新聞各紙の八割近くが憲法96条の改定に反対 -憲法記念日の社説を点検する-
- 2013年 5月 13日
- 時代をみる
- 岩垂 弘憲法記念日社説
安倍首相は、日本国憲法の第96条の改定を参院選挙の争点にすると言明した。同条に「憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」とあるのを「各議院の総議員の過半数の賛成で」と改めようというわけである。全国の新聞各紙の大半は、5月3日の憲法記念日に この問題を論じたが、その八割近くが「96条改定」に反対であった。とりわけブロック紙・地方紙の間で改定反対が強いことが浮き彫りとなった。
国立国会図書館では、北海道から沖縄までの全国各地で発行されている一般新聞53紙が閲覧できる。そこで、この53紙について、5月3日の社説(新聞社によっては「論説」「主張」の名称を使用)に目を通してみた。
53紙のうち、社説欄のない紙面が7紙あった。これを除いた46紙についてみると、いずれも96条改定問題を論じていた。その論調を大まかに分類すると「改定賛成」が6紙、「論議を深めよ」といった、いわば中立的な立場が5紙、「改定反対」が35紙であった。つまり、「改定賛成」13%、「中立」10%、「改定反対」76%という色分けだった。
改定賛成派の代表は読売新聞だろう。同紙社説は書く。
「憲法改正の核心は、やはり9条である。第2項の『陸海空軍その他の戦力は保持しない』は、現実と乖離(かいり)している。『自衛隊は軍隊でない』という虚構を解消するため、自衛隊を憲法に明確に位置付けるべきだ。憲法改正要件を定めた96条も主要な論点に浮上してきた。自民党だけでなく、日本維新の会やみんなの党も96条の改正を公約している。参院選後の連携を図る動きとしても注目される。この機を逃してはなるまい」
産経新聞の「主張」も「ようやく日本人自ら手で憲法を改正できる状況がみえてきた。自民党や日本維新の会などが、改憲の発議要件を衆参両院の『3分の2以上』から『過半数』に緩和する憲法96条改正を打ち出し、今度の参院選の重要な争点になったからだ」と、96条改定の動きを歓迎している。
日本経済新聞の社説は「改憲論議で忘れられてはならないもの」と題し、「96条改正によって改憲しやすくしたあとに、何をテーマにどんな段取りで進めていくのかを示さなければならない」と主張するとともに、「自民党は憲法改正草案をまとめ、具体的なメニューを提示しているとはいえ、焦点の9条についてどんな手順を想定しているのかはっきり見えない。入り口が96条で出口が9条なら、もっと堂々と改憲論議に挑むべきだろう」と、“96条改定後”の取り組みを急ぐよう促していた。
地方紙では、北国新聞、中部経済新聞、富山新聞が96条改定に肯定的だが、北国新聞社説は、その理由を「多党分立が続く日本では『3分の2以上』のハードルを越えることは至難であり、事実上改憲への道を閉ざし、より良い憲法を望む多くの国民の改憲という主権行使の機会を奪ってきたと言えるのではないか」「このところ改憲論議が真剣味を帯びてきたのは、96条先行改正が現実の政治日程に上る可能性が出てきたからであろう」としていた。
一方、96条改定反対派の社説が、反対の理由に挙げていたのは、大まかに言って3点である。
第1は、96条改定は日本国憲法が立脚している「立憲主義」を根底から破壊してしまうという主張だ。例えば、東奥日報の社説は言う。「96条は単なる手続きの問題ではない。衆参の過半数で改正できる一般の法律より要件を厳しくしているのは、権力による恣意(しい)的な改憲を許さないという縛りだ。要件緩和は立憲主義を覆すものと言わざるを得ない」
愛媛新聞は5月1日から三日連続で社説で憲法を論じた。1日は「96条改正」を取り上げたが、その見出しは「立憲主義の精神を捨てるな」というもので、そこには「改正要件の議論を先行させることについては、違和感をぬぐえない。96条の改正は憲法の精神の危機である。国民が国家を監視するための法律であるからこそ、憲法には権力の安易な介入を防ぐための装置があるのだ。その意義を再認識したい」とあった。
さらに、徳島新聞の社説は「6、7割の国民が(憲法を)変えたいと思っても、国会議員の3分の1を少し超える人が反対したら指1本触れられないのはおかしい――という首相の発言には疑問を感じざるをえない。国会議員は国民の代表なのに、3分の1がそれほど重みのない数字なのか。これまで憲法が変えられなかったのは、国民の強い要求がなかったからではないか」と述べていた。
第2は、憲法改定の本当の狙いが9条改定にあるのに、それを前面に出さずに96条改定を出してきたのはなんとも姑息だ、というものだ。
