青山森人の東チモールだより 第235号(2013年4月28日)
- 2013年 4月 30日
- 評論・紹介・意見
- 東チモール青山森人
援助=未来志向=過去をなかったことにする
この式が成り立つと思ったら大間違い
訂正:前号『東チモールだより』(234号)で控訴裁判所の所長の名前を「グライデオ=シメネス」と書きましたが「クラウデオ=シメネス」の間違いでした。お詫びして訂正させていただきます。
いないと寂しい二人
今回の東チモール滞在で、いままであったものがない、何だかちょっと寂しいという感覚を抱いています。初めはこの感覚は国連車が姿を消したことからくるものと思っていましたが、目が慣れると大通りでは相変わらず交通渋滞があるので車輌の激減はさほど感じなくなったので(通りによってはやはり車輌の激減を感じるが)、そうではありません。
これまであったもので今はないものは何だろ?二つ、いや、二人いました。まず、わたしが下宿する家のジョゼ=ベロの長男であるアミジョ君(15歳)が家におらず、もう一人はジョゼ=ラモス=オルタ前大統領がこの国にいないのです。
ファトマカの工科学校
まずアミジョ君ですが、今年の1月からバウカウ地方のファトマカ(Fatumaca、ファトゥマカ)という所にあるカトリック系の学校に入学して寄宿生活を始めました。3月下旬からの10日間ばかりのイースター休暇でアミジョ君が帰ってきたときは花がパア~ッと咲き開いたように家は賑わいました。11歳下の弟はアミジョ兄さんの足元にくっついて朝から晩まではなれようとしませんでした。あのアミジョ君ももう15歳か、高校に進学したとは、自分が年取るのも当たり前だと観念するしだいですが、アミジョ君はまだ背も小さいまま、変声期を迎えていないようなかわいらしい声もそのまま、母親似の目鼻立ちがパチクリした顔もまだ青年に域に入っていない少年の趣です。それでも、学校の寄宿生活の様子をわたしの傍らにちょこんと腰を下ろしてじっくり話し聞かせる態度には成長ぶりを感じました。
ファトマカの学校は工科系の高校としてインドネシア占領時代であっても質の高い教育を保ち続けた有名な学校です。この2月、タウル=マタン=ルアク大統領は当校の卒業式に出席し卒業証書を卒業生に手渡したとアミジョ君はいいます。大統領が出席するほど生徒は将来を待望されている名門校なのです。この学校を卒業すれば、大学や専門学校への進学の道が拓かれますが、卒業生にふさわしい本格的な総合技術学校(Polytechnic)はこの国にはありません。インドネシア占領時代に首都近郊のヘラという港町に総合技術学校はありましたが、その近代的で大きな校舎は1999年9月の騒乱時にインドネシア軍によって破壊の限りを尽くされたのです。その破壊跡をわたしも見ましたが、インドネシア軍事支配のおぞましさと愚かしさが剥き出しになった光景に胸くそが悪くなったのを憶えています。東チモールのインドネシア軍事支配を黙認し支援した日本の政治家や官僚らにもこの破壊跡を見て少しは自分のしたことにたいしおののき身を震わせてほしいと思ったものでした。
本格的な理工系総合大学の創設にご協力を
現在、ファトマカでの総合技術学校の新設が東チモール人に望まれており、有志が建設のための募金活動を行っているところです。250万ドルが必要なところ、現在およそ20万ドルが集まりました。お金だけでなく、講師・学者たちから人材面での協力も募っています。心ある日本のみなさん、本格的な理工系総合大学の創設のため、寄附・協力をよろしくお願い致します。募金や協力にかんするお問い合わせ先は以下の通りです。
エリジオ=ロカテリ神父(Pe.Eligio Locateli)
E-mail; fatumaca50@gmail.com
ベルジリョ=ド=カルモ神父(Pe. Vergilho do Carmo)
電話:670-77354007
アドリアノ=マリア=ド=ジェスス(Brother Adriano Maria do Jesus)
電話:670-77361826
エドアルド=ソアレス(Eduardo Soares)
電話:670-77519999
複雑なギニア=ビサウの問題
もう一人、これまでにいたが今はいないので寂しいと感じさせる人物・ジョゼ=ラモス=オルタ前大統領は、現在、前大統領は西アフリカのギニア=ビサウに展開される「国連ギニア=ビサウ平和構築統合事務所」(UNIOGBIS)の国連事務総長特別代行としてギニア=ビサウに赴任しているところです(『東チモールだより 第228号』参照)。そのラモス=オルタ国連事務総長特別代行は4月22日、突然、東チモールに一時帰国しました。一時帰国というよりほんのちょっと立ち寄ったといったほうがよい程度の帰国でした。オーストラリア・ダーウィンの病院に入院し危篤状態にある兄を見舞うため緊急にこちらに飛んできたのでした。
