貧困大国へまっしぐらの米国
- 2013年 8月 30日
- 評論・紹介・意見
- 岡田幹治米国貧困
月例世界経済管見 9
◆株価は上がったが
世界の投資家の関心が、9月17、18日に開かれる米連邦準備制度理事会(FRB)の会議(公開市場委員会)に注がれている。金融の量的緩和の第3弾(QE3)を今後どう縮小していくか協議されるからだ。
今度の会議でQE3の段階的縮小に踏み出すか、それとも12月の会議まで延期するか予測は分かれているが、縮小が準備段階に入ったことは間違いない。背景にあるのは、リーマン危機から5年が経ち、米国経済は着実な回復過程をたどっているという認識だ。「米国製造業は蘇った」との声さえ出ている。
本当に米国経済は蘇ったのだろうか。
確かに株価は、ニューヨーク市場のダウ工業株30種平均が3月にリーマン危機前の水準を突破し、5月には1万5000ドルの大台を突破している。しかしこれは量的緩和であふれた資金が押し上げたバブル色のつよいものだ。いつ急落してもおかしくない。
実体経済の回復も緩やかながら続いている。7月末に発表された4~6月期の実質成長率は年率1.7%となり、9四半期(2年3カ月間)連続のプラスとなった。
しかし大企業活況の陰で、低賃金のワーキング・プア(働く貧困者)が増加し、貧富の格差が拡大して「貧困大国」の様相が強くなっている。多国籍企業が政治まで支配するようになった結果だ。そうした実態を堤未果の『(株)貧困大陸アメリカ』を参考にして検証してみよう。
◆パートばかりが増える
貧困層が増加した最大の原因は、雇用の劣化である。
米労働省発表の7月の雇用統計によれば、失業率は前月より0.2ポイント改善して7.4%になった。ただ、非農業部門の雇用者数は16万2000人の増加にとどまった。QE3縮小の目安としてFRBは「月20万人程度の安定した雇用増」を念頭に置いているから、それよりかなり少ない。
増加数よりも重要なのは雇用の質だ。6月の速報値では雇用者が19万5000人も増え、米国経済の堅調な回復ぶりを示しているとされた。しかし内訳をみると、パートタイム(週の労働時間が30時間未満)の労働者が32万2000人も増えている。単純計算すれば、フルタイム雇用者は12万7000人も減ったことになる。
フルタイムの労働者が減少している要因の一つが、オバマ政権の医療保険制度改革(オバマ・ケア)だという。この改革は来年1月から、フルタイム従業員を50人以上雇っている企業に従業員の健康保険料の一部負担を義務づけている。逆にいえば、フルタイム従業員が50人以下なら、その義務はないわけだ。このため従業員が数百人以下の企業では昨年から、フルタイムをパートに置き換える動きが進んでいる。
たとえば、昨年までフルタイム180人とパート40人を雇っていたレストランでは、今年からフルタイム80人とパート320人に変更した。こうすれば、年間40万ドル(約4000万円)の保険料負担を免れるという。
問題点に気づいたのか、オバマ政権は7月初め「従業員への保険提供を企業に義務づける制度の実施を1年遅らせる」と発表。これを共和党が「オバマ・ケアが実現不可能であることを示すものだ」などと批判し、政権との非難合戦がまた始まっている。
◆人口の15%が貧困層
さまざまな要因が重なり、リーマン危機以後、米国ではまともに暮らせる賃金の仕事が極端に減ってしまった。米国では、4人家族で年収2万3300ドルが貧困ラインと定められているが、これ以下で暮らす国民が約4600万人(人口の約15%)にもなった。
一方、米国の百万長者(100万ドル以上の金融資産保有者)は昨年12%増え、343万人(1%強)にもなっている。
低所得層が頼るのが、「SNAP(補助的栄養支援プログラム)」という食料支援制度だ。以前は「フード・スタンプ」と呼ばれていたが、2008年に名称が変わった。支給されるカードをSNAP提携店のレジで専用機械に通すと、その分が政府から支払われる。