「まず改正をやりやすくしてから9条改正などの本丸へ、という意図は明らかだ。なぜ裏口を抜けるような手を使うのか、ふに落ちない気持ちでいる人も多いだろう」(上毛新聞)
「そもそも9条をはじめ変えようとする条項があるのに、参院選で前面に出さずに改正手続きを先に変えようというのなら、国民の目を欺くことにならないか」(山梨日日新聞)
西日本新聞社説の見出しは「ご都合主義の改正は許されぬ」。その中で、同紙は「憲法改正が必要というなら、手続きではなく、日本の国のあり方に関する当該条文を正面から掲げ、堂々と国民的議論の遡上(そじょう)に載せるべきである。私たちは、まず96条から改正すべきだとの主張には、反対する姿勢を明確にしておきたい」と断じた。
第3は、「96条改定より先にやることがあるではないか」という主張だ。これは、東日本大震災で未曾有の被害を受けた東北の新聞社の社説で目立った。例えば、河北新報は「今は憲法の理念に沿って政策決定や取り組みの迅速化を図ることこそ肝要だ。本格的な改正論議は復興が軌道に乗り、住民が平穏な暮らしを取り戻してからでも遅くはあるまい」と言う。
また、福島民報はこう書く。「東日本大震災と東電第1原発事故の発生以来、住民の自由や権利が脅かされる状況が依然として続く。25条で掲げられた<健康で文化的な最低限度の生活>をまず回復し、しっかり保証していくのが国や政治家の役目ではないか。自民党は憲法改正案を昨春決めた。参院選の争点にするという。被災者の苦しみをそっちのけにした論議では困る」
「『主権回復の日』、政府が式典を開催した。ところが、沖縄はこの日を『屈辱の日』と呼び、強い抗議の声を上げた。同じく少数者の声は東北地方からも聞こえてくる。東日本大震災の避難者30万人は今も全国に散らばったままだ。福島第1原発事故処理と補償もなかなか先が見えない。そんな人たちの声を忘れていいはずがない。政府は復興が終わる日に向け、もっと力を注ぐべきだ。憲法25条ですべての国民に保障された『健康で文化的な最低限度の生活』をしっかりと思い起こしたい。少数者の権利が忘れられ、多数者の声だけがまかり通るのは、憲政の本来の趣旨ではあるまい」と書いたのは宮崎日日新聞社説である。
全般的に見て96条改定問題にしぼった社説が大半だったが、中には、論点の中心を9条に置き、「9条堅持」を明確にしたところもあった。
まず、中日新聞・東京新聞・北陸中日新聞3社の共同社説「歴史がつなぐ知恵の鎖」だ。そこには、こう述べられていた。「憲法改正を叫ぶ勢力の最大目的は、九条を変えることでしょう。国防軍創設の必要性がどこにあるでしょうか。平和憲法を守る方が現実的です。九条を変えないと国が守れないという現実自体がないのです。米国の最大の経済相手国は、中国です。日中間の戦争など望むはずがありません」
中国新聞の社説「たがを外してはならぬ」も、憲法の平和主義を守ろうという熱意に溢れた文章だった。そこには、こんな記述があった。「戦後日本が国内外に示してきた平和主義の一大転機になりかねない。それでいいのか。政権が憲法9条の改正に向けた布石を打ちはじめた。自民党の改正草案は自衛隊を国防軍に変え、集団的自衛権を認めている。憲法を生かした平和外交の積み重ねは重い。日米同盟に傾斜しながらも、日本は独自の平和主義路線を歩み、国際的にも支持されてきた。9条という『たが』があってこそだろう。米軍と一緒になって海外で市民に銃口を向けたことはない。これが、日本の対外的な信頼の源泉となってきたことは間違いない。国際テロ組織の標的とはなってこなかったことも独自の平和憲法という『たが』の存在と無関係ではない。集団的自衛権に対する制約を取り除き国防軍に改組すれば、同じようにはいくまい」
在日米軍基地が集中する沖縄の新聞はどうか。琉球新報は「改憲派は『押し付け憲法』を批判するが、それなら占領軍の権利を事実上残した日米地位協定を抜本改定するのが先であろう。沖縄は全首長が反対してもオスプレイを押し付けられた。平和主義はもちろん『国民主権』も『基本的人権の尊重』も適用されていない。まずは現憲法の3原則を沖縄にもきちんと適用してもらいたい」と書いた。
沖縄タイムスは「復帰後も米軍基地の極端な集中は変わらず、憲法の平和主義を実感する機会が乏しい。沖縄では『憲法・国内法』の法体系は、『安保・地位協定』によって大きな制約を受けているのが現実だ。基地の過重負担を放置したまま集団的自衛権が行使されるようになったらいったい、沖縄の将来はどうなるのだろうか」と述べていた。
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