テレビで久しぶりにラモス=オルタ節をきいて、あらためてこの人物の存在感を意識したしだいです。ギニア=ビサウについてラモス=オルタ国連事務総長特別代行はラテンアメリカからヨーロッパへ運ばれる麻薬犯罪に捲きこまれたギニア=ビサウの問題は複雑でそう簡単には解決できないと述べていました。今月初旬、ギニア=ビサウ海軍の前長官が麻薬シンジケートの重要人物として逮捕されています。
ラモス=オルタ前大統領の兄・フランシスコ=オルタさんは4月22日に永眠しました。
超後ろ向きの「未来志向」
4月22~23日、城内実(きうち みのる)・外務大臣政務官が安倍政権(第二次)になって初めて東チモールを訪れました。タウル=マタン=ルアク大統領とラサマ副首相とジョゼ=ルイス=グテレス外相などと会談したと報じられました。東チモールの新聞では、東チモールと日本の両国間の良好な関係を確認しあい、城内政務官がどこどこを訪れ、日本は東チモールを支援し続ける、東チモールは日本の支援に感謝する、日本はどこどこの建物の修復工事の支援する……などなど、まあ、ありきたりなことが書かれていました。それはそれでよいでしょう。一方、日本政府側のホームページの記述を見ると、お決まりのこの表現が使われています。「未来志向」です。こうあります。
ルアク大統領からは、城内政務官を歓迎する旨の発言があるとともに、独立前からの東ティモールに対する日本の支援に謝意が表されました。また、双方は、「未来志向で良好かつ緊密な二国間関係」を更に発展させていくことで一致しました。
ここでいう「未来志向」とは、なにも安倍政権から使われだした言葉ではありません。歴代の政府によってアジアにたいする日本の戦争責任が問われることにたいする反発として好んで使用されている言葉です。日本政府のいう「未来志向」とは、過去に眼を閉ざし、よりよい未来を築こうとしない後ろ向きの「志向」に他なりません。一人で参拝するのは心細いからみんなで参拝すれば怖くないとばかりに、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の閣僚3名を含む168人がぞろぞろと靖国参拝したことにたいする批判を「脅し」といって喧嘩腰になる安倍政権にとって、「未来志向」はとりわけ重宝がられているようです。
慰安婦制度における軍の関与や強制性を認めた河野談話を見直す動きを見せる安倍政権は、日本の植民地支配を認め謝罪を表明した村山談話についてしかるべき時期に「未来志向」の談話を発表したいと述べるなど、最近の「未来志向」は、その後ろ向き度合いに「超」がつくほどです。
第二次世界大戦中に日本軍が東チモールを占領した史実に向き合うでもない、いわゆる「従軍慰安婦」となった年老いた東チモール人女性たちや住民に与えた苦痛にたいしてはもちろんのこと、東チモールに駐留した自国兵士にたいしても、いまは友好国となったオーストラリアの兵士にたいしても、関係者やその家族にたいしても、国として公式に言葉を発しない、行動もとらない、慰霊祭もしない、その一方で168人もの国会議員がぞろぞろと靖国神社を参拝する、これが「未来志向」です。事実から目をそらす無責任志向ともいえましょう(この「無責任」な態度は福島第一原発事故でも同じこと。誰も何も責任とらないまま、政府は原発再稼働を目指している)。この超後ろ向きの「未来志向」で東チモールに52億7800万円の円借款をするなどの経済支援をする日本の援助をわたしたちは痛烈な批判精神をもって監視する必要があります。
日本政府がわざわざ「未来志向」といってもいわなくても、東チモールは日本からの支援に感謝する気持ちに変わりはないことでしょう。「過去の謝罪がなければウチに支援をしていただけなくともけっこうです」というつもりも東チモールにはないことでしょう(いまのところ)。東チモールはそういう国ではありません。しかし、日本軍による東チモール占領、インドネシア軍が東チモールを占領するあいだ日本がどれだけ殺す側に廻ったか、これらの事実を東チモール人が知らないわけがないし忘れるわけもありません。やった方は忘れても、やられた方は絶対忘れないのです。日本がかつて侵略したアジア諸国と未来に向けて真の友好関係を築きたかったら、日本がその国で何をしたか、過去と向き合うことが第一歩であることはいうまでもありません。
観光省と芸術文化庁が企画する「2013年 ミス・東チモール大会」の宣伝看板。この大会からどのような知的美人が登場するのか、ミス・東チモールからミス・ユニバースが誕生する日を待ちわびましょう、といいたいところだが、この企画は東チモールの現実にそぐわないと批判を浴びている。政府企画にもかかわらずシャナナ=グズマン首相も現状に根ざしていないという。しかし首相は止めようとはいわない。どっちに転んでもでもいいような曖昧で政治的な発言が目立つシャナナ首相だ。政府庁舎前にて、2013年4月22日。ⒸAoyama Morito
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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