歴史認識と政治家の見識―従軍慰安婦問題によせて
- 2013年 5月 20日
- 交流の広場
- 9条改憲阻止の会
2013年5月20日 連帯・共同ニュース第309号
■ 絶えずというか、繰り返し出てくる問題として従軍慰安婦のことがある。これは日本の軍隊が戦争中に慰安所を作り、慰安婦を連れていたことに対する問題である。敗戦直後に書かれた田村泰次郎の一連の小説で最初にその存在が明らかにされたが、軍関係者なら誰でも知っていたことである。この事実は戦後にGHQによって隠されてきた。例えば、田村泰次郎の小説でその後に映画になった『暁の脱走』《映画の原作は『春婦伝』》はGHQの検閲によって大幅に変更をされた。映画の主人公である春美は原作の小説では慰安婦であるが、旅周りのダンサーに変更させられている。これはGHQが従軍慰安婦の存在を非人道的で忌まわしいものとして避けたとされる。ここにはアメリカ占領軍の軍事的支配に対するイメージのことがあったのだと、推察されるが、このGHQによって隠されたことで日本側の旧軍隊関係機関はその資料を処分したのである。これは従軍慰安婦を恥ずべき忌まわしい存在として軍関係の資料から抹殺してきたのである。
■ 従軍慰安婦の当事者であった人たちの謝罪要求を含めた告発が出てきたときに、日本の保守政治家たちは「強制連行による慰安婦」は存在しなかったと強弁してきた。従軍慰安婦の存在を認めても、それに軍が関与していたことを否定していた。これは日本の軍隊の恥部を隠そうとすることであったが、戦争中のGHQの対応の中で資料は抹殺されていたことがその背景にあった。
このことで軍の名誉を傷つけまいとしたことが、慰安婦問題を歪めてきたのだ。軍の関与なしには慰安所など存在しなかったことは想像力を働かせれば誰もわかることであるのだ。どういう形態かの詳細は不明でも日本の軍隊がこの設置を意図してできたことは明らかである。この根底に従軍慰安婦という存在を戦争も含めた歴史の中で認識しようという態度のないことがある。日本が中国大陸で演じた戦争、あるいは周辺緒国での所業について目を避けようとしているのだ。その根本には中国大陸での戦争を侵略戦争として認識することを回避したいということがある。根底にはそれがあって、従軍慰安婦問題までリンクしているのだ。今回の橋下の発言は「従軍慰安婦は必要だった」に批判が集中しているが、これはそのまま、大陸での戦争は必要であったということを背後に含んでいる。彼の平洋戦争についての歴史認識が問題とされているのだ。弁解と言い訳の中で問題は曖昧にされて行こうとしているが、彼の歴史認識が批判されているのであり、お粗末な見識が批判されているのだ。政治家の歴史認識は見識としてでてくるのだが、それが問題視されるのは過去の認識が現在や未来の行為に結び付いているからだ。橋下の発言は未来のことに結び付いているのである。彼は沖縄の米軍に従軍慰安所を作れと提言しに行ったのと同じだ。彼は自分が何故批判されてのかがわからない。根は深いと言わねばならない。 (文責 三上治)
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