80年代の香港の裏通りで
- 2013年 9月 16日
- 交流の広場
- とら猫イーチ
80年代のある年に、職場の同僚達と香港に行ったことがあります。
私が労働組合の役員を辞任した後に人事異動になった翌年でした。 某地方官庁での数年間の激しい職場闘争(「自治体改革」と云う名の懐かしい闘争です)と家庭での不幸に耐え、心機一転で臨んだ職場は和やかな環境で、同僚と海外旅行も出来る関係になったのが嬉しかったです。
高々、二泊三日でしたが、ルフトハンザで香港までの直行便は快適で、あっと言う間に着きました。 機内で飲んだドイツ・ビールの美味しかったことは忘れられません。 係りの女性にドイツ語でビールを褒めたので、次々と今で云う地ビールを持って来て頂き有難かったです。 お陰で香港に着いた時には、可也、酔っていましたけれども。
当時の香港は、未だイギリスの統治下にあり、空港から滞在先の安ホテルまでの道筋も欧州の街角を思わせる佇まいでしたが、看板等には漢字と英語で記載がされていて、一種独特の混合された調和がありました。 違和感が存在感を持っているようで、中国ともイギリスとも違う風土にあるようでした。 加えて、私と同僚の職業から観て、香港の道路事情は、日本とは相違した観点から設計段階より造られていて、信号で交通を遮断するのを極力避けて設計されているようでした。 また、公園等の公共空間が巨大で、高台には、イギリス総督府が置かれているのが、植民地であることを物語っていました。
滞在一日目は、型どおりの観光で名所・旧跡を回り、夜には、香港通の同僚が予約して呉れたレストランで名物広東料理を楽しみ、其々夜の街を探索に出ました。 季節は、旧正月で、香港に住む人達は、宴会や買い物で、深夜まで街に繰り出していて喧騒は何時果てるかも知れない程でした。 私は、香港名物の二階建てバスを眺めながら、本屋では香港の写真集を買い、子供服の専門店で姪と甥に中国服を買いました。
子供服を買ったのが悪かったのでしょうか。 別れた妻子を思い出し、街中の喧騒が遠のき、気がつくと薄暗い通りを歩いていました。 方向感覚を無くしてしまったようでした。
ある商店の店先で、御店の小母さんと話し込んでおられた若い女性に道案内を乞いました。 その女性は、銀縁の眼鏡が良く似合う顔立ちが整った人でした。 私を観た眼差しが光るようで、一瞬のことですが、心臓がドキッと鳴るようでした。 彼女の英語は、イントネーションが激しく上下する精確なイギリス英語でした。 BBCのアナウンサーのよう、と云えばお分かり頂けるでしょうか。 彼女に依れば、私が歩いていた道は、歩行者禁止道路で「車道」、遠回りでも、こちらからホテルへ帰って下さい、とのことでした。 歩行者禁止との説明を親身にして頂いているのが良く分かる程でしたので、何度もお礼を云い別れましたが、ホテルに帰ってから後悔しました。 名前ぐらいは聞いておけば良かった、と。
翌日になり、時間があるので、昨夜、其処ここで耳にした女性歌手のCDを買うことにして御店で相談しましたところ、小母さん曰く、貴方が聞いたのはこの歌手よ、香港では、人気よ、と出して呉れたのが英名ではSandy Lamと云う女性歌手です。 当時は広東語で謳うのが常でしたが、現在は、北京語でも謳っています。 私が耳にした当時の曲は、都市である香港に似合う垢ぬけた洋風のもので、欧米の曲も多かったのですが、今では、中国を感じさせるものが多くなっているようです。 変わり無いのは、繊細で力強い歌唱力と七色の声色です。 都会的で洗練された曲目が、香港には良く似合っていましたし、今でも、似合います。 彼女の歌に魅了されて、広東語を学習しようとした程です。 教本を買っただけで挫折したのが情けないです。
http://www.youtube.com/watch?v=vOinuTDq7IM&list=PL765kc7uHsu0dvwHAKk3BGcwALXvMnF1l
林憶蓮 都市觸覺 PART2 – 依然 (1989)
このアルバムは1989年に出たので、私が香港で買ったのは別のアルバムですが、当時の作風が良く出ています。 Sandy Lam(林憶蓮)が人気抜群の時期だったと思います。
三日目、帰国の機中から振り返り観た香港は、第二次大戦で旧日本軍に依り攻撃・攻略されて、民衆は、過酷な占領政策の下で数年間を過ごさざるを得なくなりました。 虐殺・虐待された人々も相当数に上ります。 絵葉書のような香港を攻め戦火に晒した国の国民として、声に出せない思いを抱いて機中に居たことを昨日のように思い出します。 何時か、また、香港に行けるなら、あの時、深夜に道案内をして頂いた女性を始め、レコード店の小母さん達にも感謝の言葉を述べ、昔、日本人がした取り返しのつかない犯罪をお詫びしたいものと思っています。 そして念願のSandy Lamのコンサートにも行きたいものです。
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