保有を進める金正恩の北朝鮮は、中国との関係をどうしていくつもりなのか。また胡錦濤に代わって中国の国家主席に就いた習金平は金正恩との関係をどのように維持するつもりなのか。もちろん中国が北朝鮮のレジームチェンジを望んでいないことだけは確かだが…。
一方オバマのアメリカは、恒例の春期米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」に今年初めて核攻撃可能なステルス爆撃機B2と最新鋭のステルス戦闘機を派遣した。また高性能レーダーと迎撃ミサイルを装備した最新式イージス艦フィッツジェラルドを黄海側の韓国沖に配置して、北朝鮮を牽制した。しかしオバマは北朝鮮の挑発を北朝鮮独特の瀬戸際作戦だと見抜き、冷静に対応する構えだ。一方の中国も冷静に対応している。問題は、これ以上の北朝鮮の核兵器開発を封じ込めるためにオバマが習金平との協調関係をどう進めるか。北朝鮮の核兵器を封じ込めるための6カ国協議の再開をどう取り付けるか-。オバマは明らかに軍事的解決でなく、外交的解決を模索している。
さて肝腎の金正恩体制はどうか。少なくとも危機を演出することで、国内体制を引き締めようとしていることは間違いない。「先軍政治」を打ち出すことで、食糧危機など初代から続いた王朝危機を切り抜けた2代目金正日体制を支えたのは、やはり軍部だった。軍部中枢にいた李英鎬(リ・ヨンホ)参謀総長は、3代目へ引き継ぎの要の人と言われていた。ところがその参謀総長が昨年7月突然解任されたのである。さらに李参謀総長に次ぐ金永春(キム・ヨンチュン)人民武力相ら3人の軍幹部も解任されたか、または引退を余儀なくされた。
李参謀総長に代わって軍の要職、軍総政治局長に就いたのが軍人ではない党官僚の崔竜海(チョ・リョンヘ)氏である。明らかに党による軍の統制を狙った人事のようだ。金正恩体制になってからの1年間に、先代を支えた李参謀総長ら4人の軍最高幹部は姿を消した。さらに、この3月31日に開かれた労働党中央委員会総会は、核兵器開発と経済建設を並行して進める方針を採択。翌4月1日に開かれた最高人民会議では、経済建設の責任者として朴泰珠(パク・ポンジュ)首相が選出された。
朴首相は2002年の「7・1経済改革」を主導した経済テクノクラートで、北朝鮮経済を立て直すホープと目されている。2003年9月の最高人民会議で首相に選出され、経済改革を主導したが、悪天候に見舞われた2007年の穀物不作の責任を取らされて2008年4月の最高人民会議で解任された。その人物が5年ぶりで復活、金正恩政権の経済改革を主導することになった。過去1年に進められた一連の軍民高官の人事は、果たして金正恩自身のイニシアティブなのか、摂政役の義理の叔父張成沢(チャン・ソンテク)とその妻で正恩の叔母、金慶喜(キム・ギョンヒ)夫妻の差し金なのか。
一見アニメ映画風でもある金王朝だが、王朝の存続を賭けたプロパガンダ作戦を本気で始めたことは間違いない。アフガン、イラク戦争の失敗やリーマン・ショックで衰退期入りが明白になった「唯一の超大国」アメリカと、アヘン戦争以来170年の屈辱の歴史から回復した「中華帝国」との覇権争いが本格化しようとしている東アジア。その渦中で駄々をこねている北朝鮮。その「こけおどし」に怯える必要はないが、核不拡散条約(NPT)体制が掘り崩されている今、国際社会は北朝鮮を抑える知恵を絞らなければならない。
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〔eye2229:20130409〕
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