昨年8月の米農務省の発表によると、約4670万人が受給している。1970年には国民の50人に一人だったが、今では7人に一人がSNAP受給者になってしまった。
米国版の生活保護制度であるこの制度には問題が少なくない。まず受給者の健康への影響だ。SNAPの受給額は州や受給者の収入によって異なるが、一人1食当たり1ドル30セント(約130円)ほどだから、単価の高い生鮮食品などは買えない。加工食品や炭酸飲料、インスタント食品などが中心になる。
貧しい食事の影響だろう。SNAP拡大とともに、子どもたちの肥満が増えているという。低所得者は病気になりやすくなり、医療費がかさむので、さらに貧困が進む。
こうした弊害を改善しようと、いくつかの州では砂糖入りのジュースや炭酸飲料、スナック菓子といった食品を適用外にする法案が提出されたが、一つとして成立していない。食品業界が反対の圧力をかけているのだ。
財政再建が急務になっている米国で、農務省は同省予算の半分を占めるSNAPの利用を積極的に国民に呼びかけている。ちょっと不思議な現象だが、この制度で恩恵を受ける業界の政治献金先を知ると、謎は解ける。
この制度で恩恵を受けるのは、売上げが伸びる食品業界と、偏った食事が生む病気が需要を増やす製薬業界、それにSNAPのカード事業を請け負う金融業界の三者で、これらはそろってオバマ大統領の大口献金元なのだ。
2009年の就任後すぐにSNAP市場拡大に着手した大統領に対し、一体だれのために働いているのか、という批判が出たのは当然だろう。
◆「株式会社化した国家」
米国では、「回転ドア」と呼ばれる独特の官民人事交流と巨額の政治献金を通じて政治と大企業との癒着が進んでいる。そうした癒着関係を決定的なものにしたのが、「企業による選挙広告費の制限は、言論の自由に反する」という最高栽判決である。2010年1月に出たこの判決によって、企業献金の上限が事実上撤廃された。この結果、たとえば昨年の大統領選挙では、オバマ陣営が4億6000万ドル(約460億円)、ロムニー陣営が3億6000万ドルという途方もない広告費を使った。
こうなると、当選者は献金元の意向を無視した政策は実施できなくなる。巨大企業にしてみれば、自らのふところに富が流れ込んでくるような制度や政策を、政治献金とロビイストを通じて合法的につくることができるようになったわけだ。
こうした実態を堤は「株式会社化した国家」と呼ぶ。米国民にとって選択肢は、「大金持ちに買われた小さい政府」か「大金持ちに買われた大きい政府」かという二者択一になったとも書いている。
◆米国の現状は日本の近未来
二極化し、貧困化が進む米国を象徴しているのが、180億ドル(約1兆8000億円)という巨額の負債を抱えて、7月18日に破綻したミシガン州のデトロイト市である。
かつて「自動車の都」として繁栄したデトロイト市は、自動車産業の衰退とともに人口が減り、税収が減った。警察、消防、教育などへの予算を削減したため治安が悪化し、中産階級以上の人たちは郊外や他の都市に移っていった。いま街灯の4割が消えたままで、全米で最も危険な都市とされている。
市財政は、現役職員の2倍もいる退職者への年金支払い費と過去の借金の返済費が増えて、昨年はこれらが歳入の38%にも達した。2年後には50%を超す見通しだ。年金を減額するための公務員組合などとの交渉も行き詰まり、連邦破産法の適用申請という道を選んだ。
危機管理人に就任したワシントンの剛腕弁護士は今後、公的サービスの削減や退職公務員の年金切り下げを含む思い切った歳出削減策を実施し、短期間での財政再建をめざすとみられる。それらが実現すれば、貧困層はさらに増える。
ひるがえって日本では、安倍晋三首相が2月の所信表明演説で「世界で一番企業が活躍したい国をめざす」と明言し、そのための政策を次々に打ち出している。米国の現状は日本の近未来であると思われる。
(敬称は略しました)
(月例世界経済管見はしばらく休みます)
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