2013ドイツ旅日誌(その2)
- 2013年 7月 3日
- 評論・紹介・意見
- ドイツ合澤清
1.身体を動かすことの好きなドイツ人-環境が大切だ!
相変わらずの寒い日が続いている。時折陽は射すが、セーターや長袖シャツは手放せない。
26日に友人のユルゲンと待ち合わせのSzuelten Buergerに出かけた折、旧市街地の中を大勢の人たちが走っているのに遭遇した。何度か見て知ってはいたが、この日がそれにあたるとは気がつかなかった。Laufenという一種の「競走」で、ジョギングしながら順位も競う催しだ。老若男女取り混ぜて、寒々しい「夏空」(「冬空」の間違いではない)の下、かなりの数の人たちが思い思いに走っていた。もちろん、本気で走る者も、遊び半分で走っている者もいる。楽しかったのは、それを取り巻いて応援をしている見物人たちの中の小グループが、あちこちで鉦や太鼓をたたくのであるが、それが素晴らしくうまいのである。聞き惚れるぐらいに見事だった。
ドイツ人はとにかく体を使うのが好きだ。ちょっと時間があれば、そこら辺を散歩したり、サイクリングをしたり、もちろんジョギングをする人も多く見かける。職場や学校などでは、仲間と一緒にサッカー(ドイツ語ではFussballフスバル)をやったり、ハイキングや山登りをしたり、また自転車で遠出したりする。
友人のユルゲンは、昨夏、10日間の夏休みをとって、ゲッティンゲンから北ドイツのハンブルクまで自転車旅行をしている。宿泊は、テントでの野宿、ユースホステル、あるいはガストハウス(Gasthaus)と呼ばれる簡易旅館でだが、そういう施設はあちこちに在る。写真を見せてもらったが、自然環境の素晴らしさ、行く先々でスナップ写真に撮られた田舎町の風景の美しさ、各地の独自なMuseum(博物館)の面白さなど、どれをとっても興味をそそられるものばかりだ。とりわけうらやましいと思ったのは、このような自転車での遠出を可能とするドイツ国内の環境の整備である。
こういう環境は、日本、特に東京の周辺ではちょっと考え難い。絶えず自動車の洪水に煩わされ、交通渋滞に巻き込まれたり、交通事故を心配したり、排ガスを吸って気分が悪くなったりする。昨今(2011年3月11日以後)では放射能汚染まで心配しなければならなくなっている。自然環境をも含めての住環境の維持は、そこで生活する人々が主体であるはずである。しかしまた、今日のような高度化した文明社会の中では、住環境はかなりの広がりを持たされるようになる。一部特定住民の利害関係だけでは測りかねないものが入り込んでくる。
例えば、原発事故による被害は、高々その一地域だけの問題ではない。原発が設置されている町村や市や県だけの問題ではない。一旦事故があれば、その周辺のかなり広い範囲を汚染地帯に巻き込み、当該県ばかりではなく、隣県(海峡をはさむ対岸の県)にまで被害を及ぼすことになるのである。そういう意味では、再稼働問題の諾否決定権を当該市町村や県に限定することには反対だ。
いや、おそらく問題はそれだけではおさまるまい。食糧汚染、空気、水質汚染、海水汚染など、汚染の規模はまさに地球規模で拡大しているというのが現実である。もはや一企業、一国家が責任をとるということは不可能事であろう。原発を含む、すべての核を廃絶する以外に方法はないと思う。
2.家庭に招かれる―ドイツの基礎教育制度に感嘆!
ドイツ国内でだけ使用可能な僕の携帯電話の使用期限が一年間で、去年から数えて6月26日がその最後の期日だったということをすっかり忘れていた。27日に突然使用期限オーバーの警告が流れ、外部への発信ができなくなった。最初は何事になったのかも分からないまま、困ったことになってしまったと、翌日、慌ててO₂(ドイツの民間電信電話会社)に駆け込んだ。結局は、26日までに再登録を済ませていなかったため、それまでの15ユーロ分の権利が消滅しただけで、新たに携帯電話用プリペイドカードを買い足せば大丈夫だということが分かり、無事決着した。―(これは、後進のお役に立てばと思い記しました)
その帰りに立ち寄った「P-Café」という名前の小さな喫茶店の若いウエイトレス(多分女子学生のバイト)が、ドイツ人にしては珍しく愛想がよくて、話しかけても気持ち良く答えてくれたのが印象的だった。
こちらに来て最初の土曜日(29日)は、前からの約束で、Petraの娘のシルヴィア(ドイツ人女性には「シルヴィア」という名前が案外多いようだ。僕も4人ほど出会ったことがあるが、彼女はSilvijaと綴り、Szuelten Buergerのシルヴィアは、Sylwiaと綴る)一家と食事をする事になっていた。シルヴィアの家族は4人。彼女の夫(クロアチア出身のドイツ人)と娘二人、9歳になるラオラと6歳のミレラ(通称はミミ)である。既に知り合って3年目になる。最初の頃は、ミミに話しかけても返事もしてくれず、何か熱心に一人でやっていた(たいていは絵を描いていたようだ)が、この日は向こうから飛びついてきてくれた。
ラオラは優しい子供で、細かく気を使ってくれる。いまどきの日本にこんなに細やかに気配りしてくれる子供はいるのだろうかと、考えてしまう。それほど親切で優しい。
約束の6時に、アパートまで彼女の夫(イェローニムというふうに一応呼んでいるのだが、綴りは知らない)が迎えに来た。彼の車で、彼らのアパートへ。
最初は、知り合いのレストランで僕らを接待しようと考えていたようだが、土曜日で満席になり、やむなく彼女の手料理になったとか…。実は、僕らからすれば、それの方がずっと嬉しくて、有り難かったのである。
型どおりに飲みモノ(もちろん僕らはビールである)が出され、その後みんなで食事をした。かなり太い、白アスパラガスの茹でたもの(これは本来5月ごろが旬であると聞いたが、大変おいしかった)と、ヌーデルン(Nudeln麺)、ジャガイモにオリーヴ・オイルやローズマリーをまぶして、丸ごとオーブンで20分焼いたもの、それにシュニッツェル(Schnitzelドイツ風のカツレツ)だ。それらに二種類のソースをかけて食べた。かなりのボリュームで、シュニッツェル二枚平らげると「フー」となってしまった。シルヴィアに言わせると、「寿司はお腹に軽いけど、ドイツの食事は重い」とのこと。因みに彼女は寿司が大好物で、「Ich liebe Sushi」というほどである。彼女の夫も同様だ。彼は僕がつくった特別辛いカレーライスを「ヒーヒー」言いながら、それでも「おいしい」と言って食べてくれたこともあった。
食後しばらく、食堂でラオラの小学校(4年制のGrundschueleで、彼女は3年生)の一週間の授業日程表をみせてもらいながら雑談した。興味深いのは、毎日、算数の授業とドイツ語の授業があること、ドイツ語の授業は、時には一日に数コマある時もあることだ。それ以外の特徴では、週に二度ほど「宗教の時間」といって、『聖書』の子供向け本を読ませたりしていること。また、これが最もドイツらしいのだが、週に何度も子どもを外に連れ出しては、自然公園で遊ばせたり、ハイキングをしたり、乗馬をやらせたり、とにかく自由闊達に育てていることである。どこかの国の教育のように、がんじがらめの「管理教育」とは雲泥の差である。「管理教育」と「受験制度」の結果が、どういう人間を生み出すことになるのであろうか。両方の教育制度のあり方を比べてみるとき、将来の人間像の違いが、今からでも透見しうるのである。
雑談の際に、ラオラが子ども用に書かれた絵入りの『聖書』(Bibel)を抱えてきて、それらをめくりながら一ページずつ僕らに話をしてくれた。なかなか堂に入った話ぶりで、彼女の隠れた才能をうかがわせる(僕は以前から、彼女には教師の才能があるように感じている)。
「ラオラに習えばドイツ語がうまくなるかもしれないね」と、女房と話したほどだ。
ミミは活発な子で、乗馬の才能はラオラ以上にある。見事な姿勢で馬を乗りこなす。またダンスも上手である。彼女は、非常に感性の鋭い子供で、他人への観察眼にすぐれたものをもっている。だから彼女の描く絵は、まだ幼稚ではあるが、実に興味深いテーマのものになっている(Petraが鼻くそをほじっている(popeln)絵など)。
それから、居間に移って、家族全員でラオラの学校の宗教行事を映したビデオを見た。教会の礼拝のような雰囲気であったが、もちろん子どもが主人公である。大勢の大人たちが、敬虔な面持ちで、よそいきのスーツを着て後ろに立って見物している。シルヴィアや、ペトラやミミの姿も見える。
音楽が演奏される中、牧師の司会と、先生らしい人の進行役によって、ちょっとした劇もどき(『聖書』の中の寸劇)が演じられ、子どもたち(牧師が着るような真っ白のすその長い着物を着ている)がかわるがわる出てきては、牧師の案内で、『聖書』の中の言葉を喋る。時にはそれを会場全員で唱和することもある。中でもラオラが一番美しく見えたのは、僕の僻目であろうか?ここでもしっかりした喋り方をしていた。
ドイツ語の「教育」には二種類ある。ErziehungとBildungである。ドイツ人に聞いたことによれば、Erziehungは主に家庭教育を指し、「養育、しつけ」という意味になるようである。学校などで、教養を授かるという意味でのBildungとは区別されている。「管理教育」「受験教育」は、ほとんど後者に傾いてしまっているのではないだろうか。これでは「人間」は生まれない。頭でっかちな、「コンピューター人間=人造人間」しか生み出せないのではないだろうか。その結果が、…。
追伸:昨日の午後からやっと「夏」らしい天候が戻ってきたように思う。今日は朝から半そで姿で過ごせる。
2013.7.03記
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion1358:130703〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。