地雷原に足を踏み入れる安倍政権 -歴史教科書への干渉の動き-
- 2013年 7月 11日
- 評論・紹介・意見
- 安倍政権小川 洋教科書教育
権力を維持するには「記憶と歴史」を支配しなければならない。小は創業者一族の支配する企業から大は国家まで共通する真理である。近いところでは、北朝鮮が金日成の建軍・建国の神話を作り、とりあえず3代目の継承までは成功している。戦後のドイツはナチス時代の犯罪行為の忌まわしい記憶を引き受けることによって国際社会での安定した地位を確保している。一方、CIAがしばしば中南米などで親米政権を樹立したが、それらの政権は剥き出しの暴力で自国民を支配した。アメリカの後ろ盾だけが支えだったからであり、アメリカから「用済み」とされれば政権は間もなく寿命が尽きた。
現在の日本では政権復帰を果たした安倍自民党が歴史教科書への干渉を強めるなど、身勝手な「記憶と歴史」を作る衝動に駆られているかのようである。安倍政権は何故に歴史を支配しようとしているのか、また、その衝動は何をもたらすのか。
すでに指摘されているとおり、2009年に政権の座から滑り落ちた自民党は、選挙地盤の強い2,3世議員が多く生き残り、民主党との差異を強調するためにも右寄りの姿勢を強めるようになった。政権への返り咲きが濃厚となった昨年10月には、党内に「教育再生実行本部」を発足させ、11月には「中間取りまとめ」が出されている。教科書検定・採択改革分科会の報告は「日本の伝統文化に誇りを持てる教科書を」をテーマとし、標的が歴史教科書であることを隠さなかった。検定制度に以下の「改革」を提言した。
① 文部科学大臣が歴史教科書に記載すべき事件や人物などを指定する。
② 複数の説がある場合は、多数説と少数説を明記する。
③ 数値(特に歴史的事項)に複数の説がある場合は、その根拠について明記する。
④ 教科書検定基準の「近隣諸国条項」を見直す。
衣の下の鎧を隠すつもりもない露骨なものだが、これらが示す彼らの目指す歴史教科書は、以下のようになるだろう。第一に、記述内容を統制して限りなく国定化に近づける。第二に、被害者数をめぐって30万人からゼロまで説の分かれる南京虐殺事件は取り上げさせない。第三に、日本軍国主義のアジア侵略を否定し、その残虐行為の記述も許さない。
昨年12月末に政権に復帰した直後、安倍首相は河野談話の見直しに意欲を示した。さらに国会が始まると、2月に村山談話を見直す姿勢を示し、4月には「侵略の定義は定まっていない」として日本軍国主義の侵略の歴史を否定するかのような見解を述べた。昨年10月以降の流れからすれば、これらの発言は当然であった。
第1次安倍政権も従軍慰安婦をめぐる発言からアメリカ議会の批判を受け、弁明と謝罪に追い込まれたが、今回のアメリカ側の反応は素早かった。ニューヨークタイムズ紙は1月3日、「日本の過去を否定する新たな試み」と題した社説を掲載した。安倍が「以前から日本の戦争の歴史を書き換えたいという気持ちを隠さなかった」と指摘し、「戦争犯罪を否定するどのような試みも、戦時中に残虐行為の被害を受けた国々からの怒りを招くであろう」と述べた。さらに「安倍の恥ずべき衝動(shameful impulses)」は、「北朝鮮の核問題などをめぐる重要な協力関係を危うくしかねない」と、激しい表現で非難した。
さらに5月1日、米国連邦議会調査局は、安倍政権で懸念される点を網羅した33ページの「日米関係に関する報告書」を提出した。そのなかで、「安倍首相とその内閣の歴史問題についての言動が、この地域におけるアメリカの利益を損ねるような混乱を引き起こす可能性を生んでいる」として、具体的に従軍慰安婦、歴史教科書、靖国参拝、尖閣諸島の問題をあげ、近隣諸国とアメリカはこれらの動きを注視(closely monitored)している、と述べている。さらに「日本会議」を名指しして、安倍首相が右翼勢力と密接な関係を持ち、「日本帝国主義の侵略とアジア諸国の犠牲についての議論を否定する歴史修正主義の見方を抱いて」おり、「極右民族主義的考えの持ち主を閣僚に登用している」とも指摘し、前の民主党政権よりも警戒する必要があると示唆した。
これらの動きに慌てた安倍首相は5月中旬以降、河野談話と村山談話の継承を表明するなど、火消しに追われることになった。しかし自民党内部では、それをまったく無視した動きが続いていた。6月25日、教育再生実行本部の「教科書検定の在り方特別部会」が、「議論の中間まとめ」を出した。「高校の歴史教科書については、いまだに自虐史観に強くとらわれる(ものがある)」との認識を示し、昨年11月の報告と同様の検定の「改善」を求めた。最後に「今後の課題」として、「教科書法」制定をあげ、法律によって教科書を統制する方策を提案したのである。
安倍首相は河野談話などの継承を表明する一方で、自民党総裁として、この報告書を何の躊躇いもなく受け取ったのである。安倍政権の動きを注視している周辺諸国とアメリカが、その不誠実な態度を見逃しているはずはない。
歴史教科書をめぐる安倍政権の一連の動きは、アメリカの虎の尾を踏むことになるだろう。修正主義史観は、太平洋戦争を日本の「正義の戦い」、「アジア解放戦争」とするのであり、自由主義陣営(連合国)がファシズム(枢軸国)を粉砕した戦いであったとする戦後国際社会の公式見解を否定することになる。アメリカにとって、敗戦国である日本がそのような主張をすることは、分を弁えない許容範囲をはるかに超えた妄言となる。
当事者たちにどれほどの自覚があるかは不明だが、このまま進めば安倍政権は地雷原に足を踏み込み、アメリカの拒絶に直面する事態に至るだろう。今世紀に入って国力の衰えを隠せなくなりつつあるアメリカは、かつてよりも「同盟国」に対して寛容ではなくなっている。日本軍国主義の美化は、対米軍事協力やTPPなどの経済協力と相殺されるようなものではありえない。
では、なぜ日本の保守勢力は、そのような危険を冒して歴史修正主義の主張を強めようとしているのか。その答えを求めるためには、彼らの深層心理に立ち入る必要がある。冷戦期間中、とくに保守合同後の自民党がCIAから資金援助を受けていたとする多くの証言があるように、保守勢力は長らくアメリカの庇護を受けてきた。冷戦の終結は、その庇護の終わりの始まりを意味するはずであり、彼らは半ば無意識にせよ不安を抱くようになったはずである。軍事面、経済面の近年の屈従的な日本政府の対米姿勢は、その不安の表れでもあろう。庇護を失う将来に向けては、自分たちに都合のよい「記憶と歴史」を用意し国民に押し付ける必要がある。1996年に発足した「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーやこれに賛同した政治家が現政権の中枢に参画していることは偶然ではない。
白井聡は「歴史に対する支配を失った権力は、現実に対する支配をも遠からず失う運命にある」と指摘している。ここに安倍政権が直面する絶望的な矛盾がある。彼らは、戦後長らく政権を支えてくれたアメリカの庇護をできる限り長く引き伸ばしたいのだが、庇護喪失に備えて「記憶と歴史」を作る必要を感じている。しかし安倍流の「美しい国」としての歴史を作ろうとすれば、アメリカの庇護を失う時期を早める。歴史を作る衝動を抑えようとすれば不安から逃れられず、歴史を作ることに前のめりになれば、アメリカの庇護を失う。いずれにしても安倍自民党政権は地雷原に足を踏み入れていくしかない。国民が安倍政権と心中するのか、別の記憶と歴史を選んで生きていく覚悟を持てるのか、日本社会は大きな岐路に立たされている。
なお本稿を準備するにあたって、白井聡の近著『永続敗戦論』(太田出版)から多くの示唆を受けたことを付記しておく。また一部に、ニューヨークタイムズ紙をアメリカ社会に影響力を持たない左翼新聞であるとか、米議会調査局は偏った情報で報告を作成したなど、アメリカの動きを軽視する向きもあるようだが、万が一にも政権中枢にそのような考えの持ち主がいるとすれば、危機はもう直ぐそこまで迫っている。
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