予測された理想論の敗北
- 2013年 5月 27日
- 交流の広場
- とら猫イーチ
「平和といのちを守る政党連合(仮称)の結成を要望する」とされて、今日的な危機感を背景に、野党の諸政党に対して要望をされた弁護士グループの方々の、後、数カ月に迫った参議院選挙に急かされての行動の主旨は、残念ながら通じず、野党各党は自己の柵に拘る利己的な姿を晒すのみでした。これは、当初から予測されたことでした。
そもそも「平和政党」と定義された各党が、本当に日本国憲法の平和主義を体現された政党であるのかどうかが不明であり、また、歴史的に政党として過去数十年間、政治活動をされて来られた政党が日本共産党一党であるのも、各政党の出自とともに私には不分明な政党連合の呼び掛けとして映りました。
今日、自己の政治的立場を如何様にも操り、ここと思えば、またあちら、とばかりに八双飛びをする輩が跋扈していますので、有体に言えば、そんなもの(政治信条等)信用出来ないのです。 例えば、長年の間、定義は諸種あれども一応は、「社会主義」を標榜し、自民党政治と対峙して来た筈の「社会党」(おお、懐かしい)が政権の椅子に「コロリ」と転び、今まで信条にしていた筈の護憲やら何やらを全て忘れたかの如く、何と自民党と組んだのを忘れてはいないのです、少なくとも私は。従って、少なくとも私は、社民党は自民党とともに決して信用の出来ない政党と信じています。
その他、地球温暖化論に染まりまくり、原発には反対の立場ながら、「自然エネルギー」(?)とかを盲信されておられる政党なんかには、決して投票はしませんし、反自公でも一緒に政治運動の一つもしようとは思いません。どうせ、理論的には、時間の経過とともに、原発再開の輪に取り込まれるに違いが無いからです。言い訳も大体が想像出来ます。これ等政党政派は、御釈迦様の手のひらの中に居る孫悟空のような存在なのですから。申し訳が無いのですが、温暖化の脅迫に屈した存在と云えるでしょうか。
決定的には、憲法九条の守護と反原発のみでは、最初から政権を目指さないと自覚するのと同じであり、国家財政の今日的窮状打開法と、日本経済停滞への解決策、中国の国境での挑発と軍事的台頭と北朝鮮の軍事的挑発に対する現実的政策等について国民に訴えない限り政党としての存在意義は無いのに等しいと云えるでしょう。取り訳、数日前の債権と株式市場での異変が物語るとおりに、金融市場の安定と、何よりも国家財政の再建が緊急の課題として我々の眼前に突きつけられる事態が、現実にも、いま其処にあるだけに深刻です。
最悪では、与党も野党も無い事態が来るかも知れません。
弁護士グループの方々には、修羅場になった市民生活の場で、個人破産や中小企業の倒産の折に救済の手を差し伸べて下さるようにお願いいたします。
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。