ブルガリアの大量焼身自殺再論
- 2013年 7月 2日
- 評論・紹介・意見
- セルビアブルガリア岩田昌征
4月21日の「ちきゅう座」「評論・紹介・意見」欄に小論「自由主義メディアとEU加盟国の焼身自殺」を発表した。旧社会主義国でEU加盟を果たしたブルガリアにおいて2月から3月にかけて連続8件の焼身自殺が発生した。これはまことに異常事態である。当然、EU加盟を熱望する隣国セルビアにおいてEU加盟後の経済社会の展望に影響を与えざるを得ない。
EU加盟反対のいわゆる愛国派・民族派系週刊誌『ペチャト』は、焼身記事本文に合致する焼身光景と焼身者追悼市民の写真をのせていた。ところが、EU加盟熱望のリベラル派・市民派週刊誌『ヴレーメ』は、ブルガリア焼身自殺とはまったく無関係なチベットの反中国焼身抗議と1969年の対ソ連抗議焼身自殺者ヤン・パラフの写真をのせたのである。自分達にとって不都合な事実に目をつぶるとは、リベラリズムの自殺行為であろう。
私は、6月8日から12日までブルガリアを訪ねた。1泊10ユーロと20ユーロの安いホテルを現地で見つけることが出来た。プラメン・ゴルノフが抗議焼身を断行した町ヴァルナは、ブルガリア東部黒海沿岸の港市、横浜を6分の1くらいに縮小した感じの文化都市、首都ソフィアに次ぐ位の地方都市である。きれいな町だ。南国の広葉樹におおわれた町だ。ソフィアからバスで7時間。
焼身自殺既遂者・未遂者8人の中で、ヴァルナ市のプラメン唯一人は私生活苦と生活絶望の故にではなく、ブルガリアの階級形成闘争における格差拡大、不正義、腐敗、マフィアと政治の融合等に抗議して自殺したと言われる。私は、壮大な市庁舎前の石段下に雑多な石礫やコンクリート礫をピラミッド状に積み上げ、そのふもとに置かれているプラメン氏の遺影をカメラに納めた。どういう訳か、その記念石山の数メートル右手の花壇の中にもプラメン氏の写真がおかれ、十字架がたてられていた。夕刻まだ日が明るい頃、一人の若者が石段に19世紀ブルガリアの民族独立革命家レフスキの文を黒々と大書していた。石段の右側にレフスキともう一人の革命家の写真が飾られ、その下の平地に畳2枚分の白紙に二人の警世文章が提示されていた。プラメン氏の石塚にはすこしく花がささげられ、小さなブルガリア国旗がはためいていた。赤旗ではなかったことが印象的だった。
私が石塚の前に立っていると、中年のブルガリア人女性が近寄って来て、英語で話しかけてきた。「プラメン・ゴルノフは私達の英雄だ。ブルガリアの状況は最悪だ。私はこの石積みは粗雑できらいだ。でも写真をとって御国へ持って行って下さい。」私が「この事件に関する分析や詳しい情報はあるか。」とたずねると、「まだない。書物もない。インターネットを見てください。」市庁舎勤めの人達は、石塚を避けて帰宅しているようだ。石塚のまわりに人は少ない。「人々は生活にいそがしく、以前のようにここに集まってこない。」
その女性が去ると、中年の見るからに低所得の女性が寄って来て、早口のブルガリア語でまくしたてる。セルボ=クロアチア語、ロシア語、ポーランド語のヴォキャブラリーを総動員して聴いていると、「写真をとって行ってくれ。彼は私達のために天国に昇った。ブルガリアは今最悪だ。ひどい、ひどい。」と言っているようだ。私の反応がにぶいのにがっかりしたのか、「お前さんは何もわかっていない。」とおこったように行ってしまった。
翌日もプラメン石塚の近くに行ってみると、子供連れの中年女性か遺影の前に頭をたれていた。市庁舎の右手に公園があって、そこに小さなテントが張られていて、抗議行動の拠点になっているようだ。私が訪ねた時は残念なことに誰もいなかった。東京霞が関経産省前のテントに当たるらしい。
ヴァルナ市の中心から黒海沿岸の海水浴場の方へ向かう。海水浴場へ入る手前の道端に中年男が古本数十冊を並べて売っている。20年前に出て大変良く売れたと言うブルガリア人による日本論を5レフ(2.5ユーロ)で買って、プラメンの焼身自殺について聞く。「あのやり方は私達の伝統にない。日本のサムライのハラキリと同じと思ってくれ。真理のシンボルになって、昇天したのだ。私達の英雄だ。ともかくブルガリアはひどい。」
問題が問題だけに、興味本位で誰かれと聞くわけには行かず、ヴァルナ滞在はこれで切り上げることにした。夜10時の夜行寝台列車二等でソフィアに向かう。一室に4ベッドある。乗車券が30レフ位で寝台料金が10レフ。ヴァルナからソフィアがJR特急で新宿から成田空港へ行くより安いとは。翌朝6時40分頃ソフィアに着く。中央鉄道駅近くのバスセンターで8時発のベオグラード行き国際バスの切符を買う。54レフ(27ユーロ)である。ちなみに、ベオグラード発ソフィア行きの国際列車は21ユーロであった。ともかく、バスの方が列車より高い。それでも新宿─成田空港のJRエクスプレスより若干安いのだ。国際バスと言っても、ソフィアからセルビアのニーシまでは15人のミニバス。ニ―シからベオグラードまでは堂々たる大型バス。
乗客6人。その中にミニバスの中でも読書している老紳士あり。セルビアのノヴィサードにセルビア人の母を訪ねると言う。焼身自殺の連続発生について問うと、シニカルに一言答えた。「生活が良かったからでしょ。」
30台後半の生物情報学女性研究者あり。ベオグラード大学がEUと共催で開くある国際研究集会で報告するためにはじめてベオグラードに行くと言うブルガリア人。ニーシからの大型バスで席が隣りとなったので、彼女とは英語でかなり長くプラメン・ゴルノフについて彼女の考えを聞くことが出来た。彼女によれば、プラメンの焼身については、若干の解釈が存在していると言う。第一は、彼が焼身自殺をした。第二に、誰かに殺されたのであり、次いで油をかけられ焼かれ、焼身自殺に見せかけられた。provoke(挑発)する為だ。第三に、プラメンは他の焼身自殺者と違って生活に困っていなかった。何らかの人生上の理由で自殺をしたが、その後誰かに焼かれ、焼身自殺に見せかけられた。provoke(挑発)する為だ。ヴァルナでは耳に入らなかった情報だ。そこでもうすこし詳しく知りたかったので、ベオグラードのある喫茶店で再会を約して別れた。4日後の会話ではプラメンに関する話はほとんどなくて、「プラメンの場合以外は、焼身自殺に政治的動機がない。しかし、焼身と言う形をとったのは、人々の関心を惹き付けたかったからだ。けれども、社会はあまり関心を示さなかった。」生物情報学なる最新サイエンスの専門家にはEU加盟後のブルガリアの政治・経済・社会の苦痛情報をキャッチする情報端末が欠けているようだ。セルビアの親欧米リベラル系週刊誌の焼身自殺問題回避と同根の思想があるのであろう。
セルビアの親EU勢力にとって、EUの信頼性が政治的安定確保の唯一の支柱である。階級形成闘争の後半期において政権は、EU加盟と言う政策以外何一つ具体的政治目標を打ち出せない。EUに入るまでは、EUと言う希望は唯一の社会安定的装置である。それ故にEU加盟先輩国の悲劇を真正面から見つめることはできない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion1356:130702〕